9・コスプレイヤーの血が騒ぐ
「ラナさんの服、凄く素敵でお似合いですよね。でも町では似たようなデザインの物は見かけないし、いつも気になってるんです。どこに行けば買えるんですか?」
チヨは私が着ている服に興味津々だ。他所で見た事が無いのは当然なのだ。
何故なら、これは私が自分で作った物だから。
1ヶ月前にここに越して来てから、町で足踏みのミシンを見つけて衝動買いし、記憶を頼りに昔作ったコスプレ衣装を色々と縫っている。
やはり思った通り、よほど露出度の高い物でない限り、中世ヨーロッパ風のデザインであればゲームやアニメのキャラクターの衣装を着ていても、この世界では特に違和感が無いようだ。
他の国から来た旅人などもゲームに出てきそうな服装な事から考えて、コスプレ衣装で生活しても大丈夫だと判断した。
私は前世で特にお気に入りだったゲームに出てくる酒場の女店主の衣装を作り、宿屋の女将ラナのトレードマークとして着る事にした。
オフショルダーの白ブラウスの上に、胸とウエストを強調したブルーの皮製ボディスを着て、同系色の布で作った後ろが長く前が短いアシンメトリーなスカートを穿き、焦げ茶のロングブーツを履いた。
実はこの服、隣国アルフォードでは珍しくないものだったりする。
アシンメトリーなスカートはさすがに無いが、それ以外は偶然にもアルフォードの民族衣装に近いものなのだ。おかげで悪目立ちする心配は無かった。
もう地味で目立たないなんて言わせない。この容姿を最大限に生かし、好きなコスプレをして人生を楽しもうと決めたのだ。
家を出された私は、あの時から別人として生きる事にしたのだから。
おじい様の理想の女性像はもう古いと常々思っていた。
姉達は私と同様に、控えめで従順な女性にと厳しく育て上げられ、嫁ぎ先ではその反動で派手に着飾り、姑に有無を言わさない程立派に屋敷の女主人を務め上げている。
裏で夫を支えるのは当然の事。姉達は社交界でも人脈を広げて夫を更に盛り立てている。今や若い女性達の目標となる憧れの淑女像とは、私の姉達のような出来る女なのである。
王太子妃になった時には私も姉のようになろうと思っていたものだが、そうならずに済んで良かった。
あの時嫌な思いはしたものの、今となっては振ってくれてありがとうと言いたい。
今、私は妖精の宿木亭という宿の名前に合わせ、森の妖精達が疲れた旅人を癒す宿という、初代オーナーの考えた宿のコンセプトに沿った女の子達の制服を作成中で、仕事が終わると毎晩ミシンを踏んでいる。メイド服の様な深緑のエプロンドレスならば、宿の名前とも合うだろう。
チヨも、最近は着物より洋装の方が動きやすいと言って、サイズの合う子供用のワンピースを着るようになり、13歳というお年頃の女の子らしく、お洒落に気を使い始めていた。
「チヨ、これは私が作ったのよ。だから誰も同じ物を着ていなくて当然なの。今、従業員の女の子達用に、揃いの制服を作っている最中なのよ。あなたの物も当然作ったわ。まだ成長期だろうから、大きめに作ったのだけれど、試着してみる?」
チヨの表情はパッと華やいだ。
期待に目が輝き、可愛くて思わず頭をこねくり回してしまった。髪が乱れてムスッとしたが、私は構わず一階にある私室にチヨを連れて行き、トルソーに着せられたチヨ専用の制服を披露した。
「これ、本当に私が着ても良いんですか? 色も素敵だし、エプロンが凄く可愛いです!」
「ふふ、気に入ってくれて嬉しいわ」
他の従業員とチヨの物はデザインを別にしてある。
彼女は子供に見えてもマネージャーに近い働きをしているのだから、それを示す為に、高貴な色である渋いエンジの膝下丈のワンピースに、チヨの可愛さを引き立てる白いフリフリのエプロンを付けた物を用意した。
裾の長いドレスは仕事の邪魔だと言っているのを聞いていたので、あえて膝下丈に設定し、それに白タイツとストラップの付いた靴を合わせている。
簡単に言うと、メイド喫茶のメイド服だ。
早速着せて見ると、小柄なチヨには良く似合った。
