ズンダ餅を求めて
晩酌の席、中将は上機嫌であった。
「健治郎、戦鬼と護鬼を懐柔したそうだな」
「えぇ、まだ代表的な二人だけですが、緋影のそばにいることを許されました」
「二人だけでも上等上等。海軍部内でも緋影の能力には、疑問視する声があるからな。戦鬼と護鬼に気に入られたことは、非常に大きい。デカしたぞ、健治郎」
しかし、手放しで喜んでもいられない。
緋影の祝福はまだ前進しておらず、行動予定すら立っていない。
ただただあちこちから、要請の電報が届くばかりなのだ。
「まあ、近場のヨコスカから攻めるのがスジなんだがな」
行動予定すら立っていないのには、理由がある。例えば遠い地方まで出向き、そこに主力の船がいないとなっては、話にならない。
つまり、主力艦の日程を調整しなければならないのだ。
「お父様、お船の都合を調整するのは、時間がかかるかと思います。不本意かもしれませんが、ここは陸軍の祝福から手をつけてはいかがでしょう?」
「うむ、確かに海軍としては不本意な選択だがな……」
緋影の鼻の穴が、プックリとふくらんでいる。
必要以上に入れ込んでいる証拠だ。
その入れ込みの理由は何か?
緋影の袴の腰板に、折り込んだ紙切れが挟まっていた。
緋影に気付かれぬよう、そっと抜き取る。
開いてみた。
『仙台名物 ズンダ餅
宇都宮名物 餃子とシモツカレ
秩父名物 わらじトンカツ
名古屋名物 天むす
ですわ/はあと
by 貴女の鏡花』
どこもかしこも、海とは無縁な地域だ。名古屋以外は。
そうか。
緋影が陸軍祝福を押しているのは、その地域のグルメを堪能したいがためなのだな?
そして緋影の煩悩を後押ししているのが、あの出雲鏡花である。
ヤツなら命懸けで、緋影の望みをかなえようとするだろう。
だから言う。
「お父さん、陸軍詣りは俺も推したいと思います」
「健治郎、お前もか」
「はい、ですが条件がありますね」
「言ってみろ」
「我々ヨコハマ学校は新設部隊。変な動きをすれば海軍部内のみならず、陸軍からも白い目を向けられるでしょう」
「それはあり得るな」
「ならば俺と緋影の行脚は、到着後すみやかに任務をこなし、それをクリアしたらとんぼ返りをするのが妥当かと」
「え?」
緋影がうろたえた。
しかし俺は話をさらに進める。
「いや、とんぼ返りでは手ぬるいですね。一日のうちに二ヶ所は回りたいところです。そこまですれば部内の口うるさい連中も、納得せざるを得ないでしょう」
がぼ~~んという音が聞こえてきた。
緋影の心の音だ。
絶望を表しているのだろう。
グルメ旅行を期待していたのに、お仕事三昧。
そりゃあ絶望のどん底に落ちるのも仕方ないことだ。
が、しかし。
「大丈夫なのか健治郎、無理な日程は緋影がマイるだろう?」
「御心配にはおよびません。朝イチバンで出発すれば、一ヶ所目の到着は午前中。仕事をこなして現地で昼を摂り、二ヶ所目へ移動。そこで祝福が済んだら、夕食を摂り帰還という行程です」
え? という感じで緋影の顔が輝いた。
そう、グルメ旅行は一日一ヶ所などではない。
二ヶ所を巡るのだ!
「しかもお父さん! 前夜出発の一泊予定ならば、夕食でグルメをもう一品追加できるという、素晴らしい計画も立てられます!」
「バカモン! お前たちは物見遊山で出かけるんじゃないんだぞ! ………と、怒鳴りたいところだが、緋影のヤル気が軍の成果を左右するのだから」
中将も緋影の顔を見た。
キラキラ輝いているというより、もはや発光している。
中将は頭をかいた。
「………仕方ないよなぁ」
俺は列車の時刻表を手にした。
そして鏡花の走り書きを広げる。
走り書きを見た緋影は、あっという顔をしたが、俺の意図を察したようだ。ニッコリと微笑む。
「緋影、まずは何を食べたい!」
「宇都宮の餃子と、仙台のズンダ餅です!」
「お父さん、次の土日はその二ヶ所を成敗して来ます!」
さあ、緋影のきらきらグルメ旅行、出発だ!




