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204・神様からの贈り物

 その夜、私達は食堂を早めに閉め、ササッと夕食を済ませて皆で妖精の扉をくぐった。


「わあー! 本当に違う場所に繋がってるんですね!」

「兄さん、この石凄いね! 朝開けた時はただの壁だったのに、持ってるだけでこんな……あ、待ってチヨちゃん!」

「タキ! 早く早く!」

「チヨ、暗いから足元に気をつけるのよ!」

「はーい」


 ランプを持ったチヨとタキは、好奇心に任せてあっという間に外に飛び出してしまった。キャッキャとはしゃぐチヨの声が窓の外から聞こえる。

 シンですらこのドアを前にしてテンションが上がったのだから、この二人がこうなるのも無理からぬこと。

 チヨはレヴィエントからの気の利いた贈り物をとても喜び、今日は一日中最高のスマイルをお客様に提供していた。

 健気な彼女はあまり顔には出さないけれど、自分だけ妖精が見えなかったり、非日常的な何かがあった時に深く関われなかったりして、いつも疎外感を感じていたはずだ。

 あの弾けるような笑顔を見れば、これまでどれだけ寂しい思いをしていたのかよくわかる。


「ふふ、二人ともすごく楽しそう」

「タキがあんな風にはしゃぐところを見たの、小さい頃以来だ。これもお前のお陰だな。本当にありがとう」

「な、なーに? 改まってお礼なんて……」

「変か? 俺だってたまには声に出して感謝の気持ちを伝えたい時もある。ありがとな、ラナ」

「もう、何度も言わなくてもいいってば」


 シンがとても優しい顔をするからドギマギしてしまう。

 するとそこへ、テンションの上がりきったチヨが戻って来た。


「ラナさん! シン! 良い感じのところ申し訳ないですけど、レヴィが外で待ってますよ! すっごい美男子ですね!」

「あ、ごめんごめん……って……チヨ? レヴィエントが見えたの?」

「はい! この石のお陰です。今なら動物の妖精も見えますよ!」

「まあ! 本当に?」

「えへへ。皆と同じになれて嬉しいです!」


 ――もしかして、レヴィエントは前に私が尋ねた事を覚えていてくれたのかしら。

 レヴィエントに出会った頃、チヨだけ妖精が見えないのは可哀そうだから、どうにかならないか尋ねた事がある。

 でもあの時は、「無理」の一言で片づけられてしまったのだった。

 レヴィエントは今朝サラッとあの石を渡してくれたけれど、本当は貴重な物なのかもしれない。

 もしあれが簡単に作れるアイテムなら、きっと無理とは言わなかっただろうし。

 チヨに手を引かれて外へ出ると、ライラの生家の隣にある大きなお屋敷の前で、タキとレヴィエントがお喋りをしていた。

 月明りは意外と明るいが、周囲に街灯が無い為暗くてよく見えない。

 そこへ、発光石を持った妖精がどこからともなく飛んで来て建物をライトアップし、全貌を明らかにした。

 創造神が二日で造ったという建物だが、出来たばかりだというのに全然新築らしさがない。

 二階建ての石造りの建物は、女神の影響なのか壁にはすでにツタが張っているし、ドアが見るからに新品ではないのだ。

 何だかずっと昔からここに建っていたみたいな雰囲気である。


「お待たせ、レヴィエント」

「ん? ヴァイスはどうした?」

「さすがに無人にするのはどうかと思って、店番をしてもらっているの。それより、この建物って出来たばかりなのよね? そうは見えないのだけど……」

「なかなか凝っているだろう。あまり不自然にならぬよう、この土地に馴染む物を造ったらしい」

「確かにこれなら違和感が無いわね」

「外観は日が昇ってから確認すると良い。まずは中を見てみなさい。きっと気に入るはずだ」


 レヴィエントに促され、早速鍵を開けて中に入ってみる。

 するとパッと明かりがつき、どこで調達したのかすでに家具が入っていた。

 エントランスホールの天井からは贅沢に発光石が使われた8灯のアイアンシャンデリアが下がっており、全体を照らしている。

 照明器具に明かりをつけたのは妖精達だ。彼らはエントランスホールを明るくすると方々へ散り、入り口近くから順番に明かりを灯していった。

 右側に二階へと続く重厚な階段があり、その横にフロントカウンターのようなものがある。

 左側の間仕切りは格子ガラスで出来ていて、その向こうを見るとテーブルセットがいくつも並んでいた。どうやらレストランらしい。座席数は宿木亭の倍以上ある。

 厨房は宿木亭と同じくオープンキッチンだ。真新しいピカピカの銅鍋や調理器具が壁にぶら下がっている。

 

