124・それが欲しい。~前編
転んだ巫女はチラリとサンドラの顔を見た後、すぐに体勢を立て直し、そのまま流れるように舞を続けた。
儀式の前に、出来る限り目につく小石などの障害物を排除したといっても、そこはきちんとした舞台ではない。足に疲れが出始めたのなら尚更、でこぼこした地面では、つまずくのも仕方のない事だろう。
しかし前回の儀式では誰一人転んだりせず、一時間足らずで見事雨を降らせる事に成功している。
これはサンドラにとって、上手くいかない事への言い訳をする絶好のチャンスだった。儀式の失敗を誰かのせいにして、自身に課せられた役割を放棄し、居心地のいい王都に帰ろうと考えたのだ。
サンドラは先ほど転んだ巫女を目で追うようにしてジッと見つめていた。
何事も無かったかのように舞を続ける先ほどの巫女は、どことなくエレインを彷彿とさせる容姿をしている。顔立ちはキリッとしていて大人っぽく、エレインとはタイプが違うものの、肌は白く、髪は明るめのブロンドにブルーの瞳。
豊かな黒髪と黒い瞳が自慢のサンドラから見ても、嫉妬せずにいられないほど美しかった。
サンドラは、色気のある自分の大人びた容姿に満足していたが、フレドリックやエヴァンが好むのは、エレインのような、思わず守ってやりたくなる可憐で可愛らしいタイプなのだと、心のどこかで分かっていた。だからこそ、学園では弱い女を演じてきたのだ。
その嫉妬心が黒いモヤとなってエレインを襲わなかった理由は、黒髪ではない彼女を見下し、その真の美しさに気付けなかったと同時に、婚約者である王子を振り向かせた事で、女としては圧倒的に自分の方が優位に立っていると勘違いしていたからに他ならない。
だが今のサンドラは、美に対する執着心が当時を遥かに上回り、今度は自分に無い透き通るような美しさを目の前にして、それが欲しいと心から願ってしまった。
「ちょっと! 今の見てたわよ、あーあ、あんたのせいで全部台無し! 儀式はこれでお仕舞いよ。どうしてくれるの? ここまでに使った聖女の力が全部無駄になったじゃないの。また力が回復するまでに時間もかかるし、もう王都に帰るわ!」
自分は途中で座り込み、大事な役目を放棄しておきながら、それを棚に上げてサンドラは転んだ巫女を非難した。そしておもむろに立ち上がり、その場を立ち去ろうと村長の家に向かって歩き始めた。
「お待ち下さい! 聖女様、転んだ事はお詫び申し上げます。しかし、それは儀式の進行とは何の関係もございませんので、どうかお戻りくださいませ」
巫女は謝罪する為に慌てて舞の輪から離れ、サンドラの前に跪く。するとそれに合わせて、他の巫女達も舞や歌を中断し、サンドラを説得するために並んで跪いた。
「聖女様、どうか儀式をお続けください。皆の願いが神に通じれば、きっと雨は降り始める事でしょう」
「空気が湿ってまいりました。もうすぐです、頑張りましょう、聖女様」
美しい巫女達が自分の前に並んで跪く光景は、サンドラの虚栄心を満たすのに十分な効果を発揮したが、欲張りな彼女はそれでは満足しなかった。
「……無理。もう力が出そうにないのよ。その巫女のせいで」
嫌味ったらしくそう言った後、サンドラはジロリとブロンドの巫女を睨みつける。薄暗い曇り空の下、黒髪やダークブラウンの髪の中に、唯一明るいブロンドの髪を持つ彼女の存在は、何故だかこの日はやけに目を引いた。
学園に居た頃は、単なる蔑みの対象だったそれが、不思議と今は魅力的に見える。サンドラは彼女に歩み寄り、むんずとその髪を引っ掴んだ。
儀式に参加している村人達は、聖女の行動が理解出来ずに黙って成り行きを見守るしかなく、護衛として付いている兵士達もまた同様だった。
イーヴォは衆目の中で行われる聖女の暴力行為を見逃す事ができずに、走って彼女に近づいた。しかし、止める事は出来なかった。
サンドラは、皆の見ている前で無意識に闇落ち妖精の力を使い、巫女の綺麗なブロンドヘアと、青い瞳を盗み取ったのだ。
「ああ! なんて事を……!」
周囲がしんと静まりかえる中、イーヴォの絶望する声だけが空しく響いた。