「ラナさんて何者なんですか? 和の国の言葉も理解しているし、料理も出来て、こんな素敵な洋服まで作れちゃうなんて。おにぎりを食べて泣かれた時はおかしな人だと思ったけど、この宿の手続きをした貴族のお嬢様とも仲が良いんですよね? 本当、不思議な人です」
チヨには本当の事を話そうかとも思ったが、どうにも彼女は嘘が付けない性質なので、素性については黙っている事にした。下手に公爵令嬢だなんて教えたら、今のような気さくな会話が出来る関係ではいられなくなる気がしたのだ。
「何者かだなんて、大袈裟ね。色んなことを経験してきただけよ。サイズは大丈夫みたいね。同じ物をあと二着作っておくわ。今日は部屋に篭って仕上げちゃうから、チヨに宿の方を任せても良いかしら? 食堂の事は料理長のシンに任せてきたけど、何かあれば呼びにきてくれて構わないわ」
「はい、わかりました。あのー、これ、このまま着て行っちゃ駄目ですか?」
余程気に入ったのか、スカートを横に広げて悲しそうに見下ろしている。本当にチヨは正直者だ。
「良いわよ。その代わり、替えがまだ出来てないんだから汚さないでね」
「やった! 皆に自慢しちゃおっ」
チヨはスキップでもしそうな勢いで部屋を出て行った。ドアの向こうからはチヨを見た他の女の子達の賞賛の声が聞こえて来た。
「うん、頑張って皆の分、作るからね。待ってて」
既に裁断までは済んでいるので、後はコツコツミシンで縫うだけだ。結局、全員分の替えまで作るのに三日掛かり、更にエプロンの替えをそれとは別に何枚も用意していたら、もう一日掛かってしまった。
料理長には制服代わりに既製品の白シャツと黒いズボンを一週間分用意して、エプロンと手拭き用のバンダナを合わせて渡した。
制服を渡された女の子達は大いに喜び、着替えた後は心なしか背筋がピンと伸びたように見える。
「さあ、今日から皆は宿木の妖精のつもりで仕事に励んでちょうだいね。見た目は大事よ、エプロンが汚れたら直ぐに清潔な物と交換する事。良い? シンも、毎日綺麗な服で仕事をしてね。ここは厨房がお客様に見えるようになっているんだから、今までのように何日も洗ってない布を腰に巻いて仕事するとかはもう無しよ」
「わかってるよ」
シンは町のレストランで働いていた料理人だ。
年は19歳と若く、腕は確かだったがオーナーが亡くなり、店がつぶれて行き場を無くしている所をチヨが連れてきた。
見た目は良いのに態度が悪く、ここの女の子達には評判が悪い。入った当時よりかなり改善されたが、女の子達とはあまり仲良くする気は無いようだ。男性が一人だけという環境は、彼にとっては嬉しい事ではないらしい。
そんな彼だけれど、初めてここで顔を合わせた時、前にどこかで会った事があるような不思議な感覚に見舞われた。
彼の働いていたレストランに行った事があるのかもしれないとも考えたが、店名に覚えが無い。
それに彼が前に住んでいた地区は私の行動範囲外。どう考えても接点が見つからない。
そういえば、彼の家族は病気の弟だけだと言っていたけど、ランチの後の空き時間に弟の様子を見に戻ったり、働きづめで弟の世話までこなすのは大変なのではないだろうか。
厨房へ向かいながらシンに声をかけてみる。
「シン、困った事があれば遠慮なく言ってね」
「無いよ、拾ってくれて感謝してる。体の弱い弟の面倒を見るにも金が必要だから」
「あなたがここで働いている間、弟さんは一人で留守番を?」
「まあな。仕方ないさ」
シンは諦めてしまっているが、小さな弟を家に一人で置いておくのは、さぞ心配だろう。自分にも小さな妹が居る私は、家で一人留守番をする、弱弱しくベッドに横になる少年を想像してしまった。
「出勤する時に、一緒に連れてきたら?」
「え……?」
シンは私の提案に驚いている。確かに連れてきても宿に空き室は無く常に満室だ。
弟を何処に居させるつもりかと聞きたそうにしている。
「私の部屋で寝かせておけば良いわ。そうすれば仕事の合間でも様子を見られるでしょう?」
「良いのか? そうさせてもらえると助かるが……オーナーのベッドに寝かせるって事か?」
「私は構わないわ。そうね、弟さんが気にしなければの話だけど」
翌朝、シンは弟を背負って出勤してきた。




