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11・夢に出て来たもの

 私の休憩時間が近付き、カチャカチャと食器を鳴らしながらシンがお盆を抱えて戻って来た。なんだか今日は特別機嫌が良いのか、とても穏やかな微笑みを浮かべている。いつもそうしていれば良いのに、普段ずっと仏頂面でいるから、店の女の子達が敬遠するのだ。


「オーナー、これ有難う、すごく美味かったよ。良ければこの粥の作り方を教えてくれないか? タキが気に入ったみたいで、珍しくたくさん食べてくれたんだ。しかも、何かちょっと……いや、かなり精のつく料理だったみたいだな。もしかして何か特別な食材でも入っていたのか?」


 シンは厨房に戻ってくるなり、お粥のレシピを聞いて来た。特別な食材など何も使っていない。寧ろ、野菜の皮や大根の葉など、客に出さない部分で作った物だ。確かに、その方が栄養価は高いかもしれない。しかし平民の家庭では食材を無駄にしないために、皮を剥かず余す所無く食べているのだから、今回使った食材だって別段変わったものでは無いだろう。


「別に、鰹だしで煮込んだくらいで特別変わったものは入れてないけれど……そんなに美味しかった? うーん、だったら、タキが健康になるように、元気になーれって呪文を唱えながら作ったから、それが効いたのかしら? なんてね、冗談よ。……え? やだ、そんな真顔にならないでよ、恥ずかしいじゃない」


 シンは真顔で私を見つめた。ちょっと冗談を言ったつもりが、軽くスベッてしまったらしい。珍しく褒めてくれたから照れ隠しに冗談で返してしまったが、変な事を言うんじゃなかったとすぐに後悔した。

 でもどうやら、スベッたわけでは無かったらしい。彼はお盆を洗い場に置くと、目を輝かせて私の方へ近付いてきた。


「それだ……! お前魔法が使えるのか? だってあいつ、普通じゃ考えられないくらい食ったんだぞ。目の前で見ていたが、それでも信じられない光景だった。おまけに熟睡できたとか言って、自分の足でスタスタ歩いて見せたんだ! これって治癒魔法しか有り得ないだろ?!」

「ちょっ……近い……!」


 興奮気味で喋るシンは、後ずさる私に構わず詰め寄って来て、作業台に腰掛けるような体勢で仰け反る私と顔の距離がかなり近くなっていた。


「シン! ラナさんから離れなさい!」


 チヨが休憩を済ませ、カウンター内に戻って来ていた。何気なく厨房を覗いてみたら、棚に隠れてシンが私を襲っている様に見えたらしい。怒って厨房に駆け込んできて、シンを後ろに押し戻した。


「ラナさん、大丈夫ですか? まったくもう、仕事場でなんて事してるんです? 確かにラナさんは魅力的ですよ? でも、こんな所で強引に迫るのは駄目です!」

「違う違う、お前何か勘違いしてるぞ」


 シンは両手を上げて後ろに下がり、弁解を始めた。そんなシンをチヨは睨み付け、私よりも小さいくせに、仁王立ちで私を庇ってくれた。その姿があまりに可愛くて、後ろから抱きしめて頭をわしゃわしゃしたい衝動に駆られたが、チヨは真剣に守ろうとしてくれているのだから、そこはグッと我慢した。


「実はオーナーが魔法を使えるって話をしてて、ちょっと興奮して近付き過ぎただけだ。誓って襲い掛かったわけじゃない」

「そうよ、チヨ。襲われていたわけじゃないわ。シンが私の冗談を真に受けて興奮してしまっただけなの。シン、さっきのは冗談よ。私に魔力は無いもの」

「そんな訳ないだろう。治癒魔法じゃなければ説明がつかないぞ」


 私は軽く息を吐き、治癒魔法について説明を始めた。何故そんな事を知っているのかと聞かれたら面倒な事になってしまうが、ここで説明しておかなければいつまでも勘違いしたままになってしまうだろう。


「シンは治癒魔法の事をどれくらい知っているの? あれは決して万能では無いのよ。まず、治したい所に直接触れていなければならないし、術者は物凄く体力を消耗するものなの。お料理を通してなんて出来る事では無いのよ」

「じゃあ、あいつに起きた事はどう説明するんだ? お前が気付いていないだけで、本当は魔力持ちなんだよ。平民にだってたまに居るだろ? まあ見付かれば国に利用されちまうから、皆黙っているけどな。大体、治癒魔法にも種類があるかもしれないじゃないか。お前のは食べ物を通して内側から治していくタイプかもしれないだろ」

「そんなの聞いた事もないわ……」


 シンは引く気は無いらしい。人に聞いた話よりも自分の目で見たものを信じるタイプだ。目の前でそれらしいものを見せられれば、コロッと騙されてしまう危うさがある。そんな所がエヴァンにちょっと似ている。これは魔力が無いという所を見せてあげるしか誤解を解く方法は無いだろう。困った事に、無い物を無いと証明するのは不可能に近い。わざと力を出していないのだろうと言われて終わるのが目に見えている。

