119.1・週末の魔法訓練 前編
書籍では割愛したシンとタキの魔法訓練編です。
「なあタキ……俺達、親の言いつけを破る事になるけど、父さん達……許してくれるよな」
夜、寝支度を済ませて自室に向かうタキに、シンが問いかけた。
タキは振り返り、呆れ気味に答える。
「兄さんは真面目だなぁ。大事な人を護る為だもん、許してくれるに決まってるよ」
「……だよな」
「でも、今更それを気にするって事は、ラナさん達を身内って認識してるんだね」
「そりゃそうだろ、お前は違うのか?」
「ふふっ、僕もそう思ってるよ。いつか本当の家族になれるといいなーって。ね、兄さん?」
「はあ? 何言ってんだバカ! もう寝ろ!」
「ひどいよ自分が話しかけてきたくせに」
タキに揶揄われるのはいつもの事だ。
でもそれは大抵、場の空気を和ませる為である。
ひとしきり笑い転げたタキは、息を整えて真面目な話をはじめた。
「ふぅ……冗談はこれくらいにして、本当は別の気がかりがあるんだよね?」
「――!! 一体何の話を……」
思っている事が具体的に伝わるわけではないが、人の感情の変化を色で感じ取れるタキの前では、どんなに取り繕ってみても無駄である。
冗談で和ませたのに、まだシンの心に何かが燻っているのがタキには見えていた。
「僕ね、酔った父さんから兄さんの武勇伝を聞いた事があるんだ。暖炉を見ると思い出すんだろうね、薪をくべながら、ちょっと自慢気に語ってたよ」
「あれは……! あれは自慢じゃないだろ、お前と母さんを危険な目に遭わせたのに……」
シンは初めて魔法を使ったの日の事を戒めとして心に刻んでいる。
それはとても苦い思い出で、四歳のシンはまだ教えられてもいない魔法を使って暖炉に火を入れようとして、事故を起こした。
窓際の椅子でうたた寝している母とタキを温めたい一心で。
季節は秋の終わり頃だった。
天気が良ければ日中はまだ暖かく、暖房は必要なかったが、その日は午後から天候が荒れて、急激に気温が下がり始めていた。
床で積み木遊びをしていたシンは底冷えするような寒さを感じ、寝室から毛布を運んできてロッキングチェアで眠る母と弟を包んでやり、自分は着れるだけ服を着こんだ。
しかしどこからともなく冷気が部屋に流れ込む為、それだけでは寒さがしのげなかった。
自分が寒いなら母と弟も寒いはず。
幼いシンはそう考えて、普段両親がしているように、暖炉に手のひらをかざして火を入れる真似をした。
日常的に、いとも簡単に炎を生み出す両親を見て育ったのだから、それが当たり前だと思っていても仕方がない。
ここで母を起こしていれば事故は起きなかっただろう。
シンは幼いながらも、母が家事と育児でくたくたなのをわかっていた。だから少しでも休ませてあげたくて、自分で何とかしなきゃと思ってしまったのだ。
当然、やってみたところで何も起きなかったのだが、ムキになって続けているうちに、その瞬間は来た。
「燃えろ!」と感情に任せて放った魔法はその勢いで暖炉と壁の一部を破壊し、火炎放射器のごとき威力で暖炉の裏にある寝室を爆炎の渦で紅く染めた。
シンはこの経験で魔法の怖さを知った。
幸いな事に、悪天候で早く帰宅した父が物の数秒で対処し火事には至らなかったものの、シンの心にはその光景がしっかり焼き付いている。
その後の魔力測定の結果、シンには祖母と同じ力がある事が判明。危険という理由で魔力を抑える術を徹底的に叩き込まれた。
魔力持ちである事を他人に悟られるなと厳しく言われるようになったのは、この頃からである。
そして基本的な、いわゆる生活魔法は母の家事を手伝いながらすぐに覚えた。
幼い頃はせっかく授かった能力を隠さなければいけない事に不満を感じていたが、学校で知識を得るにつれ、徐々に自分の置かれた状況が理解できるようになった。
だから、誰にも知られないよう常に意識しながら生きてきたのだ。
