敵影見ユ
翌日、緋影とともに陸軍上陸部隊を運ぶ、輸送船に乗り込む。乗船中ならびに上陸後の世話人として、陸軍の今西大尉があてがわれた。
「まあ海の上で船の中で、専門家にこんなことを言うのも何だが、俺が君たちの案内人だ。困ったことがあったら、なんでも言ってくれ」
「ありがとうございます」
将兵ひとしく、船底のような船倉に押し込められていたが、俺たちは窓のある船室をあてがわれた。
「総員乗船次第、出港予定だ。出港したら領海ギリギリで待機。開戦の報告を待つ。開戦ならびに出撃の命令あり次第、半島のジンセン港へ舵をとり上陸。そこを第一の拠点とする」
そのジンセンでサセボからの上陸兵を待ち、祈祷をするというものらしい。
「しかしそう簡単にいきますかね? オロシヤの第二極東艦隊が、リョジュン港に停泊している。だけじゃない、ウラジオには第一極東艦隊がいる。奴等もまた、黙っている訳が無い」
今西大尉は笑った。
「それは海軍さんの仕事だ。陸軍の俺が語っては、釈迦に説法よ」
それもそうだと、俺は笑った。
そしてマイヅル艦隊は、リョジュン艦隊かウラジオ艦隊。どちらかだけなら、充分に闘える規模だと思っている。
そして俺のところには、極東艦隊が合流したなどという情報は入っていなかった。
だから大尉に答える。
「リョジュンあたりからノコノコ出て来ても、充分な働きはできるかと」
「ノコノコ出て来るのではなく、待ち伏せしているのではないかな?」
「ならばすでに、領海ギリギリまで出て来ているかもしれませんね。道中でひと戦さだ」
大尉は考え込んだ。
「………少尉、それはあり得る話なのかな? だとすれば、ウチの連隊だけでも甲板に並べておきたいのだが」
「判断はしかねますね」
俺は答えた。
「こちらの動きを予想しているなら、そのような行動をむこうは執ってくるでしょう。だが俺にはそのような話が、入って来ていない」
大尉の申し出は嬉しいが、大尉は一体なにを専攻しているのか?
歩兵ならば話にならない。
小銃を甲板に並べたところで、敵の艦には弾が届かない。
大砲ならばもっと厄介だ。
軽砲重砲どちらであろうと、甲板にズラリと並べられてはトップヘビー………つまり船が不安定になってしまう。
重砲ならばトップヘビーだけで済むかもしれない。
だが軽砲だと、敵の艦に届かない可能性がある。
つまりぶっちゃけた話、海では陸兵など役に立たないということだ。
だから陸軍のプライドを傷つけないように言った。
「もしも合戦となっても、精強マイヅル艦隊がいます。陸のみなさんは上陸してからが仕事。………少しは海軍の見せ場も、作らせてください」
大尉はまたも笑う。
「そうだな、この輸送船は文字通りの大船だ。安心して乗せてもらうよ」
そして出港用意の号令がかかる。
船のエンジンは轟き、ゆっくりと船脚を増してゆく。
出港ラッパが盛大に響いた。これが合戦ならば、行進曲「軍艦」で見送られるところだ。
「それじゃあ俺は向かいの部屋にいる。なにかあったら、遠慮なく呼んでくれ」
今西大尉は出ていった。
船はゆく、大海原を。
数多の兵を載せ、我が国の平和と独立を守るために。
一〇〇年養われた兵たちに、その意義を示させるために。
昼前。
領海の際まで到着。
本当に停まると潮に流されて、領海侵犯してしまうので、その辺りをグルグルと。
そして昼食を済ませ、食休みをとっているところで、今西大尉が入ってきた。
「オロシヤとの交渉が決裂した。政府は宣戦を布告したぞ」
知っていた。
窓の外に見える太陽は、さっきから一方向に決まっていたのだ。つまり船はすでに、目的地へ進路を定めていたのだ。
「お兄さま、艦隊に警告です!」
何があった?
問うよりはやく、女学生姿の緋影は船室を飛び出している。
「お兄さま、艦隊が見えるのはどこですか!」
「高い場所だ! 表に出よう!」
緋影を追い抜いて、手を引く。タラップをかけあがり、ハッチを開く。エンジンの音と波の音が、直接耳に飛び込んだ。
「こっちだ!」
露天艦橋、つまり屋根も窓ガラスもない、吹きっさらしの艦橋に出た。
「何事だ!」
航海士にどやされるが、それどころではない。輸送隊司令に直談判する。
「天宮緋影が異変を感じ取りました!」
「なにっ?」
普通ならばこんな説明で、話など聞いてはもらえない。
しかし。
「ひ~ちゃん、こっちだよ!」
芙蓉が一〇時方向を指差している。
「あれです!」
緋影も指差した。
司令、艦長、航海長が双眼鏡を覗き込む。
肉眼ではまったく見えないのだが、「ううっ!」と艦長が唸る。
「一〇時方向、敵と思われる艦隊!」
「気を付け」
司令官は静かに指示した。
艦長は「気を付け」の号令を出す。
ラッパが鳴った。信号旗が掲げられる。無電も打たれた。
「護衛艦隊旗艦より入電! すみやかに艦隊より離脱すべし!」
通信員の伝令に、面舵の指示がなされた。
逆にマイヅル艦隊は護衛の駆逐艦を残し、オロシヤ艦隊へと舵を切った。
ふたたび信号旗があがった。
「健闘ヲ祈ル」
マイヅル艦隊から返答があったらしい。
「吉報ヲ待テ」
とあったそうだ。




