182・もう誤魔化せない
一階の応接室から直接テラスに出ると、ウィルフレッド殿下は私が来た事に気づかず誰かを探すようにキョロキョロと庭を見回していた。
私はそんな殿下の背後から近づき、静かに声を掛ける。
「おはようございます、ウィルフレッド殿下」
殿下は驚き、バッと勢いよく振り返った。
もしかするとシンとタキらしき人物を庭で見かけてそちらに意識が集中していたのかもしれない。
それに、自分で呼び出しておきながら私がこんなに早く身支度を済ませて出てくるとは思わなかったのだろう。普通の令嬢なら最低でも一時間は待たせているところだ。
「何か緊急の御用ですか?」
「は、早かったな。こんな非常識な時間に押しかけて悪かった。どうしても確認したい事があって、居ても立ってもいられず来てしまった」
確認したい事とはペンダントの事だろう。殿下は胸のポケットの辺りをギュッと掴むようなしぐさをした。
「確認……? 何でしょうか」
「この間見せてもらった黒曜石のペンダントを見せてくれないか」
殿下の視線は私の首元に向けられている。
私がいつもの女将の衣装を着ていたらチェーンが見えているところだけど、しっかり襟のあるブラウスを着ている為目視で確認する事は出来ない。
「すみません、昨日どこかで失くしてしまったのです。友人のマリアのパーティーに出た時に落としたのかもしれません」
殿下はしばらく考えた後、胸のポケットから私のペンダントを取り出した。
「これはお前のだな」
殿下の手からペンダントトップが垂れ下がり、ユラユラ揺れている。
私の物で間違いない。殿下はどこで拾ったのだろう。
「はい、私の物で間違いありません。良かった……殿下が拾ってくださったのですね。どこに落ちていたのですか?」
「……港の倉庫街だ。昨夜誘拐事件の被害者の一人を救助したのだが、そこに落ちていた。俺はお前も誘拐されたのかと思い、無事を確認しに来たのだ」
ああ、あの時! と口に出したいのをグッと我慢した。
確かにあそこに落ちていたら誘拐されたと思うのが自然だ。でも私が攫われていたなら、うちの人間が黙っているはずがない。すぐに殿下のもとへ情報が伝わっただろう。
殿下はそんな考えも浮かばないほど私を心配してくださったのね。疲れていて判断力が落ちているのかもしれないけれど。
「そんな所に……昨日は途中で買い物をしましたし、そこで落とした物を港で働く誰かが拾ったのかもしれませんね」
「……ああ、そうかもな。古そうだし、チェーンは修理するより新しくした方が良いかもしれない。もう落とすなよ、大事な形見なのだろう」
「はい、本当にありがとうございました」
殿下にペンダントを差し出され、私はそれを受け取った。
「そのペンダントだが……俺の知り合いもそっくりな物を着けている」
「……? この間いらした時に、この石が流行っているのかお聞きになられていましたね」
「違う。石の話ではない。それとそっくりなペンダントを着けている者を知っていると言っているんだ。それに、見間違いじゃなければその者はこの屋敷に居る」
「……!」
やはりシンとタキの姿を見られていた。
私は思わず周囲に視線を走らせ彼らを探した。見える範囲に姿は見えず、ホッとして小さく息を吐く。
しかし殿下はそれを見逃さなかった。
自分の推理が正しいと確信したのか、眉間にシワを寄せ私に詰め寄り、逃げないように腕を掴んだ。
「エレイン、本当の事を話してくれ。お前は宿木亭の女将ラナと同一人物なのか?」
私はどう答えていいかわからず、殿下を見つめたまま考えを巡らせた。「はい」と答えれば済む事だけど、私はフレッド様が架空の人物だと知った時、何とも言えない喪失感のようなものを味わった。殿下を傷つけたくない。
「答えてくれ。よく考えたら女将もペンダントを着けていた。石は服の下に隠れていたが……数日前、偶然服の隙間から見えた物はこれによく似ていた気がする」
もう誤魔化せない。そう思った時、殿下の視線が私から離れ、私の後ろの何かを捉えた。




