討伐
白い闇だ、霧の中という奴は。
襲撃される我がヤワラギ輸送船団も大変だろうが、襲撃する側のウラジオ艦隊にとってもこの霧は、まったくありがたいものではないだろう。
駆逐艦西月は単艦。
座礁にさえ気をつければ、右に左にと自在に進路をとれる。
しかし艦隊となれば話は別だ。
仲間同士で衝突、あるいは誤射がある。これではウラジオ艦隊だけでなく、第二艦隊も身動きがとれない。
司令官の苦労がうかがわれる、というものだ。
「本当に何も見えませんねぇ」
潮風に黒髪をなびかせながら、緋影が呟く。
「おかげで第二艦隊司令は、ウラジオ艦隊を逃してばかり。国民の批難が集まっとります」
艦長も苦い顔だ。
「お兄さま、司令官さんが手柄を立てるには、どのような条件がよろしいでしょうか?」
ちらりと艦長を見た。
どうぞ御意見を、と目でうながされた。
では失礼してと、頭をさげる。
このジンセンで、俺は民間人ということになっているからだ。
「そうだねぇ、まずはこの霧だ。こいつに晴れてもらわないと困るな」
「でも霧が無いと、ウラジオさんは近づいてこないのでは?」
それもそうだ。
まったくの天気晴朗では、ウラジオ艦隊が寄って来なくなる。
「艦長さん、輸送船団はいつも、どの辺りで襲われるんですか?」
この辺りと、艦長は海図を指差した。
「ではその辺りまで、お船をまわしてください」
オロシヤ海軍極東艦隊副司令官クビレッチ・シリスキーは、ウラジオ艦隊を率いていた。
これは参謀長の発案で、二手に分かれることでヤワラギ海軍を翻弄するためであった。
司令官カイオツ・パイデビッチは、リョジュン港の中。初手こそヤワラギ海軍に撃退されたものの、港から出なければ高地に築いた要塞が艦隊を守ってくれるので、バルチック艦隊の到着まで待機しているつもりだ。
そしてクビレッチは、闘志旺盛な男。
ヤワラギ海の霧を利用して、今日も敵の輸送船団を襲撃するつもりだ。
「副司令官、間もなくヤワラギ輸送船団を、有効射程にとらえます」
「うむ………艦長、本隊の司令官はこちらがあまりに活躍するので、ヤキモチを焼いたりはしていないかね?」
クビレッチの言葉に、艦長は笑い声をもらす。
「私ならばヤキモチを焼いてしまいますが、司令官は人物が大きいですからねぇ。バルチック艦隊の到着まで、牙と爪を研いでいるのでしょう」
「そうなるとアレだな、決戦の場は司令官を立てないといかんな」
「まったくです。そうしないと司令官も、副司令に負けず劣らずの猛将ですから、後がこわいですよ」
戯れ言は、これでおしまい。射撃地点まで到着したからだ。
が。
クビレッチは目を疑った。
霧が晴れているのだ。
いや、霧が晴れたというより、そこだけ霧が存在していないのだ。
しかも。
「一時方向、敵艦隊!」
「なにっ! 距離はっ?」
距離の返事よりはやく、敵艦隊の発射煙を確認した。
「取り舵一杯!」
船が左に向きはじめた時、初弾が降り注いだ。
「損害はっ?」
「一等巡洋艦二隻、被弾っ! 二等巡洋艦ならびに駆逐艦多数損傷っ!」
「距離、五一〇〇!」
今になって距離の報告が届いた。
「反撃よりも回頭だ! 急がせろ!」
距離五一〇〇メートルなど、軍艦にとっては目と鼻の先。
しかもこちらは不意討ちされたような形だ。
戦うには、あまりに分が悪すぎる。
クビレッチは逃走を試みた。
しかし。
「右舷に魚雷接近! かわせません!」
「固定物につかまれ! 衝撃、来るぞ! 応急班、まかせたぞ!」
右から魚雷が一発! そして二発! 船が大きく揺れる。
「誰も海に落ちとらんかーーっ!」
「全員健在です!」
「他の船はどうした!」
「傾斜したもの、多数!」
クビレッチは双眼鏡をのぞく。
ウラジオ艦隊は右に左に、前に後ろに傾いている船ばかりだった。
「………おのれっ!」
そこへふたたび、砲弾が雨アラレ。傷ついた艦隊にとどめを刺しにくる。
「リョジュン本隊へ無電。ウラジオ艦隊は敵に発見され、猛攻を受けている。されど………援護は無用!」
リョジュン艦隊は港から出すわけにいかない。仇は討つなと、本文をしめくくった。
クビレッチの巡洋艦も、傾斜を止められない。
脱出用ボートの準備を命じたが、しかし………。
敵の砲撃は、激しさを増した。もう脱出すらできないかもしれない。
船体が軋みをあげる。艦内で火災がおきたのか、あちこちから煙が立っている。
舵損傷の報が入った。
浸水も止まらない。
「間もなく本艦は、沈没します!」
おのれっ、と罵るのは簡単だ。
天に祈ることも、容易であろう。
しかしクビレッチは、何故ヤワラギの艦隊に先手を許したかに、ついて考えていた。
ここで待ち伏せしていたのは分かる。いつもは逆にクビレッチたちが、ヤワラギ輸送船団を待ち伏せしたポイントだからだ。
しかし何故、この場所だけが晴れていた?
偶然にしては、ヤワラギの攻撃がはやすぎた。
何かある。
とまでは考えが進んだが、すでに船は大爆発をおこしていた。
第二艦隊が憎きウラジオ艦隊を討ち取った。
この一報はジンセンにもすみやかに届く。
「第二艦隊はついにやったな、少尉」
今西大尉は酒を担いで、わざわざ祝いに来てくれた。陸軍が海軍を戦果を祝ってくれるなど、そうあることではない。
「ありがとうございます、大尉。緋影も少しはお国の役に立てたようで、自分もひと安心です」
「ジンセンの陸軍でも評判だそ。なにしろ彼女が祝福した艦隊が、ジンセン突入とウラジオ艦隊討伐で、大活躍したとな」
「いや、まだまだですよ。仕事はいくらでもあります」
「そのいくらでもの中に、上陸してくる兵を祝福するというのがあるが、忘れてはいまいね」
「もちろん、それがまず最大の大仕事です」




