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114・あの木箱の行方

 タキはすぐに私の分の賄いを部屋まで運んで来てくれた。

 一度に三人分の浄化をしたお陰か、とてもお腹が空いていた私は、彼が作ったというそれを一口食べてみて、驚いてしまった。


「タキったら、この短期間で随分と料理が上手くなったわね……」


 私のレシピを完璧に覚えているようだし、今度からは私達のサポートだけでなく、何品か彼に任せても良いかもしれない。タキの向上心の高さには感心するわ。

 彼らはそもそも優秀な人達だったのよね……タキが子供の頃にサンドラと遭遇さえしなければ、今頃きっと、まったく別の人生を歩んでいたに違いない。



 私はタキの作った賄いを食べ終え、休憩時間も残り僅かとなったところで、食器を片付ける為に厨房へと向かった。すると、食堂に繋がるドアの前まで行ったところで突然ドアが開き、シンが勢い良く入ってきた。


「おっ……」


 シンは目の前に私が立っている事に気が付くと、ピタリと足を止めた。けれど、私は驚いてビクッと肩が跳ね、持っていたトレイの上のグラスが倒れて、そのままコロンと転がった。

 それはシンが咄嗟に手を出して落ちずに済んだけれど、黙って部屋で待っていなかった私に、彼は少しだけ呆れたような顔をした。


「おっと……。ったく、せっかちだな。タキが呼びに行くまで、部屋で待ってろって言わなかったか?」

「言われたけど……。シン、まだ厨房に行っては駄目なの? もう休憩時間は終わってしまうわ。あなた達とも交代しないと……」

「ああ、今呼びに行くとこだったんだ。それ貸せ。もう厨房に行っていいぞ」


 私は二人が何の為に厨房への立ち入りを阻んだのかが分からず、探るような目でシンを見つめた。

 

「……何見てんだよ。行くぞ、ほら」


 私と目が合うと、シンは照れてフイッと視線を外し、私からトレイを取り上げて、今度は急かすように厨房へ行けと言う。私は少しムッとして、思わず唇を尖らせた。

 

「もう、何なの?」

「フッ、お前でもそんな顔するんだな」


 シンは私の不満顔を見てからかうように笑い、ガヤガヤと楽しげなお客様達の声のする食堂を素通りして、厨房に入っていった。

 すると中では、タキがニコニコしながら仕事をしていて、私を見るなり得意気な顔をして厨房の奥に目をやった。

 私はつられてその視線の先を見て、厨房のレイアウトが少しだけ変わっている事に気がついた。棚の位置が変わり、一番奥に、あの木箱が三つ積み上げられた状態で置かれていたのだ。

 裏庭から消えた荷物はフレッド様が持っていったのだと思っていたけれど、どうやら違ったらしい。 

 

「あの箱……どうしてこんな所に置いたの?」

「どうしてだろうな。まあ、ちょっと開けてみろよ」

「開けるって、あれを? どうやって……」


 積み上げられた木箱の天辺は、シンの頭と変わらない高さにあり、台にでも乗らない限りとても私に開けられる状態ではない。しかし良く見ると、木箱のこちら側の面には、それぞれ左端の中央にコの字型の金属の取っ手がついていた。

 その取っ手を持ってゆっくりと引くと、取っ手の反対側には蝶番がついていて、扉みたいに開閉できるようになっていた。

 扉をあけた時の感覚と、この木箱を積み上げた時の大きさが、なんだか前世の世界にあった家庭用の冷蔵庫みたいだなと思っていると、中からヒンヤリとした冷気が漏れてきた。


「え……? 何これ? 本当に冷蔵庫みたい……」


 私がそう呟くと、背後に居たタキがそれに答えてくれた。


「ふふ、その通り、それは冷蔵庫だよ。ラナさんが居ない間にフレッド様が来て作っていったんだ。あー、まあ、正確にはうちの常連の家具職人が手伝ってくれたんだけど。フレッド様って、すごい力持ちだね。僕と兄さんが二人がかりで運んだのに、フレッド様は中身が入った箱を一人で運んで積み上げたんだ。ビックリしちゃったよ」

「まあ、フレッド様が?」


 本職の人達だって二人がかりで運んでいたというのに。

 そう言えば……あの方はフレドリック殿下の事を、軽々と片手で持ち上げて投げ飛ばしていたのだった。


「これ、この前のお礼だとよ。オーナーは高価な物は受け取らないぞって教えたら、あの人は金をかけないで自分で作る事にしたんだ。確かにちょっと見栄えは悪いけど、たとえ屑石でも保冷石の効果は一緒だもんな。荷運び用の木箱もこうして磨けば立派な棚にだってなるし、一から作るより遥かに楽だった。中に細かく仕切り棚が必要なら、それは後で俺が作ってやるよ。良かったな。念願の冷蔵庫だぞ?」


 木箱を上から順に開けて中を見てみると、その内側には白いタイルでも貼り付けたかのように、大理石に似た不揃いな大きさの石が、なるべく隙間が出来ないように貼られていた。

 初めて見るけれど、この大理石のように見える石が保冷石という魔石なのだろう。

 

「シン、フレッド様はお部屋にいらっしゃるの?」


 私は感激して、早くフレッド様にお礼が言いたかった。 


「いや、ついさっきこれが完成して、急いで出ていったばかりだ。昼休みを利用してここに顔を出したらしい。俺はオーナーが喜ぶところを見なくて良いのかって言ったんだけどな。追いかければ、まだそこらに居るかもしれないぞ」

「私、ちょっと外に出てくるわ。シンとタキは、休憩に入っていてね」

「おう、気をつけてな。ヴァイス、いるんだろ? オーナーをしっかり守るんだぞ」


 ヴァイスはスッと姿を現してシンに頷き、またフッと見えなくなった。私は外に飛び出して周囲を見回した。彼が宿を出てまだほんの数分だというのに、かなり急いでいたのか、フレッド様の姿はどこにも見えなかった。


 いないわ……。どっちに向かったのかしら? ちょっと不安だけれど、前にフレッド様とぶつかったあの場所の方へ行ってみよう。よく市場で差し入れを買ってきてくださるし、いつもその方向から来ているのよ、きっと。


 ジェラルド・パウリーの襲撃に遭って以来、なんとなく嫌でそこを通ることを避けてきた私は、意を決してその場所へ向かった。

 早足で出来るだけ急いで向かったけれど、角を曲がってもフレッド様の姿は見えなかった。私は更に市場まで足を延ばし、そこでやっと人ごみの中にフレッド様のうしろ姿を見つける事ができた。

 しかし、声をかけるにはまだ距離がありすぎて、大声で呼び止めるのは相手にも恥をかかせてしまうと思った私は、人混みを掻き分けてフレッド様を追いかけた。


「ごめんなさい、急いでいるの。通してください」


 前を歩く人達の隙間からチラチラとあの銀髪のウィッグは見えているのに、向こうも急いで移動しているせいで、なかなかその距離は縮まらない。気付けば市場を抜けていた私は、ずっと目で追っていたはずのフレッド様を見失った事に焦り、キョロキョロと辺りを見回した。


「変ね……どこに行ったのかしら……?」


 すると、人気(ひとけ)の無い通りに停まっていた馬車の側で、フレッド様の銀髪がチラリと見え、私は迷わずそちらに足を向けた。


「あ、フレッ……ド、様?」


 そして馬車に乗り込もうとしている彼を見つけた私は、思い切って大きな声で呼び止めようとして、止めた。

 彼の隣には、そこに居るはずのない人が立っていたから。



 

 

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