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157・放っておいてはくれないのですね

 ウィルは私が差し出したお茶を一口飲み、真面目な顔で話を切り出した。


「話というのは、今国内で噂されている公爵令嬢の事だ。何者かが懸賞金をかけて探していると騒ぎになっているが、お前達の耳にも届いているか?」


 それを聞いたチヨは、実際に自分が聞いてきた情報をウィルに話した。


「はい、金貨千枚ですよね。元婚約者の第二王子様が探してるとか隣国の王様が探してるとか……何か他にも知らない名前が出ていましたけど、結局どれが本当だったんです?」

「どれも本当ではない。王家の者は誰も関わっていないし、彼女の祖父であるアルフォード王も無関係だ」


 私はウィルの話を聞いて少しホッとした。

 私の事をフレドリック殿下が探しているというのを以前マリアから聞いていたし、婚約破棄してからの殿下の行動を見ると案外ありそうな気がして実のところちょっと心配だったのだ。

 

「やっぱその話はデマだったか。肝心の依頼人がはっきりしてないなんておかしいと思ったんだ」

「シンの言う通り俺もデマだと思うが、まだ断定出来る段階ではない」

「ところで、フレッド様はそれを言う為にここへ来た訳じゃないんだろ? 何か言い出しにくい話なのか?」

 

 シンの言葉を聞き、ウィルが私の顔をチラリと見た。

 懸賞金の件をわざわざ無関係のはずの宿屋の女将に話しに来るなんて変だわ……もしかして私がエレインだと気づいたのかしら? 私の家族に会って、どこに居るのか聞き出してきたの?

 でももしそうなら、こんなに冷静であるはずがないわ。じゃあ何?

 ウィルが何を考えているのかまったく読めず、私は不安になる。

 ただでさえこの数日、毎日誰かが私の事を噂しているのが耳に入ってくるのだ。そのうち本気で探し出そうという人が現れて、簡単に見つけ出されてしまうのではないかと気が気ではない。

 私はここでの暮らしが気に入っている。

 それにかけがえのない仲間も出来た。王家の次に権力を持つ家の娘なのに、シン達がありのままの私を難なく受け入れてくれたのは奇跡だと思っている。

 だけど……お客様はいくら仲良くなったと言ってもそうはいかない。きっと私を見る目が変わってしまうだろう。

 お客様の会話からわかった事だけど、冤罪だとわかったなら早く元居た場所に帰すべきだと多くの人が声を上げているらしい。

 それが彼らの善意からなる言葉だとわかっていても、ここはお前の居るべき場所ではないと集団で帰れコールをされている気分になる。

 私の居場所はここなのに、それを理解してくれる人はどれだけいるだろう。

 思わず小さな溜息が漏れた。

 すると、ベンチの座面に置いていた左手がフッと温かくなるのを感じた。私の左側に座っているのはシンだ。 

 私は頬が熱くなるのを感じ、それを隠す為にパッと下を向く。すると視界に、シンの大きな手に包まれた自分の手が見えた。恥ずかしくて彼の顔を見られないけれど、「大丈夫だ、落ち着け」とメッセージを送られた気がした。

 その瞬間に、スッと心が落ち着く。たったこれだけの事で頭の中を占めていたネガティブな思考が遮断され、今度は左手に意識が集中してしまう。

 それから少し間を置いてお茶を一口飲んだウィルは、私達全員の顔を見ながら口を開いた。


「……ではここからが本題だ。一般市民にはまだ知らせていないのだが……エレイン嬢と同じ青い目でプラチナブロンドの髪を持つ少女達が、各地で連れ去られるという事件が何件も起きている」


 シンの手の温かさに気を取られていた私の耳に、信じられない言葉が聞こえた。私は思わず身を乗り出す。


「ええ!? 一体何の為に?」

「懸賞金目的だ。具体的に名前の出ている貴族には問い合わせ済みだが、どの家も名前を出されて迷惑だと言っている。中にはまったくの別人をエレイン嬢だと言って差し出され、金を要求されたという例もある」

「何だって? 馬鹿な奴が居たもんだな。自分達が知らなくても、貴族なら本人に会った事があるだろうし見れば別人だとすぐにバレるだろ。なあ、オーナー」

「あ……ええ、そうね」


 シンは過剰に反応してしまった私を注意するように一度強く手を握ると、そっとその手を放した。


「まあ、そいつらはその家の者達がすぐに捕まえて、囚われていた少女も家に帰された。だがまだ他にも隠れて機会を窺っている者が存在する」

 

 ここでチヨがたまらず口を挟んだ。


「あのー……それって懸賞金を出す人が判明するまで、女の子達は何者かに囚われたままになってしまうって事ですか? むやみに動けば誘拐の罪で捕まりますもんね」

「ああ、そういう事だ」

「酷い……無関係な人を身勝手な理由で拘束するだなんて……! でしたら、王家の方がその令嬢の無事を確認したと公式に発表してはいかがですか? それか既に家に戻っていると知らせるなり、何か方法が……」


 私の提案を聞き、ウィルは溜息を吐いた。


「それがそうもいかないのだ。エレイン嬢に関する事では王家の信用が地に落ちている。問答無用で家から追い出したノリス公爵家も同様にな」


 私もおじい様とお話をする機会が無ければ、見捨てられたと勘違いしたまま過ごしていたと思う。

 でも違った。おじい様は私の本質を見抜いて貴族社会から解放してくださったのだもの。

 事情を知らなければ酷い家族だと思われても仕方がないかもしれないけれど、そこはどうにかして誤解を解きたい。

 だけど……一般市民にとって何も接点の無い私の事など本当はどうでもいいだろうに。悪役令嬢から一転して悲劇のヒロインになった事で、変に関心が高まってしまった。

 出来る事なら私の事など放っておいてほしかったわ。

 

「女将の言う通りに出来れば問題は解決するだろうが、ある噂がきっかけで言葉だけでは民衆を納得させられない状況になっているのだ」

「ある噂って何なんです?」


 チヨが遠慮なく質問する。ウィルはチヨに押され気味になりながらも、話せる範囲で説明を始めた。


「あまり詳しくは話せないが、一部では彼女は既に亡くなっていると……だがそれだけは絶対に無い」

「もしかして、無実なのに処刑されたとか、家族に見捨てられて自害したって話が出てるのか?」

「まあ、そんなところだ」

「なるほどな。王族がその死を隠蔽しようとしているんじゃないかと民が騒ぎ出したから、言葉だけでは足りないって事か……」


 この流れって……また私に身代わりをやれと言いに来たのではないかしら? 行方不明のエレインさえ見つかってしまえば探す必要もなくなり、懸賞金の話もきっとなくなる。

 ウィルが今日ここへ来たのは、王家が正式に懸賞金の話を出し、そこへエレイン自ら登場すれば事態が収束すると考えて……?


 

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