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こんとん大戦  作者: 寿
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くだり芸


「海軍さんというのも、存外暇なものなんだねぇ」

「なにかね、君は。失礼じゃないのかな?」

 客室から出てきたその男は、明確に酔っていた。

 つまり、すでに出来上がっている若い男などに、そのようなことを言われる筋合いは無い。

 そのように言うと男は、「僕は民間人ですからね。税金で食べている貴方がたとは、訳がちがう」と来た。

「貴方がたは我々から搾り取るだけ搾り取り、やれ軍艦だ大砲だと、血税を好き放題に使っている。その上若い娘さん二人の手をとって、おイセ参りよろしくかね。いや結構結構」

 正直言って、腹が立つ。これで腹を立てないほど、俺は人間ができていない。

 だが、議論をしてはダメだ。この手の文学青年たちは、体は使わないくせに口だけは達者という奴だ。

 事実、先ほどから咲夜はいきり立ってウルサイし、輝夜は輝夜でいまにも腰の物に手をかけんばかりに殺気立っている。

 このような手合いに対して、とるべき手段はただひとつ。

「おや、世の在り方に御不満な御様子ですな」

「不満も不満! 大いに不満だとも! 大体にして僕は、軍隊とか兵隊なんてものが、大嫌いなんだ!」

「年若くともなにやら御意見がありそうですなぁ。どれ、ひとつうかがってもよろしいでしょうか? なに、御高説をたまわるのにタダでとは申しません。一献酌み交わしつつなら、舌の回りもよろしいでしょう」

 そう、この手の輩は語らせるに限るのだ。衝突する必要など無い。黙って話を聞いているフリだけしながら、ただただ酒を飲んでいればいい。

 酒の旨さに変わりがある訳でなし。酒に罪がある訳でなし。

 生兵法の議論で火傷する必要など、どこにも無いのだ。

 相手の土俵で、この俺が議論をする必要など、どこにも無い。

「おや、兵隊の中にも話のわかる人間がいるんだね? よかろう、この僕が軍というものの罪悪を明らかにし、君でさえ辞表を明日にでも出したくなるよう、啓蒙してあげようじゃないか」

 ふむ、酒に目が無い。というか、酒にだらしない男のようだ。

 これなら色々と訊けそうである。

 とりあえず酒をどんどん運ばせる。

 そして料理は、少し離して座らせた緋影と出雲鏡花の前に集めた。

 こいつにイセ海老を食わせるほど、俺もお人好しではない。

「まあまあ、どうぞまずは一献」

「いや悪いねぇ、本当に。それにしてもよく君のような軍人が、僕のような人間の話に耳を傾けてくれる気になったね」

「俺も貧乏な農村の出だからね。貧しい者のために奮戦する方々の話は、なにかとタメになる」

「そう! 我々は常に貧しき者のために戦っているのだ!」

 では富める者を蔑ろにすれば、世の中はどうなる?

 経済は安定を欠き、貧しき者はより貧しくなるだろう。

 そうなった時にこの男、責任をとるつもりはあるのだろうか?

「現政権は我々から血肉とも言える金銭を、税と称して搾り取り………」

 血肉とも言える金銭で、君は酒を飲んでいるのか。そうかそうか。

「その血肉で軍艦や大砲を買い漁っている! これは遺憾! 断じて遺憾! 政権はただちに軍備増強をやめ、貧しき者の救済をはかるべきである!」

 まず、軍艦や大砲を買い漁っているのは、オロシヤがこちらに大砲の照準を合わせているからだ。それに対応しての軍備増強なのだが、この男は大砲を向けられていることを知っているのだろうか?

 そしてこの男、具体的な案もなく、ただただ現政権を批判しているだけたのだ。

 外敵の脅威を退け、なおかつ国民の不満を解消し、なおかつより良くなる政策。

 それが今、俺の訊きたい事案なのだ。

「クリストはかく語りき! 右の頬を打たれれば、左の頬を差し出すぼし! 先のシン国との戦さでマンシュウを得たのが、すべての災いの始まりなのだ! 此の地をオロシヤに差し出せば、たちどころに国難を排除できよう!」

 緋影と出雲鏡花に命じて、奥の間に移動させる。

 シン国との戦さで得たマンシュウは、同朋の流したおびただしい血で得たものだ。

 君に人の心が、あるのか否か?

 そしてついでに言うならば、君が信条としているであろう、クリストの教えを信仰しているオロシヤが、今まさに大砲外交を我が国に仕掛けているのだが。

「オロシヤと和合せよ!」

 それができたら苦労はしない。

「互いに胸襟を開き、話し合う努力が必要だ!」

 そんな段階はすでに過ぎている。だから軍艦を揃えているのだ。

「より優秀な者が国の舵をとり、国を理想郷へと導くのだ!」

 より優秀な者が国の舵をとる方策は、すでにとっている。お前がめぐまれないのは酒ばかり飲みくさり、怠惰な生活を送っているからだ。

 そんなお前が理想郷とする世界。

 それはお前が君臨する、無責任な世界なんだよな?

「国家はオロシヤの優れた政策を学ぶべきだ! オロシヤに頭を垂れよ!」

 オロシヤの政策は現行ヤワラギの方針とは、まったく別のものだ。つまりこの男、国家反逆者とすることができる。

「しかし先生、私は新参です。先生を後押しする方々のことを、今すこしくわしく………」

 男はしたり顔で、バックの人物、結社のことを教えてくれた。

「では先生の名刺を、いただきたいと思うのですが」

 受け取った名刺には、島津治とあった。

「失礼します、ちょっとお手洗いに」

 俺は中座した。

 中座するとき、緋影と出雲鏡花に、「非道なことをされそうになったら………輝夜を出せ。容赦するな」と申しつける。

 俺は階段を降りる。

「女将! 女将!」

 呼びつけてペンを借りる。名刺の裏に、「この者、反ヤワラギ勢力の〇〇と××に交友有り。海軍少尉大矢健治郎。在・∞∞旅館」と走り書きした。

「こいつを近くの憲兵隊か特高に!」

「わかりました」

 気丈に女将は答えて、奥の番頭を遣いにやる。

 そして俺は、なに食わぬ顔で部屋に戻った。

 すると島津が、出雲鏡花ににじり寄っている最中だった。

「島津先生、もう少し私に、新しい知識を授けていただきたいのですが」

「大矢君、今夜の講義は終いだ! 無礼講といこう!」

 誰がそんなことを決めた?

 単純にお前一人の欲望だろうが?

 グッと身を乗り出した島津に、合気道の当て身。

 驚くなかれ、実は合気道の七割は、当て身技術なのだ。

 昏倒した島津を浴衣の帯で締め上げると、店先で蹄が鳴った。

 階段を鳴らす軍靴の音。

 そして襖が、乱暴に開かれる。

「憲兵隊だ! 反ヤワラギ勢力島津治! 国家反逆罪ならびに、人民扇動の罪で現行犯逮捕する!」

 しかしそこには、気を失い縛り上げられた憐れな姿が。

「………………………………」

 さすがの憲兵隊も、口をあんぐり開けていた。

「御足労ですが憲兵さん、その男をさっさと引き取ってください」

 そう言って、俺は本日一口目の海老にかぶりついた。

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