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104・明暗を分けた行動

 その声を聞いた途端、私は全身が凍りつくような感覚に見舞われた。

 エレイン・ノリスを探す得体の知れない誰かが、ドア一枚隔てた向こう側に居るという恐怖に足がすくみ、心臓の鼓動が早まった。 


 ……誰? 今の声、私の知るマリアのものじゃないわ。

 話し方をマネているけれど、彼女の声は、もっと甘くて可愛らしいもの。

 今聞こえた声はちょっとハスキーで、少女とも少年とも取れるものだったわ。似た声を、どこかで聞いた事がある気がするけれど、私の親しい友人の誰かではない事は確か。

 すでに華やかな表舞台からはじき出されたエレイン・ノリスを探し出して、何がしたいの? フレドリック殿下もサンドラも、皆思い通りになったのだから、私の事などもう放っておいてほしいのに……!


 食堂とプライベートスペースを仕切るドアの向こう側には、「関係者以外立ち入り禁止」というプレートが付けてある。それなのに、マリアを名乗る少女は、それを無視してこちら側に侵入してきた。

 タキが私に断りも無く、身元の分からない不審人物をこちら側に通したとも思えず、私はすくんでしまった足をなんとか動かし、テーブルセットのところから、足音を忍ばせて壁際に移動して、静かに窓を開けた。

 ドアに鍵を掛けたかったけれど、すでにそこに居る誰かの方が先にドアを開けてしまうかもしれないという恐怖心から、ドアに近づく事が出来なかった。 

 シン達の居る地下倉庫には、厨房の階段から行くルートと、外から荷物の搬入をする為の外階段ルートがある。しかしそちら側は今、鍵が掛けられているし、私が悲鳴をあげたとしても、地下に居る二人には聞こえないだろうと思われた。

 タキがシンに事情を説明して、今頃食堂に向かっている頃だろう。けれど、残念ながらそれよりも先にドアノブが僅かに動き、ドアの向こうの誰かが今、そこに手をかけたのがわかった。

 私はその時、とても嫌な気配を感じ取った。

 

 それと同時に、急いで窓から外に飛び出した。

 もしかしたら、相手はまだ半信半疑という段階で、私がエレイン・ノリスだという確証を得ていないかもしれないのだから、下手に相手をしてはいけない。

 裏から通りに飛び出した私は、先ほどの訪問者が追いかけて来ていないか何度も後ろを確認しつつ、助けを求めるために、巫女のイリナのいる教会に向かって早足で歩いた。

 そして私は、背後を気にして余所見をしながら角を曲がり、誰かに思い切りぶつかった。


「きゃっ」

「おっと……」


 私がぶつかったくらいでは相手は微動だにしなかったけれど、私の方はその鋼のような体に跳ね返され、はずみでうしろにひっくり返りそうになった。しかし咄嗟にその男性に腕を掴まれて、間一髪転ばずに済んだ。


「ごめんなさい、急いでいたもので……」

「こちらこそ失礼した。……ん? 女将? どうした、そんなに慌てて?」

 

 聞き覚えのある声に驚いて顔を見上げると、私がぶつかったのは、銀髪のウィッグに色付きレンズの眼鏡をかけたフレッド様だった。

 彼は何かの包みを大事そうに抱え、急いでどこかへ行く途中だったようだ。


「あ……フレッド様! すみません、私ったら前を良く見ていなくて……」

「ああ、俺も急いでいて、人の気配に気付くのが遅れた。怪我は無いか?」

「は、はい。大丈夫です。支えてくださって、ありがとうございました」


 私は追っ手を気にしながらも、フレッド様にお礼を伝え、すぐに立ち去ろうとした。けれど、フレッド様は私に用があったらしく、引き止められてしまった。


「待て。女将に届け物があって来たのだ。……っと、その前に、何かあったのか? 怯えているように見える」 


 フレッド様は私の様子を見て何かを感じ取り、周囲を見回した。


「あの……宿屋に、私の事を誰かと人違いした方が来ているのです。その方が、タキとシンが地下倉庫に行っている隙に、勝手に私室の方まで侵入してきたもので、怖くなって窓から逃げてきました」

「何? 誰かとは、誰だ? 誰と間違われた?」

「その方は、エレインという名の方を探しているようでした。以前、フィンドレイ様にも似ていると言われた事があるのですが、その方も私をどこかで見かけて、勘違いしたのかもしれません」


