出版記念SS・私がラナさんに出会ったあの日の話
読者の皆様いつもありがとうございます。
この小説が1、2巻同時発売されました事を記念して、
ラナとチヨが二人でおにぎり屋を始めるきっかけとなったエピソードを投稿させていただきます。
サンドラの話を152話の中にまとめました。後半に話が追加されています。
4章ラストの153話をSSの前に差し込みました。
「おにぎりはいかがですかー? 和の国の特選米で作ったおにぎりでーす。はあ……どうして売れないのかな。こんなに美味しそうに作れたのに……」
首から下げた木箱の中を何度見直しても、竹皮で包んだ白むすびは一つも売れずに残っている。だからつい溜息が出ます。
見合い相手が嫌で国を飛び出してきたはいいけど、当面の生活費を手に入れる為に始めたおにぎりの販売は全然上手くいきません。
私の地元では特選米のおにぎりは人気があるからすぐ完売するし、何とかなると思っていたけど……ちょっと考えが甘かったかもしれません。
初日に味噌を塗ったおにぎりを売り歩いた時は物珍しさで買ってくれそうな人は何人か居ました。でも、手に持ってその匂いを嗅いだ瞬間、しかめっ面をされてすぐに返されてしまいました。
私もこの国の食べ物で匂いが苦手なものがあるので、好みは人それぞれだし別の売り方を考えました。
それで今度は軽くお塩をまぶした白むすびにしたんですけど……この国の人達はお米が好きじゃないんでしょうか。
「あの……」
俯いて売れ残ったおにぎりを見ていると、前方から女の子が声をかけてきました。
「はい! いらっしゃい……ませ……」
お客様は同性の私でも思わず息を呑むほど綺麗な人でした。
肌がとても白くて私の国では見た事もない絹糸のような美しい長い髪。
それに異国のお化粧を施された大きな藍色の目は好奇心いっぱいに見開かれたまま一点を見つめています。声を聞いた時は私と年の変わらない女の子かと思いましたが、もっと大人のお姉さんのようです。
「もしかして……あなたが売っているこれは、おにぎりかしら?」
「はぇ? は、はい! そうです」
ぽーっとしていたせいで間の抜けた声を出してしまった私は、シャキッとせねばと背筋を伸ばしました。
あれ? 思わず母国語で返してしまったけど、今このお姉さんが喋った言葉は和の国の言葉?
「うわー、まさかここでおにぎりを食べられるなんて思わなかったわ。一つください」
「あ……はい、お買い上げありがとうございます!」
やっぱり和の国の言葉です。しかもすごく自然で親近感のある話し方。派手な見た目とはギャップがありすぎて戸惑いを隠せません。
私に代金を払っておにぎりを手にしたお姉さんは、何を思ったかその場で竹皮の包みを開いて食べ始めました。まさかこんな所で食べると思わなかった私は、驚きのあまり目をパチクリさせながらその光景を黙って見ていたんです。
お姉さんはバクッと豪快におにぎりにかぶりつくと、ひと口目はうっとりとした表情を浮かべながらよく噛んで味わっていました。
でも急に何かをひらめいたかのように目を見開いたお姉さんは、今度はポロポロと大粒の涙を流し、小さな子どものように泣きながらおにぎりを頬張り始めたんです。
「えーっと、そんなに急いで食べたら喉を詰まらせますよ。これ、中身は水ですけどよかったらどうぞ……」
オロオロしながら竹製の水筒を差し出すと、おにぎりを食べ終えたお姉さんは涙を拭ってそれを受け取り、何度も深呼吸してからゆっくりと水を飲んで落ち着いてくれました。
「お水をありがとう。ごめんなさい、急に泣いたりしてびっくりさせちゃったわよね。あなたのおにぎりは本当に美味しかった……ご飯の炊き方がとても上手ね」
「ありがとうございます。あの……もう大丈夫ですか?」
「ええ。お米を食べるのが本当に久しぶりで……懐かしさで胸がいっぱいになってしまったの……。あ! やだ私ったら、今日はお化粧しているのに!」
小さな手鏡で自分の顔を確かめたお姉さんは、物陰に隠れてポケットから出した携帯用のお化粧品でササっと顔を直して戻ってきました。
何だかこのお姉さんともっとお話がしたいです。着ている物は普通のワンピースだけど、きっと身分のあるどこかのお嬢様だと思います。
でも全然偉ぶっていなくて、不思議と親しみが持てます。
「私の名前は大谷チヨです。和の国から来ました」
「私は……ラナよ。あ、ねえ、そのおにぎりは全部売ってしまわなくていいの?」
「……もっと食べたかったらどうぞ。実は売れなくて困っていたんです。この国の人はご飯があまり好きじゃないんですね」
それを聞いたラナさんは、しばらく黙っていたかと思うと突然おにぎりを一つ手に取り、大きな声で喋り始めました。言語は大陸の共通語です。
「まあ! おにぎりを初めて食べたけど、すごく美味しいのね! ほんのり塩味が効いていて噛み続けるとご飯の甘みを感じるわ」
ラナさんがそう言いながら美味しそうにおにぎりを頬張る姿を見て、周囲に居た人や通りがかった人が興味を持って私の周りに集まってきました。皆ラナさんの様子とおにぎりを交互に見て、ごくりと唾を飲み込んでいます。
「お嬢ちゃん、それ一つもらおう。いくらだい?」
「え? あ、ありがとうございます!」
ビックリしてラナさんに視線を向けると、ラナさんは私からヒョイと木箱を奪い取り、代金を払ったお客様におにぎりを手渡してくれました。
「チヨ、あなたはお客様から代金を受け取ってね。皆さーん! 数量限定ですのでお早めにどうぞー」
どうやらおにぎりを売る手伝いをしてくれるみたいです。ラナさんが笑顔で接客していると、どんどんおにぎりが売れていきます。そしてものの数分で木箱いっぱいに用意してあったおにぎりは完売してしまいました。
「すごい! 全部売れちゃいました。ラナさん、ありがとうございました」
「おにぎりがどんな物か知る事さえ出来れば、きっとまた買いに来てくれるわ。美味しいものはちゃんと評価されなくちゃ。私も楽しかったわ」
私達は和の国の事やこの国の食糧事情などで話が盛り上がり、次の週末に再会した時もラナさんはおにぎりを売る手伝いをしてくれました。なので私は思い切って友達になってくださいとお願いしてみたんです。
ラナさんは驚いていたけど、少し照れくさそうに笑って頷いてくれました。
「ふふっ、もちろんいいに決まってるわ。こちらこそよろしくね。ところでチヨ、一緒に商売を始める気はない?」
「ええっ?!」
このとんでもないラナさんの発言が、今の私達の始まりです。
「地味で目立たない私は、今日で終わりにします。」コミカライズ企画進行中です!




