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163・ニアミス

 家族に宿での日常などを話しつつ楽しく朝食を済ませた私達は、話があるとおじい様に言われて居間で待機している。しかし当のおじい様は朝一で来客があったらしく、書斎で面会中だ。


「ハァ……退屈ね。本当なら今頃ランチの仕込みをしているはずだったのに……。そうだチヨ、宿泊の予約は入っていなかった?」

「それは大丈夫です。来月まで予約はありません。そういえばリア……ええーっと、連泊中のお客様達がしばらく留守にしてくれて助かりましたね」

「ええ、本当に。危うく理由も告げずに締め出してしまうところだったわ」


 流石はチヨ。チヨはこの部屋に居るのが私達だけではないと気づき、二人の名前を出さずにいてくれた。メイドが側で控えているし、何より私の両親がソファーでくつろいでいるのだ。

 それに私が知らなかっただけで、お父様はリアム様を知っているかもしれない。

 たとえ私の身内であろうとも、お忍びで行動している彼らの情報を流す訳にはいかないのである。

 そして先ほどからお母様が何か言いたげにチラチラとこちらを見ている。私達が何を話しているのか興味津々だ。


「あなた達そんな所で立ち話なんてしていないで、こちらに来て座ったらどう? 椅子なら空いているわよ」

「いいえ、気になさらないでお母様。私達宿の事を話し合っているの」

「まあ、お仕事の話? 一緒にお茶でもと思ったけれど、そういう事なら仕方ないわね」


 気兼ねなく宿の事を話し合いたかった私達は、両親の座るソファーから離れた窓辺で立ち話をしている。別に座るのは構わないのだけど、緊張しているのかシンとタキが屋内に入ってからはほとんど口を利かないのだ。

 朝食の時も喋っていたのは私とチヨだけで、二人はたまに頷くだけだった。今もちょっと緊張しているように見える。王子達にも物怖じしない二人なのにどうしたのだろうか。


「ラナさん、残ってくれた護衛の人にお客様を任せてきて大丈夫だったんでしょうか。今まで人任せにした事がないので気になってしまって」

「チヨちゃん、朝食用のおにぎりを手渡して見送るだけだし、何も心配いらないよ」


 タキがチヨの疑問に答えた。

 昨夜急いでご飯を炊き、皆でお客様の朝食用おにぎりを作ってきたのだ。朝ご飯が付くというのがうちの宿の売りの一つ。どんなに急かされてもそこは譲れなかった。


「それより気になるのは食材だわ。何日も留守にしては冷蔵庫の中のソース類や地下食品庫の野菜なんかが傷んでしまうでしょう?」


 おじい様の配下の方にお任せしたのだし、お客様への対応は心配していないけれど、大量に作り置きしたケチャップやマヨネーズを無駄にしたくない。いくら緊急事態といっても食べ物を粗末にはしたくないのだ。


「……俺もそれが気になってた。しかも魔法をかけないと保冷石の効果が切れる頃なんだ。なあ、やっぱり俺とタキは戻って食堂を開けた方がいいんじゃないか?」

「二人でなんて大変よ。今から仕込みを始めてランチに間に合うと思うの?」

「いやそれは……だけど配達に来る奴らにも迷惑をかけるし、他の従業員も何も知らずに出て来ちまうだろ」


 私はそれを聞いて頭を抱えた。


「あー……そうよアルバイトの子達……! うっかりしてたわ……こちらの事情で休業するのだし、その間のお給料を出してあげなくちゃ……」

「え? そんな事したら大赤字じゃないですか!」


 私達が宿の心配をしていると、おじい様と一緒に昨夜の護衛の一人が居間にやってきた。


「お前達、宿の心配より自分達の心配をしなさい。まったく……うちの孫娘はすっかり宿屋の女将が板についてしまったな」

「おじい様、お客様はもう帰られたのですか?」

「ああ……まずは座りなさい。彼から報告がある」


 私とチヨがソファーに座り、シンとタキがその後ろに立つと、護衛の男性は私達に軽く会釈して報告を始めた。


「エレインお嬢様、宿の客は全員の出発を確認しました」

「そう、ありがとう」

「それから、従業員達には一週間休業にする事を伝え、扉にも臨時休業を知らせる張り紙をして参りましたのでご安心ください」

「ええ? 一週間もですか?」


 休業期間一週間と聞いてチヨが声を上げた。

 それでも期間が決められているだけまだいい方である。その期間内にすべて決着をつけるつもりで騎士団や兵士達がしっかり動いている証拠だ。

 そしてウィルフレッド殿下とリアム様も休む暇もなく捜索しているのだろう。


「おじい様、一週間でこの事態は収まるのですか?」

「何を言っている。収まるか、ではなく収めるのだ。その為に各地から人員を集めて捜査している」

「あの……一体何人の方が被害に遭われているのです?」

「現段階で攫われたとわかっている娘の数は十二名。そのうち九名は救出済みだ」

「ではあと三名……」


 私達の耳には情報が届かないが、水面下では事件解決に向けてしっかり動いているようだ。しかしこの広い国内でかくれんぼをしているようなもの。探し出すのは容易ではないだろう。

