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112・虹色の蝶

 部屋に通された私は、サンドラの被害に遭った少年の状態を見て、思わず言葉を失った。

 タキやイリナ様の比ではないくらい、本当に骨と皮のみのミイラのような姿にまでなってしまった少年が、今にも事切れそうな浅い息遣いを繰り返し、簡素なベッドの上に横たわっていたのだ。

 そこまで衰弱しているというのに、目だけはギラギラと輝き、生命力に溢れていた。彼は部屋に入った私に気がつくと、ギロリと眼球だけ動かしてこちらを見た。

 私は彼に自分が何者であるかを伝え、ニッコリと笑って見せた。


「あなたを助けに来ました。ヒーラーのカイと申します」

「……た……す……」

「無理に喋らないで。すぐに良くなりますから私を信じてください。すみませんが、他の皆さんは部屋を出ていてください。イリナ様、彼は喉が渇いているでしょうから、お水を持ってきてくれますか?」


 私は出来ればスープも用意したかったけれど、とりあえず回復後すぐに水分補給が出来るようにイリナ様にそれだけをお願いした。


「あ、はい。すぐに用意いたします」

「皆様は終わるまで、決して中に入らないでください」

 

 ドアの所で心配そうに少年を見つめる神官達を押しのけて、イリナ様は急いで水差しに水を満たしに向かい、私以外の人達はこちらの指示に従い部屋を出ていった。

 イリナ様は息を切らし、すぐに飲み水を持って部屋に戻ってきてくれたので、私はそれを受け取って、早速ヒューイの浄化を始める事にした。


「彼は女性に警戒心を抱いているそうなので、御心配でしょうが、イリナ様も部屋を出てください」

「でも……わかりました。あなたを信じています」


 少年の事が心配でたまらない様子のイリナ様は、私の手をぎゅっと握り、潤んだ瞳をユラユラと揺らして、今にも泣きそうな顔で懇願した。私はイリナ様に頷き、パタンとドアを閉めた。


「ふぅ……それでは、浄化を始めましょうか」


 私はクルリと振り返り、ヒューイの側まで行った。


「じょ……か?」

「はい。治療ではなく、浄化です。あなたの体から生命力を奪い取っている者が居ます。その繋がりを断ち切り、盗られたものを取り返すのです。さあ、目を瞑って気持ちを落ち着かせてくださいね」


 私がゆったりと微笑んで見せると、ヒューイは安心したように静かに目を閉じた。

 そして私は自分の胸の前で祈る様に両手を組み、目を閉じて頭の中で浄化をイメージした。


 女神ライナテミスのようにこの身を発光させ、眩い光と同時に放つ気の力で、ヒューイの中に留まる黒い霧を浄化する……! そしてサンドラに盗まれたものを全て彼に返すの。


 目を閉じているはずなのに、なぜかまぶたの向こうが眩しく感じた。

 私は今回もまた、イメージしたものは頭の中だけで終わり、現実にはそんな現象は起こらないと思っていたのに、ゆっくりと目を開くと、今回は考えた通りの現象が狭い室内で巻き起こっていた。

 私の体は女神のように発光し、キラキラと光るたくさんの虹色の蝶が金色に輝く軌跡を残しながら、私を中心に螺旋を描くように舞っていたのだ。

 今回の浄化では、自分が光り輝く姿を具体的にイメージしやすいように、前世で観たアニメの魔法少女の変身シーンを思い出し、それを頭に思い浮かべてしまった為に、変身こそしていないけれど、それがそのまま現実に起きてしまっていた。

 この感じだと、本当に魔法少女のように変身出来てしまうのではないかと少し心が浮き立った。

 イリナ様の時とは違い、女神の力を使うコツのようなものがわかった気がする。本当に具体的な映像を頭に思い浮かべれば良いのだ。

 こうなってくると、前世の世界を経由してきたのは偶然ではなく、私の想像力を養う為だったのではないかとも考えられる。

 その現象は浄化が済むと同時に収まり、虹色の蝶も金の軌跡も消えて無くなり、室内はまた元の暗い部屋に戻った。

 ヒューイを見ると、イリナ様の時と同じく、ドライフラワーが瑞々しい生花に戻るように、萎れてシワシワだった顔には張りが戻り始めていた。


「ヒューイ、もう大丈夫。喉が渇いたでしょう? さあ、このお水を飲んで」


 私はヒューイの上半身を支えて起こし、コップに注いだ水を彼の口元まで運んだ。すると、彼は動かす事も出来なかったはずの自分の手でコップを持ち、ゴクゴクと一気に水を飲み干した。