「これって普通の屋敷ではないわね。もしかして宿屋?」

「そなたの願いを叶えたのに、まだ思い出せぬのか?」

「うーん……だってもう宿屋は営んでいるし……」


 お客様が増えてあの建物では手狭になったとは思っていたが、それの事だろうか。

 不思議に思っていると、チヨが何かを思いついてパンッと手を叩いた。 


「あ! ラナさん、もしかしてここって温泉が湧いているんじゃないですか?」

「温泉……?」

「ほら、前に二人で話したじゃないですか」

「ああー! そうか、温泉宿!?」

 

 レヴィエントに視線を向けると、彼はコクリと頷いた。

 このところ色々あってすっかり忘れていたけど、大分前にチヨと将来の夢について語り合ったのを思い出した。

 宿木亭には愛着があるが、正直言って手狭だ。だからゆくゆくは地方で温泉宿を開く事を目標に、チヨが少しずつ資金を貯めてくれている最中である。

 温泉宿なら私の癒しの力が不自然でない形で発揮できるし、治癒効果が認められれば湯治客は遠くからでも足を運んでくれるはずだ。

 ただしそれは理想の話であって、実現可能とは思っていなかった。家族経営の温泉宿がそうそう売りに出される事はないからだ。


「この土地には昔から温泉が湧いているの? 何も匂いはしないみたいだけど……」


 温泉イコール硫黄の匂いというイメージが強いが、ここの温泉は無臭に近いもののようだ。

 すると、この土地をよく知るシンとタキが怪訝な表情を浮かべる。


「兄さん、温泉なんてあったっけ?」

「いや、村に温泉が湧いてるなんて聞いた事無いな」

「……今は湧いているのだ」


 このレヴィエントの一言で、何があったのか理解出来てしまった。それはシン達も同じで、呆れ顔を浮かべる。


「あー……なるほど。もう何でもありだな」

「さもありなん……。神々の悪い癖だ。普段何もしない分、やる時は加減を忘れる。この土地も、相当楽しんで色々手を加えていたから、そなたらが生きていた頃より住みやすくなっているはずだ」


 創造神様が色々手を尽くしてくださったみたいで恐縮してしまう。でも、ここまでしていただいたら活用しない訳にはいかないだろう。

 私はチヨを連れて建物内を見て回った。

 一階はレストランと客室の他に、広々とした屋内温泉施設。

 そして何を参考にしたのか日本風の露天風呂まで造られていた。

 外観は普通のお屋敷だが、中は完全に宿屋である。

 例えて言うなら歴史ある屋敷をホテルへとリノベーションした感じで、バストイレ付きのツインの客室が三十五室もあった。

 二階の一番奥に特別室と思われる豪華な部屋が一室と、一階には大部屋。大部屋は一室に二段ベッドが六台入っている。

 ベッドメイクもされていて、今日からでも営業出来る状態だ。

 王都のホテルより規模は小さいが、今までに比べると三倍以上客が入る。

 しかも周りに建物がひしめき合っていないので、ここなら増築も可能。当然チヨのテンションは上がり、早速頭の中でそろばんを弾き始めている。


「ここ最高じゃないですか! 客室は今より広いですし、静かで窓からの景色も良さそうですね!」

「ふふふ、そうね」

「それにそれに! 食材は妖精の扉を使って王都から運び込めば今まで通りのメニューを提供できますし、部屋もすでに整ってます。そろえなければいけないのはここで雇う従業員の制服くらいで、初期投資はほとんど必要無いですよ!」

「チヨはここが気に入った?」

「はい! 王都の宿木亭は本店として営業を続けて、こっちを二号店としてオープンしたら良いと思います! 体の不調を治す為にわざわざ遠くからいらっしゃる方も多いですし、宣伝したらきっと来てくださいますよ!」

 

 チヨは興奮して目をキラキラ輝かせながら一気にまくし立てた。

 私もチヨとまったく同じ意見である。

 問題は今現在住民が少なく食堂の収益が見込めない事と、大陸の西の端に位置する為、常連客が気軽に来られないという事。

 王都で宣伝したとして、果たして船旅までして来てくれるだろうか。

 しばらく開店休業状態で、この大きな施設を持て余す事になりそうだ。


「こっちはのんびり営業する事にしましょう。まずは水が抜けてアルテミの復興が始まった事を知らせて、各地に散った国民を呼び戻す事から始めなくちゃね」 

 

 

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