瑠璃の仕事は茶を飲むこと
さすがのロジェストベンスキーも、指揮官席から転げ落ちそうになった。
なんという衝撃か、三笠の砲撃は。
なんという威力か、三笠の砲弾は。
一撃で、戦艦クニャージスワロフの甲板に巨穴を開けるとは。
しかし自分は指揮官だ。うろたえることはできない。
ひろった帽子を悠々とかぶり直し、被害情況を知らせよと参謀に告げる。
その上で。
「うろたえるな、敵はトーゴーだぞ! この程度の被弾など、ほんの名刺交換にすぎん! 負けずに撃て! こっちからも撃て!」
寒い寒いバルト海で露天艦橋は死をまねく。
ゆえにバルチック艦隊はすべからく、天井有りのガラス窓で囲われた、近代的な艦橋を用いている。
露天艦橋よりも互いの声が聞き取りやすく、逆に言えば狼狽の声は耳に障る。
そして指揮官の声は、堂々とした響きで皆に伝わった。
ロジェストベンスキーは、自分の落ち着きに満足していた。
これこそが指揮官であると、合格点を出すことができる。
そこで味方艦隊の情況を訊いた。
至近弾多数なれど、直撃はクニャージスワロフのみ。
それみろ。
思わずほくそ笑む。
至近弾多数の報告は、やがて命中弾が発生することを暗示していたが、被弾したのは本艦のみ。
まだまだ慌てふためくような時間ではない。
損害箇所に人を送り、消火と防水を命じる。
そして主砲の損害は、ほぼ無しと来た。
次弾装填と発射準備を急がせる。
なに、敵にも被弾艦はいるのだ。まだまだ勝負は始まったばかりよ。
「連合艦隊の砲煙を確認! 来ます!」
「なにっ?」
早い!
射撃間隔が早すぎる!
何をどうしたら、そんなに早く弾込めができるのだ!
指揮官はこの時、はじめて狼狽えた。
俺は知っている。
連合艦隊は月月火水木金金の訓練努力で、飛躍的に次弾の装填速度を速め、爆発的に命中率をあげていた。
しかし、主砲四発すべてが命中とは、いくらなんでもやり過ぎだろ?
連合艦隊の砲弾命中率は、特訓前で一割。
それを「死ぬか生きるか」の努力で、三割に引き上げた。
それだけでも驚嘆すべき数字なのだが、十割とはこれ如何に?
まあ、これが緋影マジック。
天宮が祈り捧げし精霊たちの、存分な働きなのだろうが。
「それにしても………」
長官は口を開いた。
「参謀長、いまの砲弾は貫通したように見えたが」
「確かに、四発中一発が前甲板を貫通しましたが」
「三笠の砲弾はそのような物だったかな?」
「き、急所に当たったものかと」
参謀長はしどろもどろ。
そりゃそうだ。三笠の砲弾………いや、連合艦隊の砲弾は下瀬火薬を満載したものだ。
下瀬火薬を詰め込んだ砲弾は、貫通力が無い。しかし敵艦表面で大爆発大炎上。
沈めることが目的ではなく、クリューの殺傷を目的とした砲弾なのだ。
それが貫通、艦内で炸裂したのだ
おそらくクニャージスワロフ艦内は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していることだろう。
しかし参謀長の言葉に、長官はほくそ笑んだ。
オイは幸運にごわす、と。
「………緋影さま?」
鈴のような声。
瑠璃がこちらを見ていた。相変わらず砲塔の上に正座していたが。
ただ、手は次のお茶を煎れている。
いや瑠璃。砲塔の上に茶釜って、どうさ?
三笠の主砲は、また火を吹いた。
今度は二発が貫通。
内側から爆煙が吹き上がり、船の継ぎ目からも煙があふれた。
当たり前のことだが、今回も四発すべてが命中である。
「クニャージスワロフの相手は、三笠一杯で充分ではないか?」
長官は、双眼鏡から目をはずした。
「正直言えば、それで充分かと」
「では朝日と敷島には、アレキサンダーを狙わせよう」
「わかりました」
「さて、三笠の幸運があの二隻にも感染るかな?」
「もちろんです、長官!」
思わず声をあげてしまった。それが露天艦橋でも、妙に響いてしまう。
「連合艦隊は、天宮緋影に祝福されたのです! きっと、必ず! 戦果をあげます!」
アレキサンダーに命中の報がとどいた。すぐに目をむける。芙蓉の術で、炎をあげるアレキサンダーの姿が目に映った。
それだけではない。
巡洋艦、装甲巡洋艦の撃ち合いでも、連合艦隊は命中弾を重ねていた。
「………なるほど、オハンの言うごたる」
※作者、サツマ弁は不得手です。
「ではクニャージスワロフを討ち取ったら、次はどれにするかな?」
「リューリックがよろしいかと!」
またまた口を突いて出た。
「………オハン」
長官の目が鋭くなる。
「それは国の命運をかけて言っておるのかな? 三笠の過ちひとつで、ヤワラギ帝国が滅ぶのだぞ?」
………………………………クッ! 軽率だった! 命がけの現場に、口を挟んでしまった。
が、連合艦隊はバルチック艦隊の前を、悠々と悠々とすぎてゆく。
これでウラジオまで抜けれる。
敵は全員、そう思うだろうが問屋はそう簡単におろさない。
上村中将率いる第二艦隊がすぐそこに待機していたのだ。




