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151・後の事はお任せします。

(ラナ様、巫女のイリナがこちらへ向かっております)

「イリナ様が? ちょうど良かった。ヴァイス、見張りはもういいわ。どうもありがとう」


 レヴィエントが去るとすぐに、イリナ様がこちらへ来ているとヴァイスから知らせが入った。多分様子を見にきたのだろう。

 ここでようやく意識を取り戻したサンドラは、あくびをしながら両腕を上げて大きく伸びをしていた。その顔はとても清々しく、出会ったばかりの頃のサンドラよりも若干若返ったようにも見えた。

 だけどどうしてもこのまま終わるとは思えない。

 レヴィエントはどうなるかわからないと言いつつも、最悪の事態を想定していたのだ。

 彼女の容姿が変化する時も、瞬時に変わるのではなく時間をかけて徐々に変わっていたから、二~三日経過観察が必要だけど……でも後の事はイリナ様にお任せしよう。

 これ以上私が関わるべきではないもの。


「サンドラさん、気が付いたのね。気分はどうですか?」

「……どうって?」


 彼女は自分がうたた寝をしていたとでも思っているのか、私の質問の意味がわからないようである。それにこの反応だと、失敗に終わった儀式の事などすっかり忘れていそうだ。

 ただ単に寝ぼけているだけかもしれないけど、彼女の中の妖精が抜けた事で、記憶に障害が出てしまったのかもしれない。


「しばらく意識が無かったのです。喉は乾いていませんか? 今お水をお持ちします」


 壁際の台に置かれた水差しの水をグラスに注いで手渡すと、サンドラは喉を鳴らして一気に飲み干してしまった。すぐに注ぎ足してあげようと水差しを手に取ったところで、イリナ様がこの部屋に到着した。


「ライラさん、どうなりましたか? 成功したのですか?」

「はい。無事終わりました。これでもう呪いに怯える必要はありません。王弟殿下はお帰りになられたのですか?」

「いえ、それがまだ……。それに実はちょっと騒ぎが起きてしまって……」

「騒ぎ……ですか?」


 イリナ様が天井近くにある明り取り用の窓を見て何かを確認しているので、私もそちらに目を向けた。しかし特に変わった様子もなく、騒ぎの原因になりそうなものは何もなかった。


「浄化の時の光が窓から漏れてしまったのですね。雷のような激しい光がこの建物から出ていたと若い神官が数名騒いでおりまして、神官長がわたくしに様子を見てくるようにと……」


 若い神官達は儀式の中止を聞いても諦め切れず、しばらくの間壁の向こうからこちらを見ていたらしい。

 そんな時この部屋から不思議な光が漏れてきたのだから、期待するのも無理はない。


「そうでしたか……日中だし晴れていたから大丈夫だとばかり……。誤魔化せますか?」

「あの子達には後できちんと話してあげたいと思っております。もちろんあなたの事は伏せますが、こういう事もあるのだと、聖職者として知っていた方がいいと思うのです。わたくしは今回の件を記録し、一冊の書物にして後世に残します」

「でしたら、妖精という存在が誤解されないよう注意してください。彼らのほとんどは善良で害にはなりません。むしろ、人の役に立つ存在なのです」

「はい、わかっております」


 私と話をしている間、イリナ様はチラチラとサンドラに視線を向けていた。

 イリナ様は襲われた当時の事を思い出しているのか、心なしか顔色が悪く表情も硬くなっている。そして緊張気味にサンドラに話しかけた。


「聖女様、わたくしの事を覚えておいでですか?」


 サンドラは黙ってイリナ様の顔を見つめている。

 浄化前のサンドラならカッとしてイリナ様に罵声を浴びせていただろう。しかし彼女はそうしなかった。

 実際に二人が顔を合わせたのは一度きりだった上に、黒いモヤに襲われたイリナ様は倒れてすぐに運ばれてしまったと聞いている。

 そして臥せっていたイリナ様を身勝手な理由で神殿から追い出したのがサンドラである。わざわざそんな事までした相手を覚えていないはずがない。

 サンドラの中で今どんな変化が起きているのかは想像も出来ないが、彼女は居心地が悪そうに下を向いた。


「……ごめんなさい。覚えているような気もするけど、わかりません」

「わたくしは巫女のイリナと申します。聖女様はもう落ち着かれたご様子ですし、改めて王弟殿下をこの部屋にお招きします。重要な話があるそうです。わたくし達は少し席を外しますが、この部屋から出ずに待っていてください。ライラさん、ちょっと外へ」


 イリナ様の話を聞いたサンドラは急にそわそわし始め、自分で水差しの水をグラスに注ごうとしていた。しかし手が震えて上手くいかず、自分の服や床をびしょ濡れにしただけであった。

 そんな様子を横目に見ながら、私はイリナ様の後を追って部屋を出た。


「ラナさん、あなたはこのまま神殿を出てください。フレドリック殿下があなたに興味を持ったようなのです」

「えっと……何かの間違いでは……?」


 私は耳を疑った。


「いいえ。どこの家の娘か、それにここでの勤務時間や、住み込みなのか、など質問されました。側近の方達に窘められておりましたが、それで諦めたのかどうか……」


 フレドリック殿下の件はアーロンが何とかしてくれる事を祈るしかない。 

 私の知る限り、殿下は私の又従姉妹のダリアと旅人の少年カイにも興味を示している。そして今度は地味な侍女ライラである。

 手当たり次第に声をかけて寂しさを紛らわせているのかもしれないけれど、そういう事は私の知らぬところでやってほしいものだ。


「ハア……その正体が、殿下が心底嫌っていた元婚約者だと知ったら卒倒するでしょうね……。もしやフレドリック殿下も一緒にサンドラの部屋へいらっしゃるのですか?」

「はい。ですからその隙にラナさんは宿にお帰りください。元々浄化が済むまでの期間限定というお約束でしたし、後の事は大丈夫です」


 私の役目は闇堕ちした元妖精を浄化するところまで。

 その他の事は彼女を聖女として祀り上げたこの国が責任を持って対処すべきだし、面倒事を避ける為にも早々に立ち去る方が身の為だろう。

 私はイリナ様にお別れの挨拶をし、サンドラに顔を見せる事なく荷物をまとめて神殿を後にした。

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