黒髪の呪術師
港に入ると、若い少尉が出迎えてくれた。
「海軍少尉、大矢健治郎どのでしょうか!」
「海軍少尉大矢健治郎、ほか三名。ヨコハマ寄港中の艦隊を祝福するため、民間人天宮緋影さまを引率してまいりました」
「自分が先導します! こちらへどうぞ!」
そう言って少尉は笑った。俺も笑う。
少尉は、同期の堺光弘だったからだ。
「どうにも貴様が相手だと、しまらないな!」
「お互い様だ。堺は水雷が専攻だったな?」
「おう、車引き………駆逐艦が専門よ! 貴様はどうしてる?」
「学校にブチ込まれとるよ。毎日事務仕事でな、たまに潮風が恋しくなるぜ!」
「いつでも大歓迎だ! 古参のこびりついたような上等兵どのや軍曹どのが、ケツバット磨いて待ってるぞ!」
堺は哄笑する。
「しかし大矢、こちらでは貴様と天宮緋影さま。それに出雲鏡花さまの引率と聞いとったが、もうお一方はどちらさまじゃい?」
俺は人差し指を口の前に立てた。
「堺、首を飛ばされたくなかったら、声を絞れ」
陸軍もそうだが、海軍も負けじと声がデカイ。
陸さんは砲声銃声の中で、自分の意思を伝えなくてはならない。
海軍は海軍で、海の上で声を届かせなければならない。
そしてどちらも、大元気というものを重要視する。
まったく馬鹿げていると思われるだろうが、陸も海も、そんな理由で地声が馬鹿デカイ。
その声を絞らせた。
俺も耳打ちのために、声を絞る。
「いいか、堺。こちらのデカブツ………もとい。紳士は、こちらの出雲鏡花さま以上の貴賓であらせられるぞ」
「………つまり、御上?」
御上とは、皇のことだ。
俺は首を横に振る。
「ちがう、しかし当たらずとも遠からずだ。そしてこれは最重要項目なのだが………」
「おう!」
俺たちの顔は引き締まり、とてもシリアスな表情だった。
「すべての兵員に伝えておけ。来賓の出雲鏡花さまに愁波を送るなかれ。明日の朝日を眺めたくんば。そう伝えろ」
「おう、わかった。………だがな、大矢」
「なんだ?」
「内緒話に円陣はなかろう?」
俺と堺だけの話のつもりだったが、いつの間にか緋影に出雲鏡花、大介の兄妹。さらには忍者まで額を寄せ合っていた。
逆に俺は安心できた。
「かまうことはないぞ、堺。忍者がここにいるってことは、周囲に危険は無い。貴賓の身は安全だ」
「成る程な。で、こちらの忍者はどちらの忍者だ?」
「出雲の手の者だ」
「それを早く言え」
堺は円陣から外れた。
「だったら貴様の護衛より、はるかに安全だろ」
「言いやがったな?」
「とりあえずそこの茶屋で待ってろ。貴様らの到着を、駆逐隊司令に報告してくる」
「いいのかよ、客人放っといて?」
「出雲の忍者が付いてんだ。陸戦隊一〇〇人よりも安全だろ」
堺は背を向けると、さっさといなくなってしまった。
仕方ない、言われた茶屋で待つとする。
「お兄さま?」
「どうした、緋影?」
妹は、すがるような眼差しで見上げてくる。
「茶房で待っているということは、何か注文しなくてはなりませんよね? 私は今日、持ち合わせが………」
「心配いらないよ、緋影。給料は安いが、俺も海軍軍人だ」
持ち合わせはある。
「少尉さん? このような場面では出雲が胸を叩いて、おまかせ下さいませと言うのですわよ?」
出雲鏡花がヨロめきながら、場にしゃしゃり出てきた。
「そして妹に恥をかかせた大矢健治郎。貴様は万死に値する」
「その判断の基準を問うたりはしない。だが俺の生命の危機には、万難を排してでも、その危機を取り除く。………いいな?」
「やるのか?」
「確認するあたりがお坊ちゃんだな。ゴングはもう鳴ってるんプギュル」
なんだ? 首が締まってるぞ? このデカブツの仕業………ではないな。こいつも又、俺と同じように喉元へ指をのばして、苦しみもがいている。
となると?
「ブツクサブツクサ白銀の使者よ今こそ白虎にまたがりて………ブツクサブツクサ………」
緋影があやしい呪文を唱えている。
「お兄さま方? 乙女二人を放っておいて、野蛮な行動を楽しまれるのは、緋影さまがお許しになりませんことよ?」
なるほど、緋影の仕業か。というか、本当に苦しいぞ緋影。そこのデカブツはどうでもいいから、俺の戒めだけでも解いてくれ。
「反省しておられますの?」
「するしてるさせていただいております、だから首をたちけてプリーズ」
へっデカブツめ、早々に泣きを入れよったわ。
このような危機に陥ったときこそ、男の価値が問われるってものさ。
俺はそんな女々しい泣き言はホザかないぜ!
「許して緋影さんあなたサイコー! 足でもなんでも舐めますから!」
どうだ! 男らしく泣き言をホザいてやったぜ!
危うく来世への階段をのぼりかけたが、どうにか緋影の許しを得ることができたようだ。
俺たちは首の戒めを解かれる。
「お兄さま方? ケンカなんてしちゃいけませんよ?」
「俺は反省している」
「マイ・スイート・鏡花、俺も誓うよ。君を嘆かせるようなマネは、二度としないと」
ジャイアント・出雲ロボは妹の手にキスをしていたが、出雲鏡花はまったく信用していないかのように、ジットリとした眼差しを実兄に送りつけていた。
つまり出雲大介という男、この反省の言葉はすでに百万回繰り返している、ということになる。
まったくもって、学習能力の欠落した男だ。
さて茶房。
こちらで一服つけていると、すぐに堺が戻ってきた。
歓待の準備ができているという。
俺たちは席を立つことにした。