188・賞金稼ぎの男達
「あー……やっぱここの飯、最っ高だな!」
「な! 色んな国に行ったけどここの飯が一番美味い! 兄貴、俺晩飯もここが良い!」
「うるさい、黙って食え」
冒険者風の男性と大柄な男性は初めて食べる親子丼にえらく感激し、スプーンを口に運ぶ手を休める事無くあっという間に平らげた。
テーブル席からおかわりを要求したそうにこちらを見ているが、厨房は後片付けの真っ最中。彼らが来る前にラストオーダーは終わっているので無視させてもらう。
仕事の合間に彼らの様子を窺っていたシンとタキは、今は警戒を解いて普通にしている。
タキがオーラを見て敵ではないと判断したからだ。今思うと、あの晩も私達に縛り上げられた彼らを見てタキは不思議そうにしていた。
私も黒いモヤが出ていない事に違和感を覚えていたのに、先入観とは恐ろしいものだ。
直前にウィルフレッド殿下から用心するよう言われていた私達には、彼らが怪しげな人達にしか見えなかったのだ。
今見ると普通の旅人である。こちらが先に悪者扱いをしたから怒って挑発的な態度に出たのかもしれない、という気がしてきた。
その後リーダーと思わしきフードの男性が静かに食事を終えると、他の二人に目配せして空になった食器を下げさせ、カウンター席の方へと近づいてきた。
「女将、出入り禁止にされてもおかしくないのに、客として扱ってくれてありがとう」
フードの男性が礼を言うと、三人は厨房に居る私達に向かってペコリと頭を下げた。こう何度も頭を下げられると逆に申し訳ない気持ちになる。
ギルドで厳重注意を受けたと言っていたけど、これは相当絞られたに違いない。
「お客様なのですから当然です。こちらこそ手荒な真似をして申し訳ありませんでした」
「いや、実際あんたに目を付けて金に換えようとしてたんだし、あれは当然の反応だ」
「で、お前らは何しにここへ来たんだ? 飯を食いに来たわけじゃないんだろ」
他のお客様が居なくなったところでシンが問いかける。するとフードの男性は待ってましたとばかりに話し始めた。
「実は尋ねたい事があって来た。この宿に旅のヒーラーが泊まった事はないか? 銀髪に青い目の少年で、名はカイ。相当な美少年らしい」
私を含む宿のメンバー全員がピクリと反応した。
彼が言っているのは私が以前コスプレした架空の人物。イリナ様を癒した旅のヒーラー、カイの事で間違いない。
一体誰からその情報を得たのだろうか。
神父様は迂闊に話したりしないと信じているけれど、サンドラの被害に遭った巫女や少年神官を助ける為に再びその姿で教会へ出向いた時、数名の神官や教会関係者の前に姿を見せてしまっている。
しかし普通の人が神官や巫女に会うのは難しいはず。
ではあの教会の誰かが……?
「……うーん、どうだったかしら? チヨは覚えている?」
フロントからこちらを覗き見ているチヨに話し掛ける。すると話を振られると思っていなかったチヨは慌てつつも私に話を合わせてくれた。
「えっ? えっと……覚えてません。お客様の職業までは聞きませんし、お名前は宿帳に記入していただいた後サッと目を通すだけなので」
「そうよね。何度もご利用いただいている方なら覚えているけれど……すみません、お役に立てなくて」
この人達はカイを探し出してどうするつもりなのだろう。目的がわからないのではこちらも対処のしようがない。
そういえば、人探しを依頼されていると言っていたっけ。
まさかその依頼主、フレドリック殿下という事はないわよね? カイに興味を持っていたけどヒーラーだとは知らないはずだわ……。
ヒーラーを探しているという事はその力を必要としてる人が居るのだろうか。
出来る事ならこれで諦めてくれればいいと思ったけれど、賞金稼ぎの彼らが簡単に引く訳がなかった。
私に向ける目がとぼけても無駄だと言っている。
「おかしいな。しばらく王都に居たならどこかの宿に泊まってるはずなのに、どの宿にも記録が残っていなかった。ここの宿泊名簿を確かめさせてくれないか? 残すはこの宿だけでね」
