すけべ男との遭遇
拳闘試合のセコンドのように、緋影の背中を押して励ます。
「移動の汽車の中では、天むすだ、がんばれ」
「はい! おまかせください、お兄さま!」
緋影は将兵居並ぶ運動場の、特設された壇にのぼる。
緋影は祝詞をあげはじめた。
それはもう、以前の二日酔いとはまったくの別物。素人目に見ても、完璧な巫女の姿であった。
「やるねぇ、大矢くん」
芙蓉だ。
もちろん念話である。
「何がだい、芙蓉?」
こちらも念話で返す。
「出撃前のたった一言だよ。それも美味しい物が御褒美で待っているって言われたら、ひ~ちゃんも俄然張り切るからねぇ。士気はうなぎ登りだよ」
「普通のことじゃないか?」
「それを普通にこなすあたり、大矢くんもひ~ちゃんの扱いになれてきた証拠さ」
ひ~ちゃんの扱いって………。
相変わらず芙蓉は、主である緋影を何だと思っているやら。
しかしその霊験が確かなものであるというのは、集まり始めた精霊たちを見ればわかる。
駆逐艦を祝福した時と同じ。
陸兵、中隊長、連隊長の制服を着た娘たちが集まり、緋影の祝詞に聞き惚れている。
そして剣の舞いを披露した時などは、神々も万雷の拍手である。
そして何より、実際に居並ぶ将兵たちの顔も、輝いているではないか。
士気が上がっているのは、緋影や神々だけではない。
これから先、血風惨河を押し渡らねばならぬ将兵たちも、また同じなのだ。
壇から降りた緋影は、重砲軽砲とともに並ぶ、砲兵たちのもとへ足を運ぶ。
そこでも同様に、祝詞と舞いを神々に献上した。
「見てみんさい、健治郎」
咲夜が指差す。
けど、仲間と認めたら、お前急にファーストネームで呼ぶのな?
「おかしなことに感心しとらんで、ホラ、あれよアレ」
どれどれ? ………って、ほほぅ。大砲の祝福に、歩兵の神さまたちもついてきて、一緒に祝詞を聞いてるぞ。
「いわゆる『あんこ~る』という奴じゃね。これはナゴヤ陸軍、殊勲間違いなしじゃよ」
それならば、遠路はるばるナゴヤまで来た甲斐がある、というものだ。
ナゴヤ計画は成功し、天むすを抱えながら汽車に乗る。
窓側には緋影と出雲鏡花。そして通路側には、俺と忍者が差し向かい。
………って、忍者?
お前ナニ当たり前の顔して、列車に乗り込んでんのよ?
つーか天むす食ってるし!
「結構なお味ですわね、緋影さま」
「本当ですね。名物に美味いものナシだなんて、誰が言ったものやら」
「………………………………」
無言で天むす貪り食ってるぞ、この忍者。
ってか飯を食う時くらい、覆面外せよな!
「兵たり者、兵糧の醜美を語るべからずと申すが、しかしこれは美味なるものだな」
「いやいや輝夜、兵糧の醜美を語っちゃダメだけど、普段の食事はおいしくてもかまわないんじゃないかな?」
「ほうじゃほうじゃ、アンタが美食を我慢したら、アタシも美味しい物食べれないけぇ。遠慮はいらんのよ、輝夜」
こいつらはこいらで、また天むす食ってるみたいだし。
あぁ、そうそう。
馬車の時と同様、箱物の中ではこいつら、姿を消している。
そうでないと、狭い空間がやっぱりミッシリになるから。
「鏡花、この後の予定は? モグモグ」
「はい、イセ湾に停泊中の艦隊を祝福するために、まずは赤福でアップ。仕事が終わりましたら、宿で大型のエビ三昧ですわ」
「やる気が出ますね」
「士気が高まりますわ」
二人の話は、やはり食べることになる。
それはもうすでに標準装備とも言えるので、いまさら気にはしないのだが。
しかし、排天宮勢力なるものが存在したのは驚きだった。
もちろん俺自身、国家総力一丸となって対オロシヤ、などとは夢にも思っていなかった。
だがそれは、「戦さは国民にとって負担にしかならないから、乗り気でない者もいるだろう」、程度のものでしかなかった。
それが現実はどうだ?
己の欲のためにしか動かない人間。
己の欲のために、愚策を選ぼうという人間。
そんな輩までいるのだ。
我が国は四方を海に囲まれた、資源のとぼしい小さな島国。
その平和と独立を叶えるには、個人のたゆまぬ努力と集団の団結が必要だというのに。
己一人が良ければそれで良いなどと考えるとは………なんともはや、情けない。
いつからこの国はそうなった。
かつては腰二本を差し、主君のためとあらば死さえ厭わなかったというのに!
………もっとも、サムライなどという職業戦士など、全体の極一部。というか、ぶっちゃけひとつまみしかいなかったのだ。
我が国の国民性をサムライに求めるな、というのは士官学校の教え。
我々の大半は、サムライではなく農民の末裔なのだ。
無謀とも言える蛮勇は、厳に慎まなければならない、と教わっている。
要約すると、どういうことか?
そういう人間は現実にいるんだから、俺が怒っても仕方ないということだ。
俺の任務は、まず緋影にやる気を出させること。そして忍者や戦鬼護鬼ほどではないにしても、緋影の護衛である。
世を論じ憤ることではない。
間違えてはいけないのだ。
イセでは戦艦イシカリをはじめとした、海軍艦艇を祝福。こちらも神々の士気が上がること大なり、という結果を出すことができた。
そして、宿に入った時だった。
青白い顔をした好色そうな客に出くわしたのだ。
「おや、海軍の軍人さんが年若い娘さんを二人も連れて、おイセ参りかい?」
客は若い男で和装。見るからに文学者か芝居の劇作家、という崩れた雰囲気をたれ流していた。




