161・これが私のせいならば 後半
「おい! それ以上オーナーに近付くなら相手が客だろうが容赦しないぞ!」
シンは左手で大柄な男性を押さえながら、右の手のひらを冒険者風の男性に向けた。
これは一見すると止まれの合図だが、そうではないとすぐにわかった。微かに空気の流れが変わったのだ。
今ここで魔法を使ってみせるのはあまり得策とは思えない。それに相手は一応お客様だし、こちらが先に攻撃を仕掛けるのはまずいと思った。
私はシンが魔法で攻撃する前に冒険者風の男性の手を掴み、見よう見まねで足払いを仕掛ける。
しかし先ほどシンがやっているのを見ていた男性は、それをいとも簡単に回避し私を小馬鹿にして笑った。
「おっと……随分勝気なお嬢さんだな。その華奢な身体でこの俺を倒せるとでも思っ……!?」
私は男性がしゃべり終わるよりも先に懐に入り込み、背負い投げして床に叩きつけた。そしてゴロンとうつ伏せに転がして腕を背中に回し、グッと押さえつける。
時間にして二秒ほど。瞬く間の出来事だった。
投げられた男性は何が起きたのか理解出来ないという顔をしている。
一瞬勘違いしてしまいそうだけど、実際にこれをやったのはヴァイスである。とても不思議な感覚だった。意識はあるのに自分の身体が勝手に動き、大人の男性をおもしろいくらい軽々と投げ飛ばしてしまったのだ。
でも取り押さえたはいいけれど、この後どうすればいいのか私にはわからなかった。
「シン、何かで縛った方がいいのかしら……」
「あ……ああ、そうだな」
シンも予想外の私の行動に唖然としていた。
私がヴァイスにお願いしていたのを聞いていたと思うが、実際に私が素早く敵を倒す姿は想像出来なかっただろう。決して運動音痴ではないけれど、エヴァンを笑わせた本気のパンチが強烈に印象に残っていれば尚更である。
そして縄の代わりに使う為シンが男性のベルトを外そうとしていると、私の頭の上に紐のような物がポトンと落ちてきた。
蛇でも落ちてきたかと驚き咄嗟に払いのけてしまったが、それは植物のつるだった。これには見覚えがある。私が西の町で攫われた時に犯人達が縛られていた物と同じだ。
シンと私がそれに気づいて上を見上げると、頭上には白くて小さな動物の姿をした妖精達が飛び回っていた。
まさか彼らはこうなる事を予測して前もって準備していたのだろうか。
そう思ったその時、なんと白い鹿の妖精の角の先がニョキニョキと凄い勢いで伸び始め、伸びた所が植物のつるへと変化した。
そして別の妖精数匹でそのつるを輪っか状にまとめて角の先から折って下に落とす。流れるような連携プレイでそれを何度か繰り返すと、私がお礼を伝える暇もなく彼らは光の玉となって飛んでいってしまった。
妖精が見えない人には、何も無い空間からいきなり植物のつるが伸びて落ちてくるという怪奇現象でしかないだろう。
抵抗する男性二人を妖精のくれたつるで手際よく拘束した私達は、部屋に押し込められたチヨのもとへと急いだ。
「チヨ!」
すると普段チヨが使っているフロントの椅子に、三人組の最後の一人が悠々と座っていた。フードを深く被っていてとても怪しい雰囲気なのに、この人からも黒いモヤは出ていない。
「やるねぇあんたら。あの二人を一瞬で無力化したのはあんたらが初めてだ。一体何者なんだい?」
「そちらこそどういうおつもりですか? 私を懸賞金の掛けられた令嬢だと思っているのなら……」
「はっはっはっ! さっきの身のこなしを見れば別人なのはもうわかったよ。ちょっと思いつきでひと稼ぎしようとしただけさ。人違いだった訳だし、そいつらを放してやってくれないかな」
私を狙ったのは確かなのに、まったく悪びれる様子もない。シンは先ほどのつるを使ってチヨの椅子に座る男性を縛り上げた。
