111・届いた荷物、届いた知らせ
ランチの仕込みをしていると、フレッド様に言われていた荷物が届いた。その荷を運んできたのは、この地域では見た事の無い、職人風の若い二人組の男性だった。
二人が持ってきた物は、一辺が六十センチくらいの正方形の、しっかりした木箱三つで、それはかなり重そうだった。
「お待ちしていました。フレッド様の荷物ですね。荷は裏に運んでいただけますか?」
「わかったよ。どこに置けばいいのか、指定してくれるかい? 一つは空箱だけど、他のふたつは重いから、一度下に置いたら動かすのは大変だよ」
「まあ、そうなんですか……あの、ではこちらへ……」
私は裏庭の空きスペースに木箱を置くように指示を出し、何気なく二人の服装を観察した。二人共ズボンが何かの粉で白く汚れていて、厚手のエプロンに、安全靴の様なゴツいブーツを履いている。
「あの……失礼ですが、お二人は何屋さんなんですか?」
「僕たちは職人街の魔石屋です。じゃ、確かにお届けしました」
「ええ、ご苦労様……」
目の前には、ドンと積み上げられた立派な木箱が三つ。よく見ると、それは表面にささくれなども無く、きちんとヤスリ掛けされたものだった。
こんな綺麗な木箱に入れてくるくらい貴重な物を、外に保管しておいて本当に大丈夫なのかと、私は少し心配になった。
「本当にこんな所に置いていて良いのかしら……シンとタキに頼んで地下倉庫に移してもらおうかしら?」
私がブツブツと独り言を呟きながら木箱を見上げていると、仕込みの最中のはずのシンが裏口から出てきた。
「おっ、これか。結構デカイな……」
「あら……シン、あなたもフレッド様宛ての荷物が届く事を聞いていたの?」
「ん? ああ、昨日の晩、俺はリアム様のベッドを借りて、部屋に泊めてもらったんだ。その時にフレッド様と色んな話をした。あ、この事はチヨに内緒な。俺にまで宿泊代払えって言いそうだ……」
「ふふ、きっと正規の料金を請求されるわね。わかったわ、内緒にしましょう。ところで、これが何か、シンは聞いているの?」
私の質問に、シンは真顔になって気まずそうに目を逸らした。
「さ、さあ……? それは知らねーけど……フレッド様な、今日昼頃ここに来るから、その時に裏庭を使いたいってよ」
明らかに何かを知っていそうなのに、シンはそれを誤魔化した。
「そう……それは別に構わないけれど。これ、ここに置いていて大丈夫な物なの?」
「ああ、普通のヤツには何の価値も無いからな。あ、そうだ、それを言いに来たんじゃなかった。例の患者が教会に運ばれてきたってよ」
「ちょっと……それを早く言ってよ。どんな状態なのか聞いてる?」
「いや……行くのはオーナーの手が空いてからで良いって事だけだ。だけど心配なら、今から行っても良いんだぞ。後は俺達で何とかなる」
シンは病人を思って焦る私を気遣って、こっちの事は任せておけと穏やかに微笑んだ。
ランチの準備は半分以上済んでいる。
とは言え、シンとタキの負担を考えて、どうしようか迷っていると、シンが背中を押してくれた。
「行けよ。変装する時間だって必要なんだ、心配なんだろ? 早く行って、助けてやれ」
「……ありがとう。シン、後の事、よろしくね」
「ああ、気をつけてな」
私は急いで自分の部屋に向かい、旅のヒーラーの衣装に着替えてメイクを直し、白髪のウィッグを被って五分で宿を出た。
それから早足で教会に向かうと、一行は本当についさっき到着したばかりだったようで、教会の前にはまだ馬車が停まっていて、またしても人だかりが出来ていた。
「すいません、通してください」
人を掻き分け教会のドアにたどり着いたところで、窓から私が来るのを見ていた神父様が、ドアを開けてスッと私を中に入れてくれた。
「早かったですね。少し前にイリナ様が連絡をしに行ったばかりですよ。食堂の方は大丈夫なのですか? 受付の少女に聞いたところ、今が一番忙しい時間帯だそうですが……」
