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159・つけ忘れていたペンダント

 あのパーティーで起きた婚約破棄事件が未だに私と家族を苦しめる。

 私は自室に戻る途中、離れて暮らす家族の事を考えていた。

 サンドラの件が片付いて私自身の汚名を雪げたのは良かったけれど、私を逃がす為に悪役に回ってくれた家族には、また一段と悪いイメージが付いてしまった。

 私が自害したのを隠蔽しようとしているだなんて、そんなの絶対にある訳ないのに! 一体誰がそんな心無い噂を流しているのかしら?

 私は幸せな生活を手に入れる事が出来たのに、家族は汚名を着せられてとても申し訳ない気持ちだわ……。


「ハァー……まさかあんな噂に踊らされる人が居るなんて……困った事になりましたね」

「……ええ、そうね」


 私の部屋に入るなり、チヨは特大の溜息を吐いた。

 溜息を吐きたいのは私の方よ。次から次へと問題が起きるのですもの。しかも今回は家族にまで火の粉が飛んでしまった。


「でも不思議です。ラナさんは有名だし、真っ先に狙われそうなのにどうして誰も来ないんでしょうか。もちろんそれで良いんですけど、何と言っても本人ですから見た目の特徴はほぼ一致してますよね」

「んー……私は逆に、有名だからこそエレイン候補から外されているんじゃないかと考えるけど。だってこの宿を始めた時期は私が家を出される半年も前だもの」

「そういえばそうですね。外でおにぎりを売っていた頃を入れるともっと前からですよ。その頃を知るお客様も大勢居ますし、どんなに特徴が一致してもラナさんとお嬢様が同じ人だなんて思わないですね」

「そういう事。でも、だからといって安心は出来ないわ。そこまで考えが及ばない人もいるでしょうから警戒だけはしておきましょう」


 前に私が攫われた時は、狙われていたのは旅行者だった。さっきは具体的な内容を聞かなかったけど、今回も狙われているのは旅行者などのよそから来た人達なのではないだろうか。

 私が地方でひっそり暮らしているならまだしも、王都で堂々と人気の宿屋を営んでいる時点で誰も同一人物とは思わないはず。

 それでも近付こうとする不審者が居れば、おじい様のつけた護衛が動いているだろうし、ヴァイスやシン達も私の側に居る。

 むしろ私は自分の事よりも、無関係なのに突然攫われてしまった女の子達の方が心配だった。

 懸賞金の件が嘘だとわかった時、攫われた女の子達は無事では済まされないかもしれないのだ。まず先に女の子達の居場所を探して助け出さなくてはならない。

 きっとウィル達はその捜索に当たる為にしばらくここへは来られないのだろう。今回私に護衛を付けると言わなかったのも、一人でも多く人員を確保する為に違いない。

 

 私はチヨとお喋りをしながら、クローゼットに並べられたウィッグコレクションの中からグレー系ベージュカラーのウィッグを選び、ササっと地毛を纏めて装着した。

 長さは私の地毛と同じ位で、ブロンドの髪を白っぽいグレーに染めた特注品だ。

 しっかり変装するなら本当に髪を染めてしまうのが確実だと思う。でもここでは前世のように気軽に髪を染められない。

 なぜならヘアカラーが出来るお店は貴族を相手に商売をしているから、値段設定が馬鹿みたいに高いのだ。

 

「わあ……素敵です! ちょっと色が暗くなっただけで急に落ち着いた雰囲気になるんですね。私も何か被ってみたいです」

「ふふ、じゃあこれなんかどう?」


 チヨに少しウエーブのかかったミルクティーベージュのウィッグを被せてみる。

 普段真っ黒でストレートな髪しか見ていないから、明るい色のゆるふわ髪はとても新鮮だ。


「チヨ、このウィッグあなたにすごく似合う。お人形さんみたいね」

「えへ、そうですか?」


 そう言ってチヨは嬉しそうに鏡の前に立ち、自分の姿を確認した。


「ひゃー、自分じゃないみたいで何か恥ずかしいです」 

「ふふ、楽しいでしょう?」

「確かに楽しいですね。ラナさんがこれを趣味にする気持ちがわかった気がします」


 チヨは鏡に向かって顔の角度を変えながら変身した自分を眺めていた。

 こんな遅い時間じゃなければ軽くメイクを施してチヨに合わせて作った衣装を着せてみたかった。しかし残念ながら、今はそんな場合ではない。


「とりあえず言われた通りにはするけど……これって意味があるのかしら?」

「まあ……念には念をって事じゃないですか? はい、これ。ありがとうございました」


 チヨが外したウィッグを元の場所に戻し、クローゼットの扉を閉めようとしたところで、ある箱が目に留まった。


「あ……」


 そういえば、神父様から譲り受けた曾祖母のペンダント。お守りの効果を身を持って経験し、宿に戻ったらすぐ身につけるつもりでいたのにすっかり忘れていた。

 私は棚の奥に仕舞っていた箱を取り、そこからペンダントを出して首にかけた。黒くて大きめのペンダントトップが胸元で揺れる。


「誰かに見られてもガラスで出来た偽物だと思われそうだけど、一応石は見えないようにブラウスの下に隠しておかなくちゃ……」


 私を護ってという祈りと共に黒曜石を一度ぎゅっと手で握り締め、ブラウスの下に滑り込ませた。

 するとその時居間の扉をノックする音が聞こえ、「入るぞ」という声と同時にシン達が部屋に入ってきた。シンとタキの手には鞘に収められた細身の剣が握られている。

 

