17・チヨの心の色は何色?
チヨは急に成長したタキを見て、口をあんぐり開けて棒立ちになった。そのまま暫くフリーズしたかと思えば、今度はタキを指差し、険しい表情で突然大きな声をあげた。
「誰!?」
また今日も皆で夕食を取ろうという事になって、私の部屋には、シン達兄弟二人と、仕事を終えたチヨを招いたのだけど、まあ、予想通りの反応だった。タキは朝とは違う服を着て、背は10cm以上伸びているし、顔に面影はあるといっても、子供と青年では印象が全然違うのだから。
チヨは料理を運ぶ手伝いをしていたタキの周りをグルグル回り、じっくり観察した後、彼をキッと睨んで席に着いた。タキはなぜ睨まれたのか理解できずに、ただ苦笑いしていた。
「ズルイです。チビっ子仲間だと思ってたのに。私も大きくなりたいです」
「あら、背が小さい事を気にしているの? チヨはそのままで十分可愛いのだから、大きくなる必要は無いと思うけれど。あなたはまだ13歳だもの、急に伸びるかもしれないわよ? でも、私は小さなチヨが可愛くて好きだけどね」
「え、そうですか? えへへ、ラナさんがそう言うなら、まあ、このままでも良いですけど……。タキ、良かったですね、悪いものがどこかに消えてくれて。シンも、これで一安心ですね」
チヨは私に褒められて、嬉しそうに笑っている。まだ何も説明していないのに、タキを見て勝手に理解したのか、彼女は柔軟な頭でこのおかしな状況をすぐに受け入れてしまった。
私達は食事をしながら、タキに起こった事をチヨとシンにも話してあげた。タキは自分の病の原因を、この時初めてシンに話し、シンは難しい顔をして暫く考え事をしているかと思えば、その相手にピンときたらしい。
「思い出した。お前が怖いと言って避けていた、あの黒髪の女の子だな? あの地域は奥に行くほど貧しくなっていくから、あの子は恐らく、かなり奥の方に住んでいたんだろう。近所の子なら、名前くらい知っているだろうしな。同じ平民でも、貴族街に近い表通り側に住んでいた俺達の事が羨ましくて妬んでいたって事かよ。お前はあの辺では特に可愛がられていたし、あの子にしたら、そりゃ羨ましかっただろうな。それにしても、黒いモヤが見えるとは聞いていたが、体にそんな悪影響が出るなら早く言ってくれよ。金は無いが、知っていればもっと早く引っ越したのに」
「父さんと母さんの思い出の詰まったあの家を離れるのは嫌だったんだ。それに、あの子を避けたところで、他にも似たような人はたくさん居るんだよ。だからどこに越しても一緒さ。人が大勢集まる都に住む限り、僕が避けるしかないんだ。それに声さえ掛けられなければ、近くに居ても平気なんだよ。あの子は僕を見かけるたびに何か言いたげで、近寄れば何か言われると思ったから嫌だったんだ。あの子今頃どうしているのかな、きっと心が満たされれば、黒いモヤも小さくなる気がするんだけど……」
急に、「言霊」という単語を思い出した。声に出した言葉には、不思議な力が宿る……みたいな事だったと思うけど。タキの言っている事はこれに近いのではないかしら? 良い言葉を発すれば良い事が起こって、悪い言葉を発すれば悪いことが起こる。確か、そんな内容だったように思う。うろ覚えで、はっきりとは言えないけれど、妬む気持ちを言葉に乗せてかけられたタキは、霊感体質のせいで、モロに影響を受けてしまったという事?
正しくは霊感とは違うのかもしれないけれど、私はそう理解する事にした。
でも、病気になれとか、死ねと言われたわけでもないのよね。やっぱり良く分からないわ。
「欲の強い奴は、いつまで経っても満たされないんじゃないか? そう言えば、お前が寝込む様になった頃から、あの子をうちの近辺で見なくなったな。お前の話だと、かなり容姿を気にしていたみたいだが、別にこれといって普通だったよな? 可愛いとは言えなくても、ブスって訳でも無いと思ったけどな。誰かと自分を比べて、そう思い込んでしまったんだな」
「なるほど、そんな事で他人を病気にしちゃうだなんて、何だか怖いですね。ねえ、タキ。私にだって背が小さいってコンプレックスはありますけど、他の人を羨ましいと思う私にも黒いモヤモヤがあるんですか?」
チヨは確かに小さい。測ったことは無いけれど、150センチもないだろう。でもきっと和の国が日本に似た国ならば、これくらいは当たり前だと思う。160センチ前後の女性が多いこの国に来てから、着れる服が子供服しかない事が不満らしいけど、似合ってるんだから気にする事無いのに。
タキはチヨをジッと見て、クスクス笑い始めた。
「ふふ、チヨちゃんにはまったく、これっぽっちもモヤモヤが無いね。君の心の色は黄色、あとオレンジも混ざってる。とってもパワーを感じるよ。元気で明るい子なんだって、すぐにわかる」
「フハッ、見たまんまじゃないか」
チヨにはコンプレックスがあっても、黒いモヤがかかっていないらしい。他人を羨ましいと思う程度なら心配ないのだと分かり、少しホッとした。少なからず、自分にも誰かを羨ましいと思う時はあるのだから。
「そうだ、ラナさん、約束を守ってくれるよね? 元気になったから、僕をこの宿で雇ってくれるだろ?」
「勿論よ。明日からでも大丈夫?」
「うん、よろしくお願いします。働くのは初めてだし、慣れるまで仕事は遅いかもしれないけど、皆の足手まといにならないよう、精一杯がんばるよ」
タキは、私が女神と同じ輝きを持っていると二人にきちんと説明した上で、この事は他言無用だと口止めした。彼らの心の色を見て、話しても大丈夫だと判断したようだ。そして、この三人で私の事を守ろうと言い出した。シンもチヨも、魔法が使えるんじゃないかと面白がって騒いでいた時とは違い、タキに起きた不思議な現象を目の当たりにした今、真剣にそれを受け止めた。
特別な力を持てば、それを独占したがる輩が出てくる。実際に、誰の目にも明らかな現象が起きてしまっては、何かをした自覚は無いにしても、私には関係ないと言い切れなくなってしまった。
半信半疑ではあるけれど、無自覚でいるよりも、自覚した上でどうこの不思議な力と付き合っていくか、考えるべきだと思った。
幸いな事に、タキは引っ越して来てから外に出ていなかった為、急激な成長を訝しむ人はおらず、何の問題も無く生活を送る事が出来ている。
こうして守ってくれるという人が近くに居てくれると、心強い。守ると言っても、誰一人として戦闘力は無いのだけれど。
まずは、ここの料理を食べると体力が回復するという噂については、思い込みでそう感じるだけだろう、と言って誤魔化す方向で、口裏を合わせる事にした。
この翌日から、タキは厨房で働き始めた。シンとタキの兄弟は違うタイプの美形で、兄はクール系、弟は癒し系と、二人揃うとかなり目の保養になる。
たまに来る近所の女性客の口コミで、男性ばかりだった食堂のお客様は、いつの間にか半分近くがシン達を観賞しにくる女性客に変わってしまっていた。
そしてある日、忙しいランチタイムが終わった頃、私宛に荷物が届いた。




