ビバノンロック
国難は去った。
巨大なオロシヤ帝国は弱小とされる、ヤワラギ帝国の前にひざを屈したのである。
国民は浮かれ戦勝を喜びしたが、ヤワラギ帝国の勝利はほの辛いものでしかない。
戦さにおいてはオロシヤ陸軍、そして海軍を徹底的に叩いた形ではあったが、まったく余力がない。息も絶え絶えな状態。
しかしオロシヤ海軍はまだ戦艦を保有し、陸軍の増強も余力に満ちていたのだ。
なぜそれが、停戦合意にいたったか?
ヤワラギの同盟国、エゲレスとエメリケ合衆国の仲裁によるものだ。
そしてもうひとつ。
オロシヤ帝国が戦争どころでなくなったのである。
功労者は男爵こと、陸軍の明石大佐。
オロシヤの革命をあおりにあおり、国情をそれでころでなくしたのである。
まあ、なんにせよ。
戦争は終わった。
そして、天宮緋影の出番も終わったのである。
春爛漫、桜花咲きみだれる庭の先。
それを新たな門出とするか、別れの季節とするかは人それぞれ。
海軍ヨコハマ学校。
俺はいまだ、ここを離れることが出来ずにいる。
そして文机も箪笥も無くなった、緋影の部屋。
彼女の言葉が思い出される。
「海の見える部屋を、お譲りしたんですよ?」
そうだ、俺の着任以前。彼女は俺の部屋にいたのだ。
そして山国育ちの彼女は、窓から見える海を、大層気に入っていたのだ。
残り香を探すのは、未練。
そして探しあてられず、胸を去来するのは寂寥。
きっと詩人ならばそう言うかもしれない。
漂泊者の詩を口ずさんでみる。
お前に故郷は、もう無いのだぞ。
お前に故郷は、もう無いのだぞ。
繰り返し繰り返し呟いてみた。
なんとはなれば、ここがお前の故郷なのだから。
階段を降りて、居間へ。
中将と三人、緋影の拵えたものを並べ、ちゃぶ台を囲んだものだ。
中将は出掛けている。
つまり、俺ひとり。
緋影から、別れの言葉はなかった。
ただ、万朶の桜を眺めながら、俺の三歩後ろをついてきただけだった。
ただただ、黙り込んだまま。
「………お兄さま、なにをされているのですか?」
「おぉ、緋影。ちょっと一人で『永いお別れ』ごっこをな」
そう、緋影はヨコハマ学校を離れてはいない。
だから別れの言葉など、ありはしない。
オロシヤ帝国に勝ったヤワラギは、次の仮想敵をエゲレス、エメリケに定めていた。
次の国難にそなえ、緋影は米英語の特訓中なのだ。
「相も変わらずですわね、少尉さん。そんなことで次の国難で、役に立ちますの?」
出雲鏡花だ。
彼女は緋影の米英語会話の相手役、という名目で、ヨコハマ学校にもぐり込んで来た。
そして無理矢理、緋影と同室になったのである。
そうなると二階の部屋では手狭になる。
一階の中将を離れに追い出し、二人仲良く同居中ということだ。
その二人が、タキシードに着替える。
「なにをしてますの、少尉さん?」
「お兄さまもタキシードに着替えてくださいませ」
何故に? どのような理由で?
釈然とはしなかったが、言われた通りにする。
使鬼たちも現れた。
忍者もいる。
そして堂々と、中将が登場してきた。
みんなタキシード姿だ。
中将が指差す。
「それじゃあ最後まで、元気よく行ってみよーーっ!」
イントロが流れる。
知ってるぞ。
この曲は知ってる!
名曲「ビバノンロック」だ!
つーかビバノンロックにタキシードかよ!
どこまでフザケてんだ、この話はっ!
やけくそ同然に参加するが、緋影と出雲鏡花だけは、最終回トークを開始する。
「お疲れさまでした、鏡花」
「緋影さまも大変でしたわね」
「どうにかこうにか最終回まで漕ぎ着けた、こんとん大戦でしたが………」
「今回は数字に苦しみましたわね」
「なかなかヒット数が伸びず、ちょっと増えたかと思えば、それはちゃぶ台劇場」
「………それもそのはずですわ、緋影さま」
「どういうことでしょう?」
「作者はコメディのつもりでこの作品を書いておりましたが、アクションにジャンル分けされてますもの」
「………………………………どゆこと?」
「つまり、アクションを読みに来たお客さまが、がっかりして回れ右。ヒット数が伸びずとも、当然ですことよ?」
「………………………何故そのようなことが?」
「癖だそうで。作者はそのように申してましたわ」
「鏡花、私から一言、作者によろしいでしょうか?」
「………どうぞ」
「バっカじゃないの! っていうか、作者のバーーカ!」
俺も歌から離れて、緋影の肩を叩く。
「緋影、歌って踊ってをしないと、損するだけだぞ」
「そうですね、お兄さま! 天宮緋影、景気付けに一気しまーーすっ!」
体に悪いことなど、百も承知。
頭がよくない生き方だなんて、もっとわかりきっている。
だが、人生は一度きり。
太く生きるだけではない。
勢いよく生きなければ生けないのだ。
「緋影の一気が終わったら、大矢健治郎! 全裸になります! 素面で!」
「大矢少尉! 俺はすでにべろんべろんだぞ!」
生きている。
生きている。
先の見えない苦しい時代を、苦しいままに生きている。
先の見えない厳しい季節を、厳しいままに生きている。
それでもやはり太陽はのぼり、朝がくるのだ。
ならば歌え、だから踊れ。
どんな人間にも、どうせ追い風など無く、向かい風しかないのだから。
「出雲鏡花かくし芸! おでこフラッシュ、いきますわ!」
「隠してないだろソレ!」
「つーか露出してるし!」
現世は
ゆめ幻と心得よ
忍者いずみ
完