「ふざけんな。このまま解放する訳ねーだろ。ついさっきお前らみたいなのが増えてるから注意しろと言われたばかりだ。巡回中の警備兵に引き渡す。言い訳なら兵士にするんだな」
フードを被った男性は抵抗する事なく素直に拘束され、他の二人と一緒にフロントカウンター前の床に並べられた。
私はその隙にチヨの部屋に入り彼女の無事を確認する。するとチヨは怪我も無くベッドに横たわっていた。
しかし肩を揺すって名前を呼んでもスヤスヤと眠り続け、一向に起きる気配が無い。
「あなた達チヨに何をしたの!?」
「ちょっと眠くなる薬を嗅いでもらっただけさ。体に害は無い。心配しなくても放っておけば一時間ほどで目覚めるよ。僕達は殺す必要の無い相手には傷一つ付けないのがポリシーなんでね」
いきなり殺すなどという物騒な言葉が出て私は絶句した。
宿泊客の職業など一々チェックしない。ほとんどの客が商人である事は身なりや会話からわかっているけど、まさかこのような客が紛れているとは思いもしなかった。
話を聞くと彼らはこの国の民ではなく、賞金稼ぎを生業に各地を巡っている兄弟で、依頼されたある物を探して旅をしているらしい。
そして食後部屋で休んでいた三人は、町で耳にした魅力的な懸賞金の話をするうちに、エレインの容姿の特徴が完全に厨房の女と一致していると盛り上がり、私の素性を確かめに下りてきてチヨと揉めたのだそう。
彼らに話しかけられてもチヨが上手く誤魔化せていれば問題無かっただろうが、私に似た容姿の女性が誘拐されているとウィルから聞いた直後だった為に、動揺が隠せなかったようだ。
チヨがムキになって否定するものだから、余計に怪しいと思った彼らは予定には無かった懸賞金を手に入れるべく動いたと白状した。
今回は運よく怪我をせずに済んだけれど、もしまた私を狙う者が現れたらその時はどうなるかわからない。チヨをこんな風に巻き込んでしまい、ショックを隠せなかった。
「ただいま。こっちに居たんだね。ラナさんの部屋に行ったら誰も居なくてどうしたのかと思ったよ」
そこへやっとタキが戻ってきた。鞄を二つ抱えて軽く息を切らしている。
「タキ、おかえりなさい。遅かったわね」
「うん、この近くの宿で誘拐騒ぎがあってね。犯人はすぐ捕まったんだけど、僕も少しだけ犯人逮捕に協力してきたんだ。ねえ、ところでその人達はお客様だよね? どうして縛られているのかな?」
タキは大人しく床に座っている賞金稼ぎの男達をジッと見つめた。しかしタキの表情が変わらないところを見ると、オーラにも問題がないようだ。
彼らは仕事として割り切っているせいなのか、人を攫おうとしたのに黒いモヤも出ていない。だからまったく状況が理解出来ないタキは不思議そうに彼らを見ている。
「ここでも誘拐未遂があったんだよ。オーナーが狙われた。タキ、来て早々悪いが兵士を呼んできてくれ」
「え……? う、うん、わかった。まだ近くに居るはずだから行ってくるよ」
タキは休憩する間もなく鞄を置いて兵士を呼びに出ていった。
そして数分で戻ってきたタキが連れてきたのは、兵士二名の他に見覚えのある男性達。
よく見ると、彼らは前におじい様が来た時に一緒に食事をしていた人達だった。
つまり、おじい様が私に付けた護衛である。
彼らは毎日交代で食堂に顔を出し、黙って客の様子を窺いながら食事をして帰っていく。常連客なのに話をした事は一度もなく、こうして直接接触してくるのは初めての事だ。
私とシンで捕縛した男達を兵士が連れて出て行くと、護衛の一人がかしこまった態度で私に話しかけてきた。
「エレイン様、大旦那様からの伝言をお伝え致します」