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197・前世の記憶があるんだ

 シンの発言を聞き、タキとチヨは呆然としている。

 前世の記憶があるというだけでも在り得ない事なのに、それに加えて異世界というワードが飛び出したのだから当然だ。

 しかし私は嬉しさのあまり勢いよく席を立った。


「やっぱりそうなのね!!」


 シンは仁さんだった! そうじゃないかとは思っていたけど、二人が重なって見えるのは気のせいじゃなかったんだわ!

 嬉しくてつい笑みがこぼれる。

 シンは私の反応に驚きつつも、不安で固くなっていた表情を緩ませた。


「やっぱオーナーも……そうなのか? もしかして、波野……?」

「そう! 私の前世はコスプレが趣味の波野葉名(なみのはな)。私もこの話をどう切り出そうか迷っていたところだったの。どうしよう……すごく嬉しい!」


 私の答えを聞いて目を潤ませたシンは、泣き顔を見られまいと私達から顔をそむけた。

 一方、この話題に戸惑いを隠せないタキとチヨは、お互い目を合わせて私に説明を求める。

 なぜかわからないが、タキは心なしか落胆した様子だ。


「えっと……どういう事かな? ラナさん、僕らにもわかるように説明してくれる?」

「二人とも、驚かないで聞いてね。私達は前世で、この世界よりも様々な技術が格段に進化した世界にいたの――」


 私は前世の日本での生活や、この世界との違い、シンの前世である仁さんとの関係などをかいつまんで説明した。

 しかしテレビやスマートフォンなど、この世界に存在しない物を説明するのは難しく、説明したところで二人に理解してもらうのは無理だった。

 そして最後に、二人揃って事故に遭って死んだところまで話し、シンに視線を向ける。


「私、自分が事故で死んだのは覚えているのに、具体的に何があったのかは覚えていなかったの。でね、今朝私が気を失ったのは、事故の瞬間がフラッシュバックしたからなのよ」

「なっ……! フラッシュバック……?」

「シン、私が趣味に付き合わせたりしなければ、あの時仁さんは死なずに済んだわ。謝って済む事ではないけれど、あなたを事故に巻き込んで本当にごめんなさい」

「やめろって、謝る必要なんて無い!」

 

 私が深々と頭を下げると、シンは慌てて席を立ち、私の肩を掴んで無理矢理顔を上げさせた。そして心配そうに私の顔を覗き込む。


「あのな、前世の俺は楽しんで波野の趣味に付き合ってたんだ。嫌なら初めから断ってる。そりゃ最初は抵抗があったけど、波野の楽しそうな様子を見るのが俺の楽しみでもあってだな……」

「へえ……シンは前世でもラナさんの事が好きだったと……ふむふむ」


 ボソッと呟いたチヨの言葉にシンが敏感に反応し、耳を赤くする。そしてそれを誤魔化すように、シンは話題を変えた。


「あ、そうだ。じゃあ、オーナーの料理の知識は前世の記憶から来てるんだな」

「ええそう、じゃなきゃ公爵家の娘が料理なんて出来ないわ」

「確かにそうだ。ここで初めて会った時、どこかで会った事があるような気がしてたけど、これだったんだな」

「私も! あなたに懐かしさを覚えたわ!」

「あれ? でもシンとラナさんは子供の頃にお屋敷で会った事があるんですよね? 再会して懐かしいと感じたのはそのせいじゃないですか?」

「チヨ、その頃私は生後数ヶ月の赤ちゃんだったのよ。覚えてる訳ないでしょ」

「俺だってまだ三つかそこらの時だ。屋敷に行った事はおぼろげに覚えていても、赤ん坊だったオーナーの顔は覚えてない。逆に、前世の方が鮮明に覚えてるくらいだ」


 シリアスな雰囲気から一変して和気あいあいと会話が弾んだ。こんな事ならもっと早く打ち明ければ良かった。

 もしかしてシンの前世は仁さんなのでは? と何度思った事か。

 するとここでタキが特大の溜息を吐いた。


「ハァー……兄さんが前世の記憶があるなんて言うから、てっきりアルテミの記憶かと思ったのに……異世界かぁ。それもすごい話だったけど、その前の記憶は無いの?」

「ああ、タキ、実を言うとアルテミの記憶もある」

「え?」

「異世界に転生する前の俺は、アルテミの小さな村のジンという名の大工だった」

「え? 待って、本当に?」


 シンはコクリと頷く。

 するとタキは目をキラキラさせてシンに詰め寄った。

 私は話について行けなくて二人を交互に見る。

 え? 何がどうなっているの? シンは前世だけじゃなく、更にその前の記憶まであるっていうの? つまり、神殿に辿り着けたのは偶然じゃなかったって事?


「じゃ、じゃあさ、タキス! タキスって名前に覚えはない?」


 タキは頬を上気させ、期待を込めてシンに訊ねた。

 シンはタキの勢いに押されながらも、それに答える。


「タキスは俺の友達だった男だ。タキ、何でお前が知ってるんだ?」

「僕がタキスだからだよ! 僕も前世の記憶があるんだ」

「お前いつから……そんな素振り無かったじゃないか」

「うん、だって言える訳ないよ」


 タキは困ったような顔をした。


「……兄さん、僕が見ていた悪夢は前世の記憶だったんだ。その事に気づいたのはラナさんに浄化してもらった後。そしてジンの幼馴染みのライラはラナさんだよ。二人とも、心の色が当時のままだからすぐにわかった」


 私は自分がライラだった事は知っているけど、当時の記憶は無い。

 どうしてシンとタキにはあって私には無いのだろうか? 私だって雨乞いの時に女神の光を浴びている。なのに、ライラだった時の記憶は戻らなかった。なぜ? その差は何なの?


「すごいですね! ここに居る四人中三人に前世の記憶があって、しかも三人とも前世でも知り合いだっただなんて奇跡じゃないですか!」

「兄さんに至っては異世界に転生してもラナさんの側にいたし、この世界に戻って転生しても再会したんだから、相当強い縁があるんだね」

「……腐れ縁って事か?」

「シン、ロマンがありませんね。照れ隠しですか?」

「うるさい」


 チヨとタキは無邪気に笑っているけれど、これは奇跡や偶然で済まされる事なのかしら?

 

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