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14・美少年の更なる進化

 部屋に入ると、タキは太陽の光が差し込む居間の窓から外を眺めていた。目の錯覚なのか、急に背が伸びたようにも見え、そのうしろ姿はすでに病弱な少年とは言えないものだった。


「タキ、起きていて大丈夫なの?」


 私の声に反応し、タキはサラリとしたオリーブ色の髪をかきあげ、満面の笑みを浮かべて振り返った。グリーンの瞳が私の姿を捉えたかと思うと、彼は私に向って跪いた。

 と同時に、バリッと布が破れた音がした。


「ちょっ、具合が悪いの!?」


 私は慌てて持っていたお盆をテーブルに置くと、タキに駆け寄った。


「タキ、しっかりして。立てる? 私の力で背負えるかしら……」


 タキの顔を覗き込むと、彼はキョトンとして顔を上げ、私と目が合うとフッと柔らかく微笑んだ。骨と皮しかない様な姿だった時でも美少年だと思ったが、今の彼は言葉に出来ないほど美しく、17歳という年相応の姿へと成長していた。先ほどは逆光のせいで顔がボンヤリとしか見えなかったが、近くで見ると昨日との違いがはっきりと見て取れた。


「……君に対して跪いただけなのに、そんな反応されると思わなかった」

「これはどういう事? あなた、タキ……よね?」

「もちろんそうだよ。どうやら、昨日君が僕を浄化してくれたおかげで、ここで寝てる間に、止まっていた成長が一気に進んだみたいだ。体の調子はすごく良いよ。服は……ちょっとキツイけど」


 良く見れば着ている服はパツンパツンで、肩の辺りは特にキツそうに見える。先ほどの破れた音は、彼の着ている服が裂けた音のようだ。

 朝は昨日と変わらない線の細い子供の様な体型だったのに、今日はこの短時間で骨格まで変わってしまったというのか。それに、髪まで伸びていた。


「どうなってるの……? これはもうプラシーボ効果どころでは無いじゃない」

 

 理解を越えた事態に頭が付いていかず、私は呆然としてタキを見ていた。今朝見た彼の面影はあるけれど、子供が急に大人になれば、誰だって驚いてしまう。

 

「ラナさん、まずは落ち着こう。僕も戸惑ってる。色々と話したいとは思っているんだけど、とにかく今は早く着替えたい。丁度、着替える為に一度家に帰ろうかなって考えていたところだったんだ。それにさっき、ズボンが破けちゃったみたいだし」


 照れ笑いするタキは、気まずそうに視線を落とした。


「ええ、そうね、着替えね。わかったわ、シンに取りに行ってもらいましょう。その格好のまま外に出るのは恥ずかしいでしょう? ちょっと待ってて、今シンに頼んで来るわ」


 私はとにかくシンに知らせなくてはと気持ちが焦り、小走りで厨房へと戻った。今さっき休憩に入ったはずの私が慌てて戻ってきた事で、タキに何かあったのではと思ったシンは、座っていた椅子からガタッと立ち上がった。


「あいつに何かあったのか?!」


 私は頭を横に振り、用件だけを簡単に話した。


「シン、あのね、落ち着いて聞いて欲しいのだけど、あなたの服を下着も含めて靴まで一式取りに帰ってもらえないかしら? タキが突然成長してしまって、困っているの。あなた方の住まいはここからすぐ近くでしょう? 今すぐ取って来て欲しいの。ここは私が見てるから、急いで!」

「あ? ああ、何だか良くわからないが、取りに行けば良いんだな?」


 シンはまったく理解できていなかったけれど、私に追い立てられて、言われるままに走って着替えを取りに戻った。

 そしてその数分後、息を切らしてシンは帰って来た。


「はぁ、はぁ、はぁ、取ってきたぞ。はぁ、はぁ……」


 本当に呆れるほど早く戻って来たシンは、部屋から服や靴などを慌てて引っ掴んで来たという感じで、袋にも入れずにそのまま抱えて来ていた。


「ホントに早かったわね。タキが待っているから、急いで持って行ってあげてちょうだい」

「ああ、わかった。悪いが、このまま俺が先に、休ませて、もらうぞ。いくら、近いと言っても、ダッシュで往復は、キツイ……」

「ふふっ、どうぞ。今日はランチが終わったら食堂は臨時休業にするわ。タキには後で話を聞くと言っておいてね」


 シンはゼイゼイと息を切らしながら、返事をする代わりに片手をあげて厨房を出て行った。


「さて、チヨに午後からは臨時休業にすること、伝えなくちゃ」


 私はカウンターで接客中のチヨの元へ向った。するとそこに居たのは、お弁当箱を返却するリアムだった。彼はお弁当を持って出て以来、数日宿へ戻らなかったのだ。

 チヨはリアムに向って、戻らないなら戻らないと先に言っておけと注意していた。私とチヨは、いつもの時間になっても戻らないリアムに何かあったのかと心配していたのだ。


「戻れなかったのだ。すまない。謝りついでに、私の部屋にもう一人泊めたいのだが、構わないか? ツインの部屋だし、とりあえず今晩だけで良いのだ」

「宿の代金はお一人分しか頂いてません。その方の分は別料金ですけど、良いですか?」

「ああ、勿論追加で支払うとも。できれば、温かい食事を部屋に運んで欲しいのだが……」

「そういったサービスはしていません」


 事情も聞かずに断るチヨの隣に立ち、私が話を聞く事にした。彼は今までそんな事を言って来なかったのだ、事情があるに決まっている。連れの方は、恐らくあの人だろう。


「待ってチヨ。リアム様、お帰りなさいませ。お連れ様はどちらにいらっしゃるのですか? その方にも宿帳への記入をお願いしなくてはなりません」


 厨房からひょっこり現れた私にチヨは驚き、跳ね上がった。


「びっくりした……! ラナさん休憩に行ったんじゃなかったんですか?」

「ええ、交替したのよ。でもその話は後でね」


 リアムは外で待っている連れの男性の元へ行き、今度は一緒に入って来た。

 雨の降っている地域から来たのか、間違って川にでも落ちてしまったのか、二人とも、マントの下から覗くズボンとブーツが濡れていた。


「あ、リアム様が二人?」

「シッ、失礼よ、チヨ」


 指をさして驚くチヨを窘めて、その指を掴んで引っ込ませた。

 私の予想通り、連れの方は入れ替わりで宿泊していた高貴な雰囲気の男性だった。


「宿帳にご記入願えますか?」

 

 男性は無言でペンを取り、震える手で名前を書いた。


「昼食はいかがしますか? 従業員によるサービスは致しませんが、リアム様が運んで下さるのでしたら、お部屋で召し上がっても構いません」

「おお、そうか。では、後で取りに来る。いつも無理を言ってすまないな」

「いいえ、リアム様は前オーナーの頃からのお得意様ですもの、少し融通を利かせるくらいの事でしたら、いつでも致します。お身体が冷えていらっしゃるようなので、温かいスープをご用意致しますね」


 リアムと連れの男は、軽く頭を下げた後、ゆっくりと階段を上って行った。

 

「チヨ、今日はランチタイムが終わったら、食堂を臨時休業にする事に決めたわ。宿の方は、あなたに任せるわね」

「な! 何言ってるんです? 今まで一日だって休んだ事無いのに、急にそんな……!」

「ちょっと大変な事が起きたの。あなたには夜、私の部屋で話すわ」


 儲けの大きい午後からの営業を止める事にチヨは納得していなかったけれど、ここで話せる内容ではない。私は入り口に「本日午後からの営業は都合により休業します」と書いた張り紙をして、厨房へ戻る事にした。

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