「オーナー、俺とタキは今晩から二階に泊まる事にした。フレッド様はすぐ戻らなきゃならないそうだ」

「ラナさん、僕は着替えとか必要な物を取りに一度家に帰るね。じゃあまた後で」


 タキはそう言い残し、シンと目を合わせて頷くと、持っていた剣をシンに預けて裏口から出ていった。そしてタキに続いてチヨも一旦自分の部屋に戻った。


「ラナさん、私も部屋で寝間着に着替えてきますね。シン、ラナさんを頼みましたよ」

「ああ、行ってこい」


 私を抜きに動き回る皆を目で追いながら、本当にこれで良いのかと疑問を感じた。ウィルに言われた通りにしているけれど、仕事の後の大事なプライベートな時間を私一人の事で台無しにしてしまっている。

 事態が収束するまで一体何日かかるのだろうか。絶対に一日二日の事ではない。


「女将、不満そうな顔だな。しばらくの我慢だ」

「……はい」

「じゃあ俺はもう行く。何かあれば巡回中の兵士に声をかけるんだぞ。それに部屋の窓や扉に鍵をかけるのも忘れるな」


 まるで子どもを家に残していく父親のような心配ぶりだ。私は戸惑いつつも、頷いて答える。


「シンとタキも側に居りますし、そんなに心配しなくても大丈夫です」 

「……そうだな。では女将、俺は裏から出る。門まで案内してくれるか」

「はい、ではこちらへ」


 案内するも何も、この部屋を出て左に行けば勝手口の扉がある。何度か通っているのだから知っているはずだ。

 お見送りはするつもりでいたけれど、いつもならこんな事をわざわざ言わないのに今日はどうしたのだろう。

 ウィルは私の後について来ていたシンを無言で立ち止まらせ、困惑するシンを廊下に残して勝手口の扉を閉めてしまった。

 何か変だと思いながらも、私はウィルを裏手にある門まで案内した。

 シンに聞かれたくない話でもあるのかと思ったが、特に何も話さずに門に辿り着く。

 そして私が門の扉に手を伸ばすと、その手を後ろに居たウィルに突然掴まれた。ビックリして反射的に手を引き抜こうとしたけれど、しっかり掴まれていてビクともしない。


「あの……?」


 扉の向こうに何者かの気配を感じて引き止めたのかと思いきや、ウィルの視線が私の胸元に注がれている事に気づく。私は慌てて胸元を手で押さえた。

 まさか上からブラウスの中を覗いた訳じゃないわよね。こんな反応をして失礼だったかしら……。

 動揺を隠す為に下を向くと、ウィルが私の耳元に顔を寄せ、小声で話しかけてきた。


「女将、気になっていたが俺が渡した守り石はどうした? どこにも身につけている様子が無いな」

「……あれは、恐れ多くて気軽に持ち歩けそうにないので、大切に保管してあります」


 私が小声でそう答えると、後ろに居たウィルは私から体を離して正面に回り込んできた。


「そうなのか? それでは意味が無い。リアムはアクセサリーに加工した物を渡したと言っていたが、俺もそうするべきだったな。次は加工した物を持ってこよう。それまでは我慢してあの不格好な原石を持ち歩いてくれ」

 

 石に価値があり過ぎて恐縮してしまうと言っているのに、どうも間違った解釈をされてしまったらしい。別に見た目の問題ではないのだけど。

 そういえばリアム様に頂いた方はしっかり役目を果たして割れてしまったんだった。でもその事を話すと私が危険な目に遭った事がバレてしまうし、今は黙っていよう。


「わかりました、言われた通りに致します。ですから別の物を用意するのはおやめください。ところでフレッド様、お急ぎなのではありませんでしたか?」

「ああ、もう行く。女将……」


 ウィルがまだ何か言おうとしたタイミングで、突然裏門の扉が開いた。扉を開けたのは戻ってきたタキだった。


「ビックリしたー。二人ともどうしたの? こんな所で立ち話なんかして」

「タキ、おかえりなさい。随分早かったわね」


 必要な物を取りに行ったはずなのに、タキはその手に何も持っていない。途中で引き返してきたのだろうか。

 するとタキは、私にただいまも言わずにウィルに話しかけた。


「フレッド様、御者から伝言を頼まれました。お早くお戻りください、だそうです」

「……そうか。タキ、家の側まで行ったのに引き返させて悪かったな。女将、すぐに事態を収拾させるから、それまで外出は我慢するんだぞ。では行こう、タキ」


 ウィルが門を出ていってもタキはその場から動かない。不思議に思って見ていると、タキの視線が宿の勝手口の方に向けられた。


「ラナさん、僕らがここに居るうちに中に入ってくれる?」

「どうして? せっかくだし二人を見送るわ」  

「ダメだよ。暗い場所で君が一人きりになってしまうだろ。忘れたの? 兄さんがほんの少し目を放した隙に攫われた事」


 ウィルから誘拐事件が起きていると聞いて、タキはあの時の事を思い出していたようだ。という事は、きっとシンも……。

 ふと私がそんな事を考えた時、タキは何を思ったか大声でシンを呼んだ。


「兄さん!!」


 するとすぐに勝手口の扉が開いた。シンはいつでも出られるようにそこで待機していたらしい。


「ほら行って。僕らも行くから。すぐに戻るからお茶の用意をお願いしていいかな? 寝る前だし、甘いココアがいいな」

「わかったわ。気をつけていってらっしゃい。フレッド様もお気をつけて」 


 挨拶を済ませると、タキはウィルと一緒に元来た道を戻っていった。

 普段なら気にもしないのに、誘拐事件の話を聞いたせいか裏手の路地が何だかとても不気味に感じた。


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