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140・サンドラの記憶

 レヴィエントは心配そうにこちらを見るけれど、実を言うと私は案外冷静だった。

 この世界の人達とは違い、私は前世で映画やテレビなどを観てきたせいか、ある程度こういうものに免疫がある。 

 記憶を見たと言ってもサンドラの心の声までは再生されず、例えて言うなら、彼女目線のカメラで日常を記録した映画を猛スピードで観たという感じだろうか。

 そのせいか、膨大な情報量だったにも関わらず、衝撃的な場面以外はそれほど印象には残らなかった。学園に入る前の彼女は、貧しさに不満があってもそれなりに平和な日々を過ごしていたのだ。

 サンドラが学園で私に仕掛けた事に関してはある程度予想通りだったし、彼女が暴漢に二度襲われたというのは事実だった。

 二度目は自作自演で、私を拉致しようとした男達が犯人というのも確認した。でも、それがわかったところで訴える気も無い。彼等はすでに捕まっているし、サンドラはこの先どうなるか予想もつかない。


「そなた、本当に体は大丈夫か?」

「ええ、平気よ。ちょっと頭がボーっとしているくらい。忘れる前に頭の中を整理したいわ」


 レヴィエントは何を閃いたのか、私とサンドラを交互に見て目を輝かせた。


「そなたが平気なら……他の者が居ない今が浄化のチャンスかもしれぬ」

「あ……! 確かにそうね。じゃあすぐに浄化を始めるわ」


 私がそう返事をすると、背後からキィ……と音がして微かに空気が流れるのを感じた。振り返れば扉が半開きになっている。

 気づかなかっただけで、誰かが私達の事を見ていたかもしれない。そう思って注意深く様子を窺った。


「そこに誰か居るの?」


 しばらく待ったが問いかけても返事は無い。


「……いや、少し開いていたから風に押されたのであろう。気配は感じぬ」

「そういえば……初めは少し中を覗くだけのつもりだったから……」


 私はここに入る時、音が響く事を恐れてしっかり扉を閉めなかった。せめてヴァイスに見張りを頼むべきだったと後悔したが、それももう遅い。

 急いで扉を閉めに行くと、遠くの方から声が聞こえてきた。男性の声で、イリナ様の侍女殿~と呼ぶ声がする。

 私が何も言わずイリナ様の元を離れたから、誰かが探しに来てしまったようだ。

 

「人が来るわ。レヴィは一旦隠れて。また後で会いましょう」

「仕方ない、そなたに与えられた部屋で待っていよう」


 レヴィエントはそう言うと、サンドラにかけた術をパチンと解いて、光の玉となって私の前をすり抜けて行った。

 

「ん? 私、まだお部屋には案内されていないのだけど……? レヴィったらどこに行ったのかしら」


 一方、レヴィエントに術を解かれたサンドラはというと、ボーっと鏡を見つめていた。

 私は探しに来た人がここだとわかるようにわざと扉を全開にして、サンドラの元に戻り様子を確認する。意識を取り戻した彼女は取り乱す事も無く黙ってそこに居た。


「聖女様、このようなところで寝ていたら風邪を引いてしまいます。お部屋に戻りましょう」

「……あなた誰……? 新しい側仕え?」

「いえ私は……」


 ゆっくりとした動作で顔を上げたサンドラは、私を見てそう尋ねると同時に、ポロポロと大粒の涙をこぼし始めた。

 私は驚いて彼女の顔を覗き込む。


「どうされました、聖女様?」


 サンドラはまるで子供の様に顔をくしゃくしゃにして泣いている。彼女は同情を集める為に計算で泣ける人だと記憶しているけれど、これは明らかにそれとは違う。

 この反応って……鏡に映された自分の記憶を私達と一緒に見ていたのかしら? 目は開いていたし、レヴィエントは動きを止めたと言っていただけで眠らせたと言った訳ではない。

 睡眠薬になるという花の朝露は妖精にしか効果が無いというのだから……もしかして……?


