164・嫌な予感
「え? 殿下……?」
朝早くからおじい様のもとを訪れていたお客様って、王子のどちらかだったの? でも一体何をしに?
おじい様は眉間にシワを寄せて苛立たしげに溜息を吐き、席を立った。
「……わかった。では書斎にお通ししなさい」
「は、はい! 承知致しました」
メイドは困った顔をして室内に居る私達にチラリと視線を寄越すと、おじい様に一礼して客のもとへ急いで向かった。
「お前達はここに居なさい。話の続きは後にしよう」
おじい様はそう言い残し、すぐに部屋を出ていってしまった。
嫌な予感がする。
殿下ってどっちの事なのかしら? どちらにしてもこんな所で鉢合わせてはいけない。私はともかく、今ここには宿木亭の皆が揃っているのだから。
私は咄嗟にチヨの腕を掴んで席を立ち、振り向いてシンとタキにまずい状況だと目で訴えた。二人とも困惑した表情で室内を見回すが、この部屋には身を隠せる場所が無い。
いきなり部屋に入ってくるような無作法な真似はしないと思うけれど、とにかくどこかに身を隠した方がいいと判断し、パッと窓に目を向けた。
すると状況を察したメイドが先回りしてバルコニーへ出られる窓を開く。
「お嬢様、皆様、ここから外へ」
「ありがとう」
チヨ達を先に外に出したところで、廊下からおじい様の声が聞こえてきた。
「殿下、お話でしたら書斎でお伺い致します」
「どこに居る? いいから今お前が出てきた部屋を見せてみろ。それとも自分の部屋に居るのか?」
ドア越しに聞こえる声ではどちらの王子か判別するのは難しいが、声の近さですぐそこまで来ているのだけはわかった。落ち着いて対応するおじい様とは対照的に、声の主からは焦りや苛立ちを感じる。
「何の話をしているのかさっぱり……。居間にはせがれ夫婦が居りますが、何か用でも?」
「とぼけるな! ラナが屋敷に戻ったのだろう?」
今のでわかった。こっちの私をラナと呼ぶのはウィルフレッド殿下だ。きっと誘拐事件の事で話をしに来ていたのだろう。
「帰ろうと馬車に乗ったが、待たせていた者が下働きの会話を聞いていて教えてくれたのだ。昨夜密かに戻ってきたそうではないか」
「ああ、その事でしたか……」
「なぜ黙っていた?」
「知ればすぐに会わせろと仰るでしょう。あの子も戻ったばかりで疲れておりますので、今はそっとしておいていただけませんか」
廊下で話す二人の声が大きくて、居間に居る全員に会話が筒抜けである。バルコニーに避難したチヨ達も状況を把握しようと壁に張り付き、懸命に耳をそばだてていた。
万が一の為に窓を閉じてしまいたいのに、チヨ達がそれを拒む。
「そこをどかないという事は、その部屋に居るんだな。ラナ! 居るなら出てきて顔を見せてくれ! 無事な姿を見るだけでいいんだ!」
お父様とお母様は出ていかなくていいと私に向かって首を横に振った。
しかし次の瞬間、扉がバーンと開かれた。そこには騎士の格好をしたウィルフレッド殿下の姿がある。
しまった! と思ったが時すでに遅し。
バルコニーの窓から顔を覗かせていたチヨ達を慌てて壁に隠れるよう押し込んだが、私自身は隠れきれなかった。
「ラナ!」
私の姿を見つけ、ウィルフレッド殿下は迷わず室内に入ってきた。そして脇目も振らず私に向かって突き進んでくる。
このままここに居ればチヨ達が見つかってしまうと思った私は、急いでベランダを離れて殿下に近づいた。
「お久しぶりです、ウィルフレッド殿下。何事ですか?」
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