 そして昨夜だけでも身近なところで未遂が二件起きている。被害者を助けても次の被害者が出てしまうのでは切りがない。


「現段階ではそうだがまだ増えるかもしれん。お前が行方不明という事になっている間はな」

「……! 私に、公の場に出ろと仰っているのですね」


 私も隠れていてはダメだと思っていた。

 人前に出る覚悟はあるけれど、今は誘拐事件の捜査で男性達が駆り出されていて、大抵の家は夜会など開かず大人しくしているのではないだろうか。

 お茶会なら開かれるかもしれないが、個人宅のお茶会では拡散力が弱い。毎日何件もお茶会をはしごして回れという事なのか。

 

「三日後にカルヴァーニ邸でパーティーが開かれる。お前宛に招待状が届いているから出席しなさい。名だたる名家の令嬢、令息達が集まるパーティーだ。お前がどこで何をしていたのか、一気に知れ渡るだろう」


 マリアの誕生パーティー……いつもはレストランを貸し切りにして小規模でお祝いをしていたけど、今年はお屋敷で盛大に行うのね。

 マリアは私の一番の女友達だ。行方をくらましていた私が突然皆の前に姿を見せても、親友の誕生日をお祝いする為ならば違和感がない。

 ダリアの代理で出た夜会で耳にしたマリアの噂も気になっていたし、直接本人と話がしたいと思っていたのだ。

 私の事情を知るマリアならきっと上手く話を合わせてくれるだろう。


「わかりました、仰る通りに致します。私は今誰とも交流がないので、エスコート役はおじい様が引き受けてくださるのですよね?」 

「ば、馬鹿を言うな。若者の集まるパーティーに私が行けば、場をしらけさせるだけだ。ルークが居るだろう」

「でも、お兄様は誘拐事件の捜査で忙しいのではありませんか?」

「む……ではこの際フィンドレイの小僧に……いや、あれも騎士の端くれだったな……」


 おじい様は椅子の肘掛に肘を置いて頭を抱え、ブツブツと呟きながら険しい顔をして前を睨んだ。考え事をしているだけだとわかっていても、その顔は怖い。

 すると何を思ったのか、おじい様はシンとタキを交互に見始めた。そしてシンに狙いを定める。

 え? ちょっと待って。まさか……?

   

「シン」

「……はい」


 シンはおじい様に名前を呼ばれ、戸惑いがちに返事をした。


「ラナのエスコート役を任せる」

「俺……ですか? どう考えても場違いだと思いますが」

「いや、君が適任だ。無理に愛想よく振舞う必要はない。ラナの護衛をすると思って隣に居るだけでいいのだ」

「護衛か……それなら、まあ……わかりました。全力でお孫さんを護ります」

「シン! そんな安請け合いしちゃって大丈夫なの? 場所が王宮じゃないだけで、集まるメンバーはこの国の要人の子ども達なのよ?」


 幸いな事に、シンの顔を知るエヴァンやウィルフレッド殿下は事件解決の為に動いていてパーティーは欠席するだろうから、そこは問題ない。

 でも私には一つ心配な事がある。全員が仲の良い人達という訳ではないから、私に対する陰口や嫌みも耳に入るだろう。

 私はもう慣れてしまって聞き流せるけど、シンはどう思うだろうか。

 

「身分を偽る事にはなるが、少し変装をさせてラナが今世話になっている母方の遠縁の親戚という事にすれば誰も疑わないだろう」

 

 父も母もこれに対して何も意見しなかった。動揺もしていない事から、私達が屋敷に来る前に色々話し合っていたに違いない。


「……? 廊下が騒がしいわね。どうしたのかしら? 誰か様子を見てきてくれる?」


 お母様がメイドに指示を出した。

 すると、メイドが廊下に出ようと扉を開けたところで別のメイドが慌てて部屋に飛び込んできた。


「大旦那様! 先ほど帰られた殿下がこちらにお戻りに……!」

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