133.2・俺がいるから~遠い記憶~
「あっ……! かあさまが迎えに来た! ジン、ライラ、僕帰るね!」
「うん、また明日ね、タキス!」
「タキス、明日の朝ライラと木苺を摘みに行くけど、お前も行くか?」
「もちろん行く! あ、待って。かあさま、行ってもいいよね?」
タキスの母はこちらを一瞥して息子に微笑み掛け、軽く頷いた。
冷たい視線を向けられる事には慣れている。タキスの家はお金持ちで、息子が庶民の俺達と仲良くする事が気に入らないのだ。
「ジン、良いって!」
「じゃあ朝飯食ったらここに集合な!」
「わかった!」
空が茜色に染まる頃、教会前の広場で遊ぶ子ども達を母親が迎えに来る。
一人、また一人と帰って行き、最後に残るのは決まって俺とライラだった。
当たり前のように母親に甘える近所の子ども達の姿を、五歳のライラが寂しそうに見つめる。
ライラは隣の家に住む二つ年下の幼馴染みで、生まれた時から母親が居ない。ライラを産んですぐに死んでしまったからだ。
その頃女の子を死産したばかりだった俺の母がライラに乳を飲ませて育ててやり、ライラの父親が仕事に出ている間はうちで預かっている。
ライラの父は王城の修繕なども依頼される一流の大工で、俺の憧れの人だ。大きくなったら弟子にしてもらう約束をしている。
子ども達が帰ると、賑やかだった教会前は急にもの悲しい空気が流れる。
さて自分達も帰ろうかな、とライラに目を向けると、彼女はいじけた顔をして教会の階段に座り込んでいた。
いじける原因はわかっている。
ある時いつも一緒に遊んでいる近所の女の子から「ジンのお母さんはライラのお母さんじゃないんだから馴れ馴れしくしないで」と言われたせいで、俺の母親を自分の母のように慕っていたライラの態度が変わってしまった。
急によそよそしくなり、母も困惑している。
ライラだって自分の母親じゃない事くらい理解しているのに、よそのお母さんに甘えるのが悪い事のように言われて傷ついてしまったのだ。
何か言って励まそうとするも、不器用な俺には気の利いた事が言えず、黙ってライラの隣に座る。
しばらく沈黙が続いた。
どうしたらライラは元気になるだろう。
ライラを虐める女の子は悪びれもせず未だに俺達にまとわりついてくるが、腹が立つから無視している。
女の子には優しくするよう母に言い含められているから我慢しているだけで、本当は引っ叩いてやりたいくらい怒っていた。
ライラを虐める奴は許さない。
ライラ、頼むからそんな寂しそうな顔をしないで。俺は馬鹿だから、こんな時どうしたらいいかわからないんだ。ライラにはいつも笑っていてほしいのに。
ライラにお嫁に来てもらえば、俺の母さんの娘になる。家族が増えればきっと今より寂しくないよな。だから俺が大人になるまで待っていてくれ。
そう心の中で思っていても、恥ずかしくて口には出せなかった。
俺にくっついてきたライラの肩を抱き、黙って頭を撫でてやる。
「ライ……」
「ジン、お腹空いたね」
俺が口を開くのと同じタイミングでライラが話し掛けてきた。
少し元気になったのか声のトーンが明るい。
俺はホッとして立ち上がり、ライラに手を差し出す。
「帰ろうか、ライラ。今日の夕飯は何だろうな?」
「おばさんはチーズのオムレツって言ってたよ」
「ライラの好物だ。良かったな」
ぐぅぅーっと二人同時にお腹の音が鳴る。
「……!」
「えへへ」
ライラの可愛らしい照れ笑いに思わず口元が緩む。
俺は密かに心に誓う。
ライラが寂しい思いをしないように、俺がずーっと一緒に居てやるよ。だからあまり悲しまないで。
この時の誓いを守り、俺は命を落とすその日まで、ライラの側を離れなかった。