「あの……ね、すごく……長い夢を見てた気がするんだけど……子供の頃死に別れた母さんが、その夢に出てきたの……」

「……そうでしたか……私は巫女様の侍女として臨時に雇われたライラと申します。そんな風に泣かれては美人が台無しですよ」


 予期せず彼女に過去を追体験させてしまっていた事を知り、私は胸が痛んだ。

 しゃくり上げて上手く話せない彼女の為に、ポケットからハンカチを取り出してそっと手渡す。拭いても拭いても彼女の目からとめどなく涙が溢れ、自分では制御できずに困惑している様子を見て、無意識に赤ん坊をあやす様に背中をトントンと叩いていた。

 泣かないでサンドラ。ごめんなさい、母親を亡くすシーンをもう一度見せるだなんて……あなたには酷な事をしてしまったわ。

  

「ライラ……? あなた……誰かに似てるわ。初めて会った気がしない……」

「……さあ、そんな事よりも床に座ったままでは腰が冷えてしまいます。すぐお部屋に戻りましょう。皆が心配していますよ」


 サンドラは意外なほど素直に私の言う事を聞いて立ち上がった。一応会話は出来ているけれど、まだ夢の中にいるみたいに頭がふわふわしている様子。

 床にはサンドラが落とした銀の手鏡が落ちている。私はさり気なくそれを拾って自分のポケットに仕舞った。

 サンドラがまた鏡に視線を向ける前にくるりと体を出口に向け、そのまま彼女の背中を押して倉庫を出た。

 すると彼女はそこからは自分で部屋に向かって歩き出してくれた。私は彼女に付き添う形で黙ってついて行く。

 やはり先ほど見つけたもう一つの扉が聖女の部屋だった。扉の前まで行くと、背後で別の扉が開く音がして誰かが速足でこちらにやってきた。


「ああ、居た! まったくどこに行っていたのですか聖女様!」

「イーヴォ……」


 イーヴォはサンドラの無事を確認すると、今度は私に軽く頭を下げた。


「あなたが見つけてくれたのですね、ありがとうございました。イリ……巫女長があなたの事を探していましたよ。あ……私は聖女様のお世話をしている神官のイーヴォと言います」

「侍女のライラと申します。ではお迎えもいらした事ですし、私は失礼致しますね。聖女様が見つかった事は私から報告しておきますので」


 ペコリと会釈して行こうとすると、サンドラが私を引き止めるように手を伸ばし、躊躇したのかすぐに引っ込めて控えめに手を振った。


「あっ……ライラ、またね」


 私は驚いて目を瞬いた。隣のイーヴォはもっと驚いた顔をしている。

 サンドラはこんなにフレンドリーなタイプだっただろうかと不思議に思いつつ笑顔で返し、イーヴォに軽く会釈して今度こそイリナ様の元へ戻る。

 正直なところ、方向音痴の私がスムーズに戻れるとは思っていなかったけれど、館内のあちこちに散らばっていた神官の一人に保護されて、なんとか戻る事が出来た。 

 イリナ様はもちろん心配しており、私は神官長から軽く注意を受けた。この日は一通り館内を案内され、あとは自由にと言われた私は、与えられた部屋に入るなりレヴィエントを呼んでみた。


「レヴィ、居るの?」


 すると鞄の陰から白い豚がトコトコと出てきてベッドに飛び乗った。


「サンドラが鏡に映った自分の記憶を見ていたみたい。亡くなった母親を思い出して泣いていたわ」

「プギ……」

  

 レヴィエントはそれをわかっていたのか、私から目を逸らすとそっぽを向いて寝てしまった。


「……そうか……って言ったの? あなたも疲れているのね。じゃあ話はまた後でね」


 私は一人で記憶の整理を始めた。

 初めに映し出された女性はサンドラの母親だった。

 娘であるサンドラが妬んでしまうほどの人だから、何となく彼女と同じ派手なタイプだろうと勝手に思い込んでいたのだけど、実際はサンドラのような派手さは無く、内面の優しさがにじみ出た上品な女性だった。

 それにたとえ着ている物がボロであろうとも、その立ち居振る舞いは貴婦人そのもの。出自は不明だけれど、良家のお嬢様だったに違いない。

 そして噂に聞く通り、父親はいわゆるハンサムに分類される容姿で、家庭をとても大切にし、妻を溺愛していた。

 サンドラに対しても優しい父親であり、親子関係は良好に見えた。

 私は子供の頃のサンドラがどんな顔なのか見たかったけれど、幼少期のサンドラはあまり鏡を見ない子供だったのか、家に母親の手鏡があっても決して自分を見ようとはしなかった。

 それだけ彼女の劣等感は強烈だったのだと思う。

 ガラスや水面に映った時に見えた小さなサンドラは、シンが言っていた通り決して不細工などではなく、私もごく普通の可愛い女の子だと思った。 

 悪いのは容姿ではなく育った環境だ。たまたま意地の悪い子供が近所に居たせいで、彼女は持たなくていい劣等感に振り回されてしまったのだ。

 私達が見始めたシーンは、まさに彼女が自分の容姿を気にし出した頃のものだった。 


 

 

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