彼の言葉で教会の誰かが口を滑らせたのだと確信した。
イリナ様を浄化した後、期間を空けて再度教会に顔を出している。
おまけに二度目の時はイリナ様から要請を受けてすぐに出向いてしまった。
あまり深く考えずに行動していたけど、カイの姿で出入りする私を見ていた人なら、しばらくこの街に滞在していたと考えるのが自然だ。
彼らは初めからカイはここに泊まっていたと断定して来ている。
高級ホテルなら情報管理を徹底しているが普通の宿は割とルーズな事が多い。理由次第では彼らに宿泊名簿を見せてあげるだろう。
宿泊名簿に記された住所を調べに来たのだろうが、もちろんうちの宿泊名簿にカイの名は無い。
さて、どうしたものか。
「……宿泊名簿はお見せ出来ません。その方を探し出してどうなさるおつもりですか?」
「さあ? 僕達はそいつを探せと依頼されただけで、何に利用するかまでは聞いてない」
もし依頼主がヒーラーの力を必要としてるなら手を貸してあげたいけれど……。
「……依頼主は王都にいらっしゃるのかしら?」
「何でそんな事を聞くんだ?」
「目的を知りたいからです。場合によっては相談に乗れるかもしれませんので」
「ふーん……。残念ながら依頼主は先日船で国に帰ったよ。だから僕達はカイを探し出して依頼主のもとへ届けなきゃならない。急いでるんで、知ってる事があるならサッサと教えてくれ」
何だかあまり必死さを感じない。
人命に関わる事なら真っ先にそれを伝えるだろうし、ヒーラーに用があるのではなく、カイ個人に用があるという事なのだろうか? 架空の人物で神殿と教会以外では誰とも関わりを持っていないのに、益々意味がわからない。
私が困っていると、痺れを切らしたシンが厨房を出て彼らの前に立った。
「ハア……うちじゃ本来、客の情報は教えない事になってるんだ。だけど俺が特別に教えてやるよ。銀髪の美少年はうちの客じゃない。これで話は済んだな。もう帰ってくれないか。俺達も暇じゃないんだ」
「なぜ客じゃないと言い切れる?」
二人が険悪なムードになったところで、フロントで大人しくしていたチヨが突然声を上げた。
「あの! 宿帳を確認しましたけど、この一年の間にカイという名はありませんでした! もっと前まで遡りますか?」
宿帳を胸に抱え、プルプルと子犬のように震えながらチヨは必死に訴える。まだ彼らへの恐怖心が拭えないようだ。
その様子を見たフードの男性は軽く溜息を吐く。
「……いや、そんなに前の事じゃないからもう調べなくていい。お嬢ちゃん、手間を取らせて悪かったな。行くぞ、お前ら」
「いいのか? 兄貴は絶対ここだって言ってたじゃねーか。他に調べてない宿は無いんだぜ?」
「宿じゃなく知り合いの家か教会に泊まった可能性もある」
「あー、そっちかー。また振り出しかよー。報酬は安いしもうやめようぜこんな仕事」
「祖国の為だ」
賞金稼ぎの男達はチヨを信用してくれたのかそれ以上追及せず、去り際に軽く会釈して出て行った。
しばらく彼らが出て行ったドアを見つめていた私達は、張り詰めた空気から開放されてホッと息を吐く。
そして同じ事が気になっていた皆が一斉に喋り始めた。
「なあ、祖国の為って言ったか?」
「はい! 私もそう聞こえました!」
「あの人達、この国の人じゃないならどこから来たんだろう?」
「わからないわ。第一、なぜ今頃カイを探しているのかしら? 祖国の為に必要なの? 架空の人物なのに」
「治療を頼みたいって話かと思ったらそうじゃないみたいだし、あいつら一体何なんだ?」
ここで私達が話していても埒が明かない。私は早速行動に出る事にした。
「シン、私神父様に会いに教会へ行ってくるわ。神殿の人以外でカイの事を知っているのはあの教会の人だけよ。私達に話さなかった何かを神父様は聞いているかもしれないでしょう?」
「そうだな。じゃあ行こう」
「え? 行こうって……シンも行くつもり?」
「何か胸騒ぎがするんだよ」
シンは神妙な面持ちで胸元に手を当てギュッと握る仕草をした。
「胸騒ぎ……?」
シンは一体何を感じ取ったのかしら。