 コップ一杯の水を飲んだところでヒューイの見た目は劇的に変わり、元の姿が美少年であった事を、私はそこで初めて知ることになった。

 私が回復を願ってコップに注いだ水は、簡易的な回復薬の役割を果たし、見る見るヒューイは元の姿に戻っていった。

 そして水差しの水をすべて飲み干したところで、ヒューイは目を輝かせて私を見た。


「ありがとうございます、あなたは神様ですね」

「ふふ、何を言っているのですか。大げさですね。浄化は無事に終わった事ですし、早く皆さんに元気な姿を見ていただきましょう」


 ドアの向こうで待っている人達を呼びに行こうとすると、ヒューイは私を引き止めた。


「誤魔化さないでください。今のその少年の様な姿は、世を忍ぶ仮の姿なのではありませんか? それとも、あなたは神の代理で地上に舞い降りた天使様ですか……?」

「え……本気で言っているのですか? ご冗談を。そんな訳ないではありませんか」


 彼はタキやイリナ様の時とは違い、浄化する間も眠っていた訳ではなかったので、あの眩しい光の中にいた私を、実際にその目で見ていたのだ。

 ヒューイは興奮気味に、自分の目で見た不思議な出来事を語り始めた。


「冗談ではありません。あなたの周りには美しい虹色の蝶が舞い、キラキラと金色の輝きが辺りを包んでいました。その光景はとても現実のものとは思えず、一瞬僕は、死んで天に召されたのだと思いました。しかし、死んではいなかった。あなたが手ずから飲ませてくださった命の水は、僕の喉だけでなく、体の隅々まで潤して、もう元の体に戻りつつあります。これは奇跡です。神様の力としか思えません」


 ヒューイは目を輝かせ、私に期待するような視線を向けた。

 神の力というのは正解だけど、なぜこの力を私が持っているのか、今ここで説明する事はできない。とりあえず今は、この少年に浄化の際見たものを他言しないよう、口止めする事にした。


「本当に違います。あなたの期待に答えられなくて申し訳ないけれど、変に騒がれてしまっては、私はこの国に居られなくなってしまいますので……あなたのその考えは、私をよく知るイリナ様にだけそっと話し、それ以外は、他の誰にも話さないでください。この意味、わかりますね?」


 ヒューイは目をパチクリさせてコクコクと頷き、ごくりと唾を飲み込んだ。誰かに余計な事を言って騒ぎになれば、私はこの国を去ると言ったのが伝わったらしい。

 あとはイリナ様の判断で、彼が事実を知っても大丈夫な子であれば、きちんと説明してくれるだろう。


「あ……そうだ。あなたは女性が苦手なのでしたっけ。イリナ様の事も怖いですか?」


 私の問い掛けに、ヒューイは不安げな表情で目を泳がせた。


「すみません。怖いのではなく、女性というだけで気持ち悪いのです」

「気持ち悪い? あなたは聖女様の身の回りの世話をしていたのではありませんか? それでは大変だったでしょう」 

「いえ、初めからそうだった訳ではありません。聖女様……あの方が嫌がる僕にいやらしい事をしたせいで、女性に嫌悪感を抱くようになってしまいました」


 は? いやらしい事って……彼女はこんな子供に何をしたの? 確かにヒューイはアイドルの様に綺麗な顔をしているし、清潔さと同時に色気を感じさせる何かをもっているけれど、そうは言ってもまだ十二歳よ? 年の差は四つしかなくても、小学校六年生くらいの子相手では、まだ恋愛対象にはならないでしょうに。

 もしかしたら揶揄っただけなのかもしれないけれど、冗談が通じる相手かどうか、考えてから行動するべきだわ。


「差し支えなければ、何をされたのか聞かせてくれる?」


 こんな事を聞いて、嫌な事を思い出させてしまうのは可哀想だと思うけれど、このまま放ってもおけなかった。


「聖女様は、毎朝の沐浴の時にベッドから裸でバスルームまで移動します。それを見るのも嫌だったのに、ある日沐浴のお手伝いをする時に、僕だけを残して他の者達を全員下がらせた事がありました。聖女様は僕に抱きついてきて……すみません、思い出しただけでまた吐いてしまいそうです……」