 チヨは私とシンの言い争いを聞き、冷静になって的確な答えを出した。


「あのね、シン。ラナさんは魔法なんて使えないと思うわよ? そんな便利な力を持っているなら、この人はきっと普段から惜しみなく使っていると思うもの」


 チヨも流石に呆れてしまったらしい。彼女の母国、和の国には魔法使いは存在しない。魔力は無くて当たり前なのだ。

 この国でも魔法を使えるのはごく一部の人間に限定される。そしてその多くは貴族や王族に集中しており、平民が魔力を持って生まれる事はほぼ無いと思われてきた。しかし、先ほどのシンの話で、平民にも魔力持ちは居て、それを隠して生活しているという事が分かった。


「ラナさん、交代の時間です。休憩に行って下さい」

「ええ、じゃ、後はよろしくね。シン、今チヨが言った通りよ。私にそんな力があるのなら、宿屋ではなく診療所を開いていると思わない?」


 シンはこれに反論しなかった。まだ数ヶ月とはいえ、私とシンは毎日遅くまで一緒に働いてきたのだから、お互いの人となりはそれなりに理解している。

 チヨにその場を任せて、従業員の休憩室でサッと昼食を済ませた私は、タキの様子を見に行くことにした。

 部屋に入ると、スースーと穏やかな寝息が聞こえてきて、タキが熟睡している事がわかった。


 彼は良く寝てるみたいね。シンは大げさに言っているだけで、きっといつもより少し多めに食べたってだけの話でしょ? シンにしたら大きな変化かもしれないけれど、環境が変わって体調が良くなったと自分でも言っていたじゃない。


 私はぐっすり眠るタキの顔を覗いてみた。


「え……あれ? 気のせいかしら? 朝よりずっと顔色が良いわ」


 目の前のベッドに眠るタキは、今朝とは打って変わって頬に赤みが差していて、骨と皮しかなかったはずなのに、肌には張りが戻り、ほんの少し肉が付いたように見える。


「えーっと、こんなに急にお肉って付くものなのかしら? それともむくんでるだけ?」


 私の独り言が大きかったのか、タキが目を覚ましてしまった。


「ん……んん? 女神様?」

「え……? 何か夢を見ていたのね。ごめんなさい、煩くて起こしてしまったわね」

「ああ、本物のラナさんだ。いや、気にしないで、もう十分寝させてもらったから。それにしても、夢の中の女神様がそこに立っているのかと思って、驚いたよ。君の素顔はきっとあの女神様と同じ顔なんだろうな。いや、あれは君だったのかも。声も一緒だ」


 タキは私の顔をうっとりと見つめた。夢の中の女神に似ていると言われても、ちょっと言葉に詰まる。


「あなたの夢に出て来た女神様が、私に似ていたの?」

「うん……僕の体に巣食う魔物を、眩い光で退治してくれたんだ。これでもう大丈夫よと言って、スッと光と共に消えてしまった。もしかして、君は女神様の化身なのかな」


 今度は女神の化身。自分がそんな大層な人間じゃない事を分かっているが故に恥ずかしい。タキのこれは本気なのか冗談なのか、正直言って判断に困る。これ以上聞いているのは私が恥ずかしさに耐えられそうになかったので、話題を変えた。


「ねえ、タキ。シンが言っていた事は本当なのかしら。お昼に私が作ったお粥をぺろりと平らげたって聞いたのだけど?」

「ああ! あれ、凄く美味しかったよ。ありがとう、僕の為に作ってくれたんだよね? 実は兄さんの分まで食べてしまって、申し訳ない事をしたんだ。おかゆって凄いね、飲み込んだ瞬間に体に染み込んでいって、体の奥からドンドン力が湧いて来るんだ。これを後何日か食べ続けたら、元の体に戻れる気がする」


 タキ、あのお粥にそんな効能はありません。何がどうなっているのか分からないけれど、とりあえず彼は少し健康に近付いたらしい。シンの言った事は間違いではなかった。まだ弱弱しいけれど、朝見た彼とは別人の様に生き生きとしている。熟睡出来たという事は、ここの環境が彼には心地よかったのかもしれない。


「ラナさん、僕が元気になったら、ここで働かせてくれないか? 今まで世話になりっぱなしだったから、兄さんの手伝いをさせて欲しいんだ。駄目かな?」


 タキ、どこでそんなワザを覚えたの? 私より年上のくせに、そんなに可愛く上目遣いで懇願されたら、従業員は足りているけれど駄目とは言いにくいじゃない。


「ええ、良いわよ。目標を持つことは良い事だと思うわ。頑張って健康を取り戻しましょうね」


 この日タキは、食堂のラストオーダーの時間まで私の部屋で休んだ後、夕食として作ってあげた小さな土鍋いっぱいの玉子がゆをペロリと平らげ、シンと並んで歩いて帰った。


 翌日出勤してきたシンと一緒に来たタキは、まだ普通とは言えないものの、たった一晩で骨と皮のミイラのような姿ではなくなっていた。

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