158・ウィルの頼み事
「フレッド様、もしや私に頼みたい事があるのですか?」
「ああ、その通りだ」
やはり私にエレインとして人前に出てほしいと頼みに来たのね。実際は身代わりでも何でもなく、正真正銘エレイン本人なのだけど。
私が居場所を隠しているから起きた事件ですもの。何もせず隠れていて良い訳がない。ここは攫われた女の子達の救出を最優先に考えなくてはいけないわ。
私は覚悟を決め、快く引き受けますと返事をするつもりだったのに、ウィルは予想と違う事を言った。
「女将、しばらく宿の外には出るな」
「……えっ?」
「エレイン嬢の容姿はお前によく似ている。誘拐犯の次のターゲットにされるかもしれない。だから俺が良いと言うまで、念の為得意の変装をして隠れて生活してほしいのだ」
思いがけない言葉に私は驚き、何度も目を瞬いた。また身代わりを頼みに来たのではなかったの?
「女将はこの辺では有名人だ。美しいプラチナブロンドと言えば宿木亭の女将だと誰もが口をそろえて言うだろう」
「あ! そうか。お金に目がくらんだ人達が条件に合う女の子を探し回っているんですね。じゃあこの地区ではラナさんが真っ先に狙われてしまうじゃないですか」
チヨは不安そうに私を見る。夜はお客様の他に私とチヨしか居ないのだ。出入り口の鍵は掛けているが、客のふりをして誰かが押し入ってきても対抗する術がない。
「この辺りではまだ被害者は出ていないが、用心した方がいい。それから、こんな時に悪いがリアムも俺もしばらくここへは顔を出せない。だからあの部屋に泊まってお前達が女将を護れ」
ウィルは有無を言わさぬ命令口調でシンとタキの二人を夜間の護衛に任命してしまった。そこまでしなくても私にはヴァイスが居るのだけど、そんな事ウィルは知らないものね。
「わかった。俺も心配だったからこの件が解決するまでそうさせてもらう。チヨ、お前はオーナーの部屋で寝ろ。何かあれば大声で叫ぶんだ。いいな」
「は、はい! 大声なら任せてください」
チヨは自分にも役割を与えられ、やや興奮気味にシンに返事をすると、頬を紅潮させキラキラした目で私にウインクしてきた。
そこでウィルが席を立ち、シンとタキの側へ行くと二人の肩にポンと手を置いた。
「まだ訓練は必要だが、シンもタキも剣の腕は上がったし、攻撃魔法も人並み以上に使えるようになった。二人が居れば女将の事は心配いらないな」
「ああ。こういう時の為に訓練してきたんだ」
シンとタキも立ち上がり、まるで騎士か兵士のように姿勢を正し横一列に並んだ。ここではちょっと見ない光景だけど、きっと訓練場ではこうして指導を受けているのだろう。何だかとても頼もしく見える。
「あの……フレッド様。もしもの時の為に剣をお借り出来ませんか? 僕らのは訓練場で保管してもらっているので、手元に無いんです」
「あっ……そうだな、うっかりしてた。あれは訓練用で刃が潰してあるからどちらにせよ使い物にならないだろう。確か何本か予備があったはず……シン、タキ、二人は俺と二階へ。女将は俺が言った事をすぐに実行してくれ。チヨ、女将を一人にするなよ」
「はい! お任せください! さあラナさん、早速変身しましょうか」
テキパキと話が進められ、私はチヨに連れられて自分の部屋へ。シンとタキはウィルの後に続いて二階へと上がっていった。