「小さな僕に話すくらいだもん、誰かに聞いてほしかったんじゃないかな? 俺の息子はすごいんだぞって。当時の記憶なんて無いのに、すごく焦げ臭かったのだけは何となく覚えてる」
「あの時、父さんと母さんには泣きながら謝ったけど、お前に謝った事なかったな。改めて、悪かったな」
「いいよもう。そんな事より兄さん、ちゃんとした施設なら周りを危険に晒す心配もないし、指導してくれる人もいるんだから、きっと大丈夫だよ」
「そうだな……それにしても、お前とこんな話をする日が来るなんて、少し前までなら考えられなかったよな」
「うん、僕も今こうしている事が信じられないよ。奇跡みたいな出会いに感謝だね」
「はあ……オーナーには返しきれない恩があるのに、俺はなに臆病風に吹かれてたんだ。明日は気合入れて行くぞ」
「怪我したら僕が治してあげるね。じゃ、おやすみ。兄さんも早く寝なよ」
「ああ、おやすみ」
二人はそれぞれ自分の部屋に入り、翌日に備えてぐっすり眠った。
翌日の朝、休日は朝寝坊するシンもこの日は気合を入れて普段より早く起きた。
パパッと身支度を済ませたシンとタキは、自宅近くの橋を渡って貴族の居住区を抜け、その先にある東門から王都を出た。
シンが城壁の外に出るのはこれが二度目である。
以前ラナと出かけた西門の外は、街道沿いに大規模な市が立つ賑やかな町へと発展していたが、こちら側は数件のお店と乗合馬車の待機所があるのみだ。
東門を護る兵士以外、人の姿は見えない。
道の左手は民家が点在する広大な牧草地で、柵の向こうに牛や馬がのんびりと草を食むのどかな風景が広がっている。
そして右の雑木林の奥には、レンガ造りの高い塀に囲まれた古い施設があった。
入り口を探してしばらく進むと、雑木林が途切れた先に、大きな鉄製の門扉が現れた。
「騎士訓練所・第三施設」と書かれた看板が目に留まる。
シン達の到着が早すぎたのか、そこに待ち合わせの人物の姿はないが、二人の門番がブロンドの長い髪の男に何か指示されていた。
門番達の対応を見るに、その男がかなり身分の高い人物だとわかる。
彼らの邪魔にならぬようシンとタキがその場で待っていると、門番の一人とバッチリ目が合った。
「あ! あの二人ですか?」
そう言って門番がこちらを指差したせいで、一斉に視線が集まる。
先程まで後ろ姿しか見えなかったブロンドの男性は、右目に眼帯をしていた。
表情が硬く口を真一文字にむすんでいる為、やや神経質そうで冷たい印象を受ける。
シン達に気づいたもう一人の門番は、チラッとブロンドの男の顔色を窺い、早く来いと言いたげに隠れて手招きした。
呼ばれたなら行くしかない。急いで彼らの傍に行くと、ブロンドの男が口を開いた。
「……君達か? 魔法を習いたいというのは?」
少し不安だったが、ちゃんと話は通っていたらしい。
シンが頷いて答えると、タキは目をキラキラさせて自己紹介をした。
「僕はタキです。タキ・アルステッド。どうぞよろしくお願いします!」
「俺はシン。シン・アルステッドです。休日なのに、無理な頼みを聞いてくれてありがとうございます」
「いえ、これも仕事ですので。私は第一王子の側近であり、王宮魔道士のヒューバート・ギルモアと申します。殿下から君達の魔法指導を頼まれました。では、中を案内しましょう」
門を過ぎると広場の奥に田舎屋敷のような古い建物があり、見える範囲には厩舎や屋根付きの運動場など、様々な施設が並ぶ。
そして敷地の大部分を占める魔法訓練場は建物の向こう側にあり、剣の稽古場としても使われている。
施設の歴史は古く、強力な魔法が使える魔道師が多かった時代、ここは個人の邸宅だった。
後に持ち主の意向で上級魔道師の訓練施設として活用されてきたのだが、場所が不便で設備も古くなり、何よりこれだけ大きな土地を必要とする上級魔道師は年々減り続けていて、今はあまり使われていないらしい。