 私が話し終わると、フレッド様は険しい表情で私を背に庇うように立ちふさがった。


「エレインを探しに来たのは、女か?」

「あの、私はどんな方なのか直接見ていないのですが……タキがショールを被った女の子だと言ってました。もしかして追いかけてきたのですか?」

「ああ、宿の方から来た。殺気を放っているし、アレがそうだろう。女将、逃げて正解だ。人違いで殺されるところだった」

 

 フレッド様の背後に隠れて自分が来た方向を見てみると、ショールを頭から被った黒髪の少女がこちらに向かって駆けてきていた。

 その少女は魔法が使えるようで、冷気の漂う氷のナイフを手に持っている。

 そして慌てて裏口から飛び出したシンが、私の姿を見つけるなり大きな声で叫んだ。


「ラナ!! 逃げろ!」


 シンは少女を捕まえようと手を伸ばし、ショールを掴む。

 しかし足の速い少女はそんな事など気にせず鬼の形相で突き進んできた。

 

「エレイン・ノリス……! お前のせいで、彼女に嫌われた! お前のせいだ……お前が生きているから……!」


 こちらに向かって走りながら、少女は同じ恨み言を何度も繰り返し呟いていた。何の事を言っているのか良く分からなくても、それが逆恨みであることだけは間違いなかった。

 黒髪の少女はフレッド様が目に入らないのか、その陰に隠れる私に向かって氷のナイフで攻撃してくる。

 しかし、フレッド様の魔法によって、少女が出現させたナイフはあっさりと消えてなくなり、華奢で折れそうなその体は、何が起きたのか分からないほど一瞬のうちに地面に組み敷かれた。

 その時の衝撃で黒髪のウィッグがズルリとずれ落ち、その下に隠されていた地毛が露になる。

 現れたのは、ウェーブがかった短髪のダークブロンド。綺麗にお化粧はしているけれど、良く見るとその正体は男性だった。

 すぐに追いついたシンは私の側に来て無事を確かめる。


「ラナ! 無事か!?」


 そしてシンは、目の前の光景に愕然とした。ここに居るはずのないフレッド様が、女装した少年を取り押さえていたのだ。


「……フレッド様? ありがとうございました。……さっき宿に来たのはこいつか? タキは女の子だと言っていたが、女装した男じゃねーか。おい、お前、この人はエレインなんて名前じゃねーぞ。人違いで追い掛け回しやがって」


 フレッド様に手際よく拘束された女装少年は、憎憎しげに私を見上げた。そして、じっくりと私の顔を確認すると、徐々に絶望した表情へと変わっていく。


「そんな……! 建物の外から遠目に見ただけとはいえ、間違いなく本人だと思った。哀れにも、家を追い出された公爵令嬢の落ち目の姿をこの目で見たと笑いが止まらなかったが……しかし……何だこれは? 髪の色が同じなだけで、本人より何倍も美しい別人じゃないか……!」

「え……?」


 どこかで見た事のある人だけれど、誰だったかしら? 

 気づけば私達の周りには、一部始終を目撃していた人達が集まり、軽く人だかりが出来ていた。


「下町にエヴァン・フィンドレイが足しげく通っている場所があると聞いて、そこにエレインが隠れていると踏んで見にきた時は、とうとう見つけたと思ったのに……! は……はは……ははは……紛らわしい! ならばその髪を一束僕によこせ! それを彼女に遺髪だと言って見せて、今度こそエレインは死んだと……グハッ」


 フレッド様は無表情のまま、縛り上げた少年の腹を思い切り殴った。

 少年はしばらく苦しみ、体を折り曲げてプルプルとその痛みに耐えていた。


「貴様、彼女がもしもエレイン・ノリス公爵令嬢本人だとしたら、どうするつもりだった? 先ほどは間違いなく殺気を持って襲ってきたな。その程度の腕で、暗殺でもしに来たのか? たとえ人違いだったとしても、ここにいる彼女を殺そうとした事に変わりはない。証拠を残さない為に氷のナイフを使おうとしたようだが、証人は俺だ。それに、貴様の発言は許せるものではない。どこの者だ? 名を名乗れ」


 女装少年は苦しそうに顔を歪め、フレッド様を睨み付ける。


 思い出した。

 この人……サンドラに傾倒していた、ジェラルド・パウリー子爵令息だわ。でも、彼がなぜ私を? 

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