帰国
レストラン、もちろん正面から入店する。
歌うようなフランス語の女給に案内されて店の奥へ。
すると今度は正装した老人に案内され、さらに奥へ。
店の裏に出る。倉庫があった。その中に男爵は入ってゆく。
俺たちもあとに従った。
倉庫の中は狭い。小麦粉の袋が天井まで積み上げられ、そして埃っぽい。
倉庫の中には品のある老人が待っていた。
「つけられてませんよね?」
男爵は英語で言った。
「十分注意してます」
老人も英語で答えた。
「それで? バルチック艦隊の進路は?」
男爵の問いかけに老人は答える。
「本国では太平洋側をまわように指示してますが、最終的な判断は司令官のロジェントスキーにまかされてます」
それでは何も分からないのと同じじゃないか。
苦情を言いたくなるが、男爵は懐から革袋を出した。
中には金貨がぎっしりと詰まっている。
「今後も何かわかったら、よろしく」
「もちろんです、明石さん。私たちは一日も早い革命の成就を目指してます。協力できることは、何でもします」
倉庫へ入ったのが別々なら、わかれも別々。
まずは老人が出て行った。
男爵がパイプ煙草に火を着けて、ゆっくり一服をすませてから、俺たちも外に出る。
男爵は大使館へ。
ヤワラギ本国へ至急の電報を打つ。
そして俺たちは、本国への帰還を命じられた。
早く帰ってきて、今一度連合艦隊を祝福してくれ、とのことだった。
「海軍のお偉方は心配性ですわね。緋影さまが一度祝福してくださったというのに」
「まあ、バルチック艦隊の進路も不明になったんだ。緋影の祈祷にたよりたくなるのもわかるよ」
「それよりも、お兄さま。連合艦隊を祝福ということは、バルチック艦隊よりも先に帰国しないとならない、ということですよね?」
そこだ。
大問題はそれだ。
あちこちの港で入港を禁止されたり、追い出されたりと、ヤワラギ政府の根回しにより、バルチック艦隊は散々な目に逢っているらしい。
まごまごと足止めを食っている最中に、コイツらを追い抜きブッチギリしなければならない。
「では男爵、お先に帰国します」
「あぁ、気をつけて帰るんだよ」
と、緋影の手を握る。
緋影だけの手を握る。
「男爵、俺らはどうでもいいってンですか?」
まったく、油断も隙も無いところは相変わらずだ。
「どうでもいいだなんて、そんなことは無いさ。大矢くんには僕から、熱い口づけを捧げようじゃないか」
「遠慮しておきます」
「冗談冗談」
「緋影さま、私はあとから追いかけますわね」
「その頃には、戦争が終わっているといいですね」
とにかく、別れの挨拶もそこそこに、俺たちは列車に飛び乗った。
ヤワラギへ、ヤワラギへ。とにかく東へむかうしか無い。
「お兄さま、バルチック艦隊は喜望峰を回っているようですが、すごくノロノロ運航のようです」
列車の中で芙蓉からホットラインが入ったらしい。
「芙蓉情報だね? 恐らく艦隊は石炭不足なんだろうね。きっと燃費を抑えて行動しているのさ」
もしそうなら、艦隊をインド辺りで追い越せるはずだ。
「お兄さま、ただ追い越すだけでおしまいですか?」
「どういうことだい?」
「使鬼の娘たちもパリで暴れそこなって、列車に乗ってからこっちウルサイんですよ」
それは、つまり?
「ひと当てしませんか? 世界最強のオロシヤ艦隊を相手に」
やるのはかまわない。見知らぬ土地だからこそ、我々はマークされることなく艦隊を攻撃できるだろう。
だがしかし、どうやって?
「お兄さま? 天宮緋影は祝福を与える巫女。つまり裏を返せば、呪いを与えることができる巫女です」
「やあやあひ~ちゃん、私たち使鬼が呪いの象徴だなんて、お姉さん落ち込んじゃうなぁ」
「芙蓉、あくまで例えです。バルチック艦隊を叩くのはオロシヤ人からすれば呪いでしょうが、ヤワラギ帝国から見れば祝福でしかないのですから」
「では緋影さま、この白銀輝夜。存分に働いても………よろしいのですな?」
「もちろんです、輝夜。ですが輝夜の刀で人死にを出すことはなりません。そこまで輝夜が命の責任を負うことはありません」
「ですが緋影さま、敵兵ですぞ?」
「輝夜? 今生の兵は、徴慕の兵です。戦さが終われば国へ帰り畑を耕し、老いた父母を手伝い妻子を食べさせなければならない普通人なのです。無益な殺生は、なりません」
御意、と輝夜は頭を下げた。
「咲夜は戦闘には参加しないのか?」
「あんねぇ、戦さに駆り出された緋影が、心を痛めとらんと思ってんの、アンタ?」
咲夜が言うには、派手な荒事が終わってからが、咲夜の仕事らしい。
ならば、瑠璃は?
「………………………………」
「瑠璃、何か言いなさい?」
「………私の出番は………海の上」
それって? どゆこと?
相変わらず、瑠璃の言葉には謎が多い。




