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123・思い通りに行かない苛立ち

 そして、雨乞いの儀式がどうなったのかと言えば……。

 最初の村では、サンドラの雨乞いが効いたのか、たまたま風向きが変わって天候が急変したのか、儀式を始めて一時間が経過した頃、突然冷たい強風が吹き荒れ、晴天だった空には黒い雲が現れた。そしてゴロゴロと地面を震わす雷の音の後、カッと眩しく空が光り、バチバチと頬を殴るような激しい大粒の雨が降り始めたのだ。

 儀式に参加していた村人達は呆気にとられ、目の前で起きた現象を信じられない思いで眺めていた。

 そんな中でも巫女達は慌てず騒がず、しばらく舞を続け、地面に大きな水たまりが出来た頃、神への感謝の気持を込めて深く頭を下げ、儀式を終わらせた。そこでようやく村人達は我に返り、誰からともなく歓声をあげた。

 サンドラは、自らが起こしたのだと信じる奇跡の雨を全身に浴びながら、誇らしげに空を見上げ、気がふれたかのように笑い続けた。

 

「アハハハハハハッ、やったわ! これが実力よ! 私は聖女、私の力を認めなさい! そして王様も王子様も貴族も、みーんな私に跪くの! ウフフフフッ」


 サンドラの声は嵐の音にかき消され、周りの人間に聞かれる事は無かったが、恍惚とした笑みを浮かべ風雨に晒され続ける彼女の回収に当たったイーヴォだけは、その無礼極まりない発言を耳にしていた。

 調子に乗ったサンドラを何度窘めても、イーヴォの言葉は右から左にすり抜けていくだけ。このまま王都に戻れば、報告の場で国王に対しても不遜な態度をとるのではと、彼の頭に不安がよぎる。

 

 その後一行は村長の家に一泊し、前日より弱まったとはいえまだ雨の降りしきる中を、次の村へ向けて出発したのだった。

 

 西の農村で見事雨を降らせてみせた聖女様御一行は、それから二日後、次の村に到着した。

 鉛色の空が今にも雨を降らせそうである。

 予定ではこの地で休養をとり、聖女の力を十分に回復させてから儀式を行うつもりでいたというのに、サンドラは雨を降らせた快感が忘れられず、到着後すぐに雨乞いの儀式をすると言いだしたのだった。


「この村でしばらく体を休めましょう。他の巫女達も疲れが出ています。聖女様のお力を回復させる時間も必要でしょう」

「何言ってるの? さっさとやっちゃいましょうよ。力はみなぎってるし、今の私に出来ない事なんかないわ」

「しかし……」

「くどいわね、こんなにやる気があるんだから、すぐ終わるったら! 空を見てよ、ちょっと祈れば降り出すに決まってる。すぐ準備して!」


 こうしてサンドラに押し切られる形で儀式の準備は始まった。

 ここでも村長の家の一室を借り、儀式用の衣装に着替え終えたサンドラの表情は、初日とは比べ物にならないほど自信に満ち溢れている。

 貧しい農村地帯を回っているお陰で、これまでのような贅沢な食事をとらせてはもらえず、儀式の為にかなりの運動量となる舞を舞い続けたせいか、サンドラの体は自然と少しだけスリムになっていた。今度はボタンが飛ぶというハプニングは起きないだろう。


「ねえ、この私が聖女じゃないなんて言っていた貴族達に、儀式を見せてやりたいわ。イーヴォもそう思わない?」

「……そうですね。是非この村にも恵みの雨を降らせてください」


 イーヴォは馬車での移動中、何度もこの手のやり取りを繰り返し、もういい加減サンドラの相手をする事にうんざりしていた。あれほど清々しく輝いて見えた聖女の姿は、どうやら一瞬の幻だったようだ。終わってしまえば、またいつものサンドラに戻ってしまっていた。

 良かった事と言えば、儀式の成功に気を良くし、自分が鏡を要求しているのを忘れてくれた事くらいだ。鏡を見たら最後、自分の容貌がまた劣化したと騒ぎ出すことは容易に想像できた。

 

「何なのその適当な返事は? もっと私に感謝しなさいよ。すごいでしょ、雨を降らせられるのよ?」

「……素晴らしいです」

「もう! イーヴォ! もっと私を褒めなさいよ!」

「……何度も褒めました。私から褒められても嬉しくないと仰ったのは聖女様の方です。お忘れですか」

「生意気よ! 褒めろと言ったら褒めなさい!」

「理不尽な……儀式が始まりますから、それに集中してください。外では誰が聞いているかわかりません。そのような品位を下げる言動はお控えくださいと何度も申し上げているではありませんか。聖女であるという自覚を持って、御自身の……」

「あー、また始まった。ホンットうるさい」


 疲れた体で儀式の準備を進める巫女達は、こんな二人のやり取りを、何とも言えない白い目で見ていた。イーヴォの心配する通り、すでに身近なところから聖女の人格に対する評価は下がり始めているのである。それはたとえ雨を降らせるという奇跡を起こそうとも、覆る事は無かった。


 二度目の雨乞いの儀式が始まると、サンドラは得意顔で酒を地面に振り撒き、白磁の壷を天に掲げて舞い始めた。

 一行がこの地に到着する前から、辺り一帯が儀式の必要性を感じない程どんよりとした曇り空だというのに、一時間もかからず方が付くと予想した雨乞いの儀式は、それを過ぎても成果が現れなかった。

 村長の話では、この地域はもう何週間もこの状態で、日照不足と雨不足で困っているという。


「聖女様、どうか雨を降らせて、この雲を追い払ってください。このままでは作物が育ちません」

「ハァ、ハァ、わかってるわよ! 私が頑張って踊ってるのが見えないの? あんた達も、もっと真面目に踊りなさいよ! 私の足引っ張んないで!」 


 村長の切実な訴えを、早く雨を降らせろと急かされたのだと解釈したサンドラは苛立ち、自分の周りで優雅に舞う巫女達に当たり散らした。そしてピタリと舞うのを止め、その場に座り込んでしまった。

 

「なんで? こんなに雲があるのに、どうして雨が降らないのよ。もう無理! 休ませてもらうわ」

「聖女様! なりません、舞をお続けください! 風が吹き始めましたから、きっともうすぐ祈りが通じます。耐えてください! あなたの力はこの程度ですか?」


 風は初めからそよそよと吹いている。サンドラはその事にも苛立ちを感じ、自分に生意気な口をきくイーヴォに対し、怒りを爆発させた。年上の巫女からであれば激励ととれる言葉も、自分より格下と認識した者から言われれば腹が立つだけである。


「うるさいイーヴォ! だったらあんたがやりなさいよ! やっぱり立て続けの儀式は無理だったんだわ。きっと力を使い果たしたのよ」


 そしてその時、間の悪い事に、一人の巫女がサンドラの目の前でつまずき、手をついて転んだ。なんとその娘は、同行した巫女の中で最も器量が良く、サンドラが一番気に入らないと思っていた相手だった。



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