200・妖精の扉
アルテミを視察しに行った翌日の夜。
居間に集まり皆でのんびり食後のお茶を楽しんでいると、誰も居ないはずの寝室のドアが勝手に開いた。
ドアの向こうは私の寝室なのに、閉まる直前に見えたのは、なぜか見知らぬ部屋だった。
「邪魔するぞ」
「レ、レヴィエント!? あなたアルテミにいるはずじゃ……?」
「昨日は話の途中で解散となったゆえ、会いに来た」
突如現れたレヴィエントに皆が唖然とする中、彼の事が見えないチヨは小さく悲鳴をあげて私にすがりつく。私はチヨを宥めて、レヴィエントが来たと教えた。
「あ……! そういえば昨日はありがとう。私の為に宿とアルテミを繋ぐ扉を開いてくれたんですってね」
突然気を失った私を安全かつ速やかに宿へと帰す為に、レヴィエントの能力で空間移動扉を一時的に私の部屋に繋げてくれたらしいのだ。
しかし私はその扉をくぐるのが二度目でありながら、二度とも意識が無い状態だった為未だにどんな物なのか知らなかったりする。
「うむ。感謝されるほどの事ではないのだが……扉の話が出たので、先にその件を片付けるとしよう」
「……?」
「ラナ、この建物には普段使わない扉はあるか?」
「えっと……あかずの間は客室として再生しちゃったし……今は無いわ」
「そうか……ではどうするかな……」
レヴィエントは額に指を当て、険しい表情で何かを悩んでいる様子。
するとシンがレヴィエントに問いかける。
「レヴィ、扉がどうかしたのか?」
「ライラの宝を探し出すと約束したであろう? だからそなたらが気軽に行き来できるよう、この宿とアルテミの屋敷を妖精の扉で繋げと女神に頼まれてな……」
「へえ、それは便利だな。宝探しは一度じゃ済まないだろうし。な? オーナー」
シンは素直に喜んだ。
私も毎回ヴァイスに乗って行くのはちょっと大変かなと感じていたから嬉しいけれど……。
アルテミの屋敷って何? 女神様が私に下さったライラの生家はつつましい一軒家でしょう?
「そうね。でもどこのお屋敷とこの宿を繋げるつもりなの?」
「もちろんそなたの家だ。我々は二人の運命を最悪な形に変えてしまった贖罪の為に、女神の要望通りに持てる力を出し尽くした。つまり、ラナの希望を叶えたのだ」
「待って。意味がわからないのだけど?」
ライナテミス様も仰っていたけれど、私の希望って何? 自分の事なのにさっぱりわからない。
貴族社会に戻りたいとは思わないし、おじい様の計らいで私は自由の身となった。
マリアやエヴァン達の働きで貴族としての名誉は回復したから、もう大手を振って家族や友人に会いに行ける。
サンドラの浄化は無事完了して、妖精の被害に遭う者が出る心配も無いし……。
今の心配事といえば、私の正体に気づいたウィルとこれからどう接していくかだけど……それは女神に叶えていただくまでもなく、自分で解決しなければならない事だわ。
しいて言うなら、今の幸せな生活をいつまでも続けていきたいという事くらいかしら。
「本当にわからないのか? そなたがずっと願っている事だぞ?」
「わからないわ。こんなに満ち足りた生活を送っているのに、これ以上何を望むの?」
私がそう言うと、レヴィエントはチラリとシンに目を向け、ボソボソと何か呟いた。
「……なるほど、シンもここで暮らし始めたというし、ある程度願いが叶っているのだな……」
「え? 何?」
「いや。ドアはこちらで用意するから、取り付ける許可をくれるか?」
「ええ、良いけど……」
「では、私は準備があるので一旦帰るとしよう。話の続きは明日の朝だ」
そして翌朝、朝食作りの為に部屋を出た私は、廊下に見覚えのないドアを見つける。
私の部屋のドアの隣に、年季の入った水色のドアが増えていたのだ。でも壁の裏側に当たる室内にこのドアは無かった。
「これ、レヴィエントが設置した……のよね?」
恐る恐るドアを開けてみた。本来ならば、そこは私の部屋のはずである。
「失礼します……」
そーっと中を覗くと、ドアの向こうは昨夜見た見知らぬ部屋だった。
一度ドアを閉めて、もう一度開けてみる。
「……どういう仕組み?」