 セクハラ? それってセクハラじゃない? 何してるのよサンドラ。あなた最低ね。


 ヒューイは顔面蒼白で涙目になり、口元を押さえてこみ上げる何かに耐えていた。私は彼の背中に手を当てて、吐き気が治まるよう強く念じた。

 できればついでに、サンドラから受けたセクハラの記憶を無かった事にしてあげたい。


「嫌な事を思い出させてごめんね。そんなもの、さっさと忘れてしまいましょう。全ての女性がそうだとは思わないでほしいの。イリナ様は誠実で、清らかなお心の持ち主でしょう?」

「分かってます。僕もイリナ様の事は大好きですから。あれ? あなたに話したら、何だか気持ちが軽くなった気がします。今まで誰にも言えなくて、ずっとモヤモヤしてたんです。あの時僕は、言う通りにしなかっただけではなく、近付いてきた聖女様に思い切り吐いてしまって……きっとそれが原因で呪われたんです」


 今まで胸に仕舞っていた思いを私に打ち明ける事で、ヒューイは少し気持ちが晴れたようだ。すっかり吐き気も治まった彼は、清清しい顔をしていた。


「呪いって? 神殿では、あなたのような症状がでると聖女の呪いだと言っているの?」

「っ……聞かなかった事にしてください。僕達がそんな事を言っていると上の者に知られては困ります」

「間違ってはいないわ。あなたが苦しんだ原因は、聖女にあるの。聖女があなたから生命力を奪い取っていたのよ。こんな事、聖女を信じている人には話しても信じてもらえないでしょうけど、あなたは気付いている。だから教えたのよ」

 

 私の説明を聞き、ヒューイは困惑したようなおかしな表情を見せた。


「あの……カイ様は、本当は女性なのですか? 今の……話し言葉が女性のようでしたけど……」

「あ……えっと、これも内緒ね。じゃあ、もう行くわ。別の部屋に居る巫女様達も浄化しに行かなくちゃいけないの。くれぐれも、イリナ様以外の人に私の事を話さないでくださいね」


 私は口元に人差し指を当てて、内緒にしてとポーズをとり、彼に微笑みかけた。

 ドアを開けると、そこにはイリナ様が居て、その横に神官長が不安げな表情で立っていた。

 

「カイ殿、甥は……ヒューイはどうなりましたか?」

「どうぞ、もう中へ入って大丈夫です。後で体力を回復させるためのスープを作りますので、それを食べれば、本当に元通り元気になりますよ」


 私は神官長と入れ違うように部屋を出て、イリナ様の案内で、今度は女性達の部屋に向かった。部屋に入ると、彼女達は後から被害に遭ったとは思えないほど酷く衰弱していて、意識も無い状態だった。私はイリナ様の立会いの元、先ほどと同じ事をイメージして彼女達の浄化を済ませた。

 イリナ様は私が浄化するところを初めて目の当たりにして、かなり驚いた様子だった。

 今回一度に三人分の浄化をしたけれど、私は不思議と疲れもせず、以前の様に倒れるような事にはならなかった。これはやはり、女神様の加護のお陰なのだろう。

 それから私は、厨房を借りて大量のスープを作り、それをイリナ様に託して教会を出ていこうとした。しかしそこへ、神官長が追ってきて呼び止められてしまった。

 私はまたしても、こっそり出て行く事に失敗した。どうせまた、報酬の事を言われるのだろう。


「カイ殿、我々に報酬を請求せずに去るおつもりですか? 遠慮せず、いくらでも請求してください。あなたには言葉では言い尽くせないほど感謝しています。大切な甥を助けていただき、ありがとうございました。巫女達も、とても感謝しています」 


 私はやっぱりそれか、と思いながら溜息をつき、首を横に振った。


「お金が欲しくてやった訳ではありません」

「しかし、それでは我々の気が済みません!」


 神父様の時と同じく、彼も引き下がってはくれなさそうだと思った私は、ここはひとつ、彼の神官長という立場を利用させてもらう事にした。


「……でしたら、すぐに実行していただきたい事がございます」

「何でも仰ってください。私に出来る事ならば、何でもいたします」

「難しい事ではありませんが、神官長という立場の方にしか出来ない事です。では、場所を移して詳しい話をいたしましょうか」

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