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120・神殿潜入に向けて



 東門の外にあるという魔法訓練場へ行くシンとタキを見送った私は、サンドラの世話係として神殿に潜入する時に必要な変装用メイクを、今のうちに考えておく事にした。

 雨乞いの儀式に出かけたサンドラ達が、儀式が必要ないくつかの地域を経由して王都へ戻ってくるのは、予定では早くてひと月ほど先になるらしい。

 しかしこれは、聖女の力がきちんと発揮できたらの話である。

 上手くいけば、儀式が行われるタイミングに偶然雨雲が発生するかもしれないが、そうでなければ雨が降らずに儀式は長引き、各地に滞在する期間は大幅に伸びるだろう。

 そしてその間、王都の神殿では、平民から集めた、聖女の世話係を希望する者たちの面接や、今まで世話係を務めてきた神官見習いから、仕事の引き継ぎなどを済ませておく事になっている。

 私はイリナ様の口利きで、無事、世話係のひとりに決まった。

 神官長に何と言って納得させたのか、面接も無しに採用していただけたのは、イリナ様の神殿内での地位があってのことだろう。

 思えば、神官長はイリナ様の事を呼び捨てではなく、様を付けて呼んでいた。という事は、イリナ様は神官長と同じか、もっと上の立場の方という事なのだ。

 きっとサンドラは、それを知りもせずに追い出したのだろう。

 今回初めて知ったけれど、サンドラ一人に二十名もの世話係が必要だというのだから、これまでどれだけ我儘を言っていたのか、なんとなく想像がつく。

 彼女に振り回され、円形脱毛症になってしまったという少年達の事も、可能な限り癒してあげたい。


「さて、どうしたらこれを素朴な顔にできるかしら? すっぴんだとエレインだとバレてしまうし……ダークブラウンのウィッグをかぶるにしても、それと丸メガネをかけただけでは、変装にはならないわよね」


 私は鏡の前に立ち、独り言をつぶやいた。

 自分を可愛く見せる為のメイク術なら前世で嫌というほど研究してきたけれど、その逆はやった事がない。精々、ハロウィンの仮装でゾンビ風メイクをした事があるくらいだ。

 まずはメイクを落として、すっぴんの状態になった自分をじっくり観察してみた。

 何もメイクを施していない私の顔は、普段濃いめのメイクをした状態を長く見ているせいで、その差は激しく、光に当たれば消えて無くなりそうなくらい色が無い。


「なるほど……幽霊と呼ばれるわけよね」


 以前はすっぴんでいる事が当たり前だった為に、私はその例えにピンと来ていなかったけれど、毎日化粧を施して生活をするようになると、素顔がなんだか物足りなく感じてしまう。

 

「うーん……可愛いけど、ちょっと残念なところがあるくらいが嫌味が無くて良いのかも」


 私は先ず、まつ毛をカールさせずにダークブラウンのマスカラを塗って地まつ毛の色を隠し、眉毛は眉頭をあえて離れ気味にして描き、少し垂れた眉を作ってみた。


「ぶふっ、眉だけでこんなに残念な顔になるのね。気が弱そうな印象だわ。あとはこれに……」


 私はさらに、そばかすを描き足し、鼻の横にホクロを付けた。


「ダメだわ……これじゃコントに出てきそう」


 やりすぎて、まるでコントに出てくるキャラクターの様になってしまい、私は急いでホクロを消して、ブラウンのペンシルで描いたそばかすをオレンジ系のチークで暈し、ウィッグをかぶって大きな丸メガネをかけてみた。

 着るものはシンプルなワンピースを選び、全身を鏡に映して確認をする。


「……いいかも。チヨに見せて反応を試してみようかしら。あの子が別人だと思ってくれたら合格よね」


 私はその格好のまま一度裏口から外に出て、客の振りをして正面から宿に入ろうとした。

 すると、日本人風の涼しげな顔立ちの男性がチヨと話をしながら宿から出てきたので、私は咄嗟に隠れてしまった。


『女将に交渉してみてください。悪い話ではないと思います。チヨお嬢さんが外国で何をしているのか、奥様に知らせる良い機会です』

『聞くだけ聞いてみるけど、期待はしないでね』


 男性はチヨに会釈すると、スッとその場を離れていった。チヨは溜息をつきながら男性の後姿を見送り、宿に戻った。

 私は今出て行ったのが誰なのか気になって、チヨの後に続くようにドアを開けて中に入ると、その背中に話しかけた。


「チヨ、今の誰?」

「うちの手代の佐吉です。ラナさんは会ったことなかっ……た……」


 チヨは振り返ると、私を見て不思議そうな顔をして目を瞬いた。


「へえ、今のが佐吉さんなの。素敵な人ね」


 切れ長の一重の目にスッと通った鼻筋。私の存在した時代の日本にいれば、間違いなくイケメンと呼ばれる顔立ちだった。年は二十歳前後だろうか。好きだったロックバンドのボーカルに良く似ていた。


「ラナさん……ですか?」

「え? あ、ごめんね。変装していたんだったわ。上手く出来ているか確かめようと思ったの。どうやら成功みたいね」 


 私は自分が変装してる事も忘れて、普通にチヨに話しかけていた。


「それで神殿に行くつもりですか? 折角可愛いのに、それじゃ台無しじゃないですか。駄目ですよそんなの」

「これで良いのよ。女性の世話をするのに、可愛くある必要はないでしょう?」

「むう……たしかに」

「ふふ、じゃあこれで決まりね。着替えてくるわ」


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