ここ数年は、主にウィルフレッドの部下が利用しているとの事だ。
外からではわからなかったが、塀の内側は透き通るドーム状の何かで覆われている。
思わず立ち止まり、二人がポカンと口を開けて見上げていると、ヒューバートが解説してくれた。
「あれは万が一の事故を防ぐ為の結界です」
「へえ……これも魔法ですか?」
好奇心いっぱいのタキは無邪気に尋ねる。
「そうです。ここは元々、大昔に魔法の研究をしていた魔道師の屋敷でした。攻撃力の高い危険な魔法などを試せるよう考えて作られているので、思う存分練習ができます」
「あの、この結界ってやつは、俺でも張れるもの……ですか?」
シンが切羽詰まった様子で尋ねた。
するとヒューバートは早くもこの二人の目的に気づく。
彼らは単純に、魔力を持っているから魔法を使えるようになりたいのではない。
身の危険を回避する為、それも誰かを護る事を前提として修行をしに来たのだと。
「あれと同じものとなると、相当修行が必要です。初心者のあなたが一年や二年で習得できるものではありませんよ」
「そうなのか……」
がっくりと肩を落とすシンを見て、なぜか彼の力になろうと思った。
護るべき人を護らず、目的の為に意図して傍観者となったあの日。
友人のエレインが怪我を負っている事にも気づかず、一人で退場させてしまった。
たまらず後を追ったが時すでに遅し。
主の信用を失い、友人はその日以来行方不明となった。
第二王子の王位継承権はく奪という目的は果たしたものの、後味の悪さはいつまでも消えない。
なぜ今こんな事を思い出すのかわからないが、間接的に誰かを助ける事で、心が救われるとでも思ったのかもしれない。
「結界は無理でも、シールドでしたら短期での習得が可能です」
「シールドって? 魔法で楯を出せるんですか?」
「はい。持っている属性にもよりますが、例えば氷属性の攻撃を受けた時、フレイムシールドを張れば相手の魔法を相殺できます。練度を上げて強化できるようになれば、物理攻撃にも対応可能です」
ヒューバートはニメートルほど先にフレイムシールドを出してみせた。
更にそこへ、氷のつぶてを投げつける。
氷のつぶてはシールドに当たる直前に蒸発して消えた。
目の前で展開されたフレイムシールドは不思議と見た目ほど熱くなく、シンが触れても火傷しなかった。
「熱くない……これ、覚えたいです」
「敵とみなした者以外に効力はないはずです。より安全なのはウインドシールド、アイスシールド辺りですね。土属性の楯もありますが、まだ習得していないので教えられません」
「……なんか、希望が見えてきた」
「ならば、先に魔力測定をしなければなりませんね。それがわからなければ何を教えるべきかわかりませんので」
ヒューバートは施設の案内を中断し、ついて来いと手で合図して建物の方へスタスタと歩き出した。
ここで魔力測定が必要なんて考えもしていなかった二人は、お互い目を合わせて苦笑いを浮かべる。
「ハハ……どうしよう兄さん」
「教わる立場で免除してくれなんて言えないし、腹を括るしかないな……」
「でもフレッド様どうしたのかな、昨日は門で待ち合わせって言ってたのに」
「今朝になって急用ができたんだろ。側近に話をつけてくれてただけありがたいってもんだ」
「そっか……甘えすぎちゃダメだよね」
ウィルフレッドにはアルテミ王家の血族である事、魔力がある事などは伝えているが、魔力量や属性までは教えていなかった。
ヒューバートがどこまで事情を聴いているか不明だが、魔法を教える代わりに魔道師として王家に仕えろと迫られては困る。
わざわざ教える必要もない上級魔道師の減少という国の内情を教えたくらいだ。無いとは言い切れない。
肝心のウィルフレッドが不在である以上、自分達で乗り越えるしかないと覚悟を決めたのだった。




