第二艦隊
各地からこの港町ジンセンへ、ヤワラギ陸軍が続々上陸してきた。
毎日毎日、午前と午後。決まった時刻にあがってくる。
だが時には、味方の輸送船が到着しないことがあった。
オロシヤ極東艦隊のうち、ウラジオ駐留艦隊だ。
彼らは折からの濃霧に紛れ、ヤワラギ輸送船団に襲いかかってきたのだ。
そのようなことが可能なのか。
可能なのだ。
大体にして曇天の海上に、目印など存在しない。ならば霧の中でも、お互いが衝突さえしなければ、充分に行動可能なのだ。
そして我がヤワラギ海軍は、病的に几帳面で律儀である。
沈められようが襲われようが、決められた進路を決められた時刻に通過する。それこそがヤワラギ帝国海軍なのである。むしろ待ち伏せされているからと言って、進路を変更する軟弱者は存在しないと断言して良い。
敵が輸送船団を襲ってくるならば、かかって来るがいい!
鼻息荒くヨコスカの第二艦隊を配置して、ウラジオ艦隊の撃滅に当てた。連合艦隊の財布も、キビシイというのにだ。
「ここで見栄を張らんかったら、戦う前から敵にナメられっぞ、大矢っ!」
士官学校の同期なら、口角泡をとばしながら、第二艦隊出撃を意義を説くだろう。
もちろんウラジオ艦隊を撃滅は、リョジュン艦隊の撃滅に等しく、重要な任務だ。だがそれ以前に、輸送船団の進路を変えたら、より簡単に事が運ぶような気がする。
もちろんそんなことを口にすれば、臆病者のそしりを受けるだろう。
たしか同期の山本が言っていた。
「狂人には何を言っても無駄だ」
そうだ、戦さは軍人を狂わせる。
とてもではないが常識人では、通常会話もままならない。
そして戦さにおいては、頭のネジをブッ飛ばさなければ、恐怖が発狂してしまうだろう。
例えば君が艦船に乗り組み、合戦準備の号令がかかったとしよう。
そうなると君は戦意旺盛に、艦橋へ駆け上がることを夢想するに違いない。
だが実際には、水兵を大半が船底にもぐり込み、外の状況も知らぬまま過ごすのだ。
なんのため?
船が砲撃雷撃を受けた時、その穴をふさぐためだ。
つまり、船員の半分以上は目隠しされた状態で戦場に放り込まれ、いきなりの爆発に見舞われた上で、今度は敵ではなく大量の海水と戦う羽目になるのだ。
素晴らしきかな海軍!
船が速度を保って戦い続けるも、沈没の憂き目に逢うも、すべて諸君の奮励努力にかかっているのだ。
例え君に指示を飛ばす鬼の軍曹どのが四肢微塵になっていようとも、生き残りが君一人で片腕を失っていようとも、この船が沈むか沈まぬかは、右も左もわからぬ君一人にかかっているのだ。
こんな恐怖が、戦場では待っている。
まともな神経ではいられないだろう。
しかしもうちょっと、こう………どうにかならんかねぇ?
「お兄さま、第二艦隊は今日もウラジオ艦隊をとらえられなかったようですね」
「言うな妹よ、俺もつらい」
夕食の席、ごはんをよそってくれながら、緋影は言った。
「いえ、お兄さま。責めてるのではありません。もしかしたら、私が第二艦隊をあらためて祝福したら、と思いまして」
緋影は緋影で、思いを決しているようだ。
茶碗によそったごはんが、みるみる高くそびえてゆく。
「お兄さま、第二艦隊の司令官さんの無念を晴らすためにも、なんとかならないでしょうか?」
「うん、まずはごはんをもらえるかな?」
緋影が第二艦隊の祈祷におもむくことに、俺は賛成しかねた。
この雪辱は第二艦隊司令御自ら注がねばならない。
聞いたところによると第二艦隊司令は度重なる失態により、いまやオロシヤ側の人間なのではないか? と疑われるまでに評判が落ちていた。
その名誉と信頼を回復するのは、やはり司令官御自身だ。
「巫女が祈ってくれたから、ウラジオ艦隊を討ち取れた」
などと言われてはいけないのだ。
まあ、さきほどまでは「海軍に、もう少し柔軟性があればいいのに」、とか言っておきながら、俺も効率を度外視した発言をしているのだが。
実利よりも名誉や家名などを重んじたが故に、我が国はサムライという連中に支配され、発展が滞った。
御維新あとは名誉や家名などよりも、実利を重んじることにより、我が国は未曾有の発展を遂げている。
俺などは明示時代の人間。サムライの時代など知らない人間だ。
それなのに効率よりも、第二艦隊司令官の名誉に配慮してしまっている。
御維新より久しく、いまや髷や二本差しを知る者も絶えている、というのにだ。
とりあえず話を、第二艦隊に戻す。
やはり俺たちにできることは無い。
が、ドアがノックされた。
入ってきたのは、海軍少佐。
「駆逐艦西月艦長の、五代だが。君たちがヨコハマ学校の人間か?」
「はい! 海軍少尉、大矢健治郎と、民間人天宮緋影です!」
うむとうなずいて、五代少佐は緋影と向き合った。
「申し訳ありません、天宮さん。ひとつ仕事を頼めますかな?」
「どのようなものでしょうか?」
少佐は柔らかに微笑んだ。
「オロシヤ艦隊との決戦場になる、このヤワラギ海を、祝福してもらいたいのだが」