「ご心配無く。私には、頼れる仲間がいますから。それより、人命救助が優先です。容態はどうなのですか?」
神父様の表情は暗く、それだけで、何も言われなくとも良くない状況である事は伝わってきた。
「とにかく、早く私を患者のもとへ連れて行って下さい」
「……わかりました。連れてこられたのは三名です。一人は十二歳の神官見習いの少年で……ご覧になれば驚かれると思いますが、酷く衰弱しています。それに、女性に対してかなり警戒心を持っているようで……懐いていたはずのイリナ様を見ても怯えてしまうのです。多分、あなたのその姿なら大丈夫かと思いますが、どうか慎重に対応してください。他の二人は女性なので、別の部屋に寝かせています。まず先に少年を見ていただけますか」
前にイリナから聞いたのは二人だけだったのに、いつの間にか被害者がもう一人増えていた。
「はい、その少年は今どちらに?」
「こちらです」
神父様の後について行くと、礼拝堂の右側にある居住スペースへ続くドアを開けたところで、神殿からここまで、衰弱した三名を連れてきたのだろう神官達が、ゾロゾロと奥の部屋から出てきたところだった。
彼らは得体の知れない私を見て、揃って眉をひそめた。
「神父様、その者は? ここへは部外者は立ち入れない筈ではなかったのですか」
「ああ、この方は旅のヒーラーで、名前を……」
神父様はこの姿の私を何と呼べば良いのかわからずに、チラリと私の目を見た。ラナという名は教えたけれど、この格好の私は出来れば別の名にしておきたい。
なので私は、以前タキがこの姿につけた名前を名乗ることにした。
「カイと申します」
「そう、旅のヒーラーの、カイ殿です。イリナ様の時にもこの方が力を貸してくださいましたので、今回も助けていただく事にしました」
この件に私が関わった事は誰にも言わないでほしいとお願いしていたけれど、この場合仕方が無いだろう。どんな風に快復させたのかまでは話していないのだから、まだ大丈夫。たぶん。
「旅のヒーラーですか? この少年が? しかし彼からは、微弱な霊力しか感じませんよ? 治癒魔法も効果が無いというのに、この様な子供に何が出来るのです」
外出用の黒い神官服を纏った長身の男性は、突然現れた私を不審に思ったのか、訝しげな表情を浮かべて私を見た。
「神官長様、この方の事は、わたくしが保証致します」
「おお、イリナ様。すっかり元に戻られたのですね。良かった……手紙は読みましたが、あの状態から助かるとは誰も思いませんでした。しかし本当にあなたの事を、この少年が治したのですか?」
「そうです。ですから、ご心配無く」
巫女を寝かせている部屋から出て来たイリナ様の発言で、神官長と呼ばれた男性は私に驚きと期待を綯い交ぜにしたような視線を向けた。
治癒魔法も効かず、薬も無い、何の病気なのかもわからず、ただ死を待つばかりだと諦めていた時に、未知の病を治せる者が現れたのだ。神官長の後ろに控えていた他の神官達も同じく、私を見る目が変わるのがわかった。
神官長は藁にもすがる思いなのだろう。私の前に歩み出て跪き、両手を取って自分の額に擦り付けるようにして懇願した。彼の目には、今にも零れ落ちそうな涙が浮かんでいる。そして言葉を発すると同時に、涙はつうっと頬を伝った。
「カイ殿、先ほどの私の無礼な態度をお許しください。お許しいただけるのならば、我が甥である、ヒューイを救ってください。あの子の母は心労で倒れ、食事も取らずに衰弱していく一方なのです。治る見込みさえあれば、姉も元気になるはずです。どうか、どうかお願いします……!」
私は握られた手を軽く握り返し、跪く神官長を立たせるようにグッと上に引き寄せた。
「お立ちください。私に対し、そのように跪く必要などありません。勿論、彼らを救う為に私はここへ来たのですから」
奥の部屋に通されると、ヒューイという少年の容態は、タキとイリナの衰弱した様子を見ている私ですら引いてしまうほど、酷いものだった。




