緋影さまのお仕事
大国、帝政オロシヤに対し我が国ヤワラギ帝国は、あまりにも小さな島国だ。
その体力差を埋め、なおかつ逆転するために、陸海軍は千恵を絞った。
そのうちのひとつが、天宮緋影だという。
それは何故か? というのが前回までのあらすじ。
「まずは健治郎、戦争の勝敗を左右する力には、何が挙げられる?」
中将は親父の顔に化けていた。
まずは軍事力と、俺も生真面目な若者を装って答える。
「うむ、我が国はその差を、猛訓練で埋めようとしている。他には何がある?」
経済力と答えた。金が無くては戦さにならないからだ。
「なるほど、しかし我が国は大ブルテン帝国と同盟を結び、軍資金を借り受けている。問題は無い」
正しくは、借財を元手に工業を興し、現在黒字街道。軍資金を増やしながら、少しずつ借金を返している。
他にはと、中将の問い。
「人的資源があります」
これは経済力にも関係する。人が大勢いれば、それだけ金を生む。そして戦場に、人数を集めることも易しい。
それに対しては、オロシヤ帝国に非協力的な人民を増加させている最中だと、中将は言った。いわゆる革命、反乱分子の蜂起により、オロシヤ帝国はその全力を発揮できない状態にある。
「その他にもさまざまな要素が戦争に関わってくるが、天宮緋影が担当するのは霊的要素だ」
「霊的要素?」
なんじゃそりゃ? というのが本音だ。
すると緋影は、膝をひとつ前に進めた。
「お兄さま、ヤワラギの国においては森羅万象さまざまな物に、神が宿ると申します。天宮一族………こと、天宮緋影を名乗る者は代々、この神に祈りを捧げることに秀でているのです」
ふむふむ。しかしその加持祈祷の能力が、オロシヤ帝国との戦さに何の関係があるというのか?
「神さまも祈りを捧げられ敬われれば、やる気を出してくださいます。ではこのお祈りを、軍艦に捧げれば?」
「軍艦がやる気を出す………って中将、本気ですか?」
戦争するのに神頼み?
いや、そりゃあ必勝祈願くらいはするさ。
だが海軍! 秘密施設までこしらえて、やることがお祈りって、それはどうよ? 俺でなくても疑問に思うぞ、普通。
「信用してないだろ、健治郎?」
「正気の沙汰とは思えません」
「じゃあ、インチキまじない師なんぞに、金の亡者出雲がスポンサーをすると思うか?」
「………………………………」
そこは考え所だ。
出雲財閥といえば、俺たちからすれば、THE守銭奴、プロフェッショナル・ケチ。出るものは舌すら出さないという、ガチガチの金銭崇拝者だ。
そこから考えると、う~むである。
「もうひとつ言うならばだ、神頼みのひとつもしないことには、ヤワラギとオロシヤの差は埋まらないってことさ」
それほどまでに、両国の差は大きい。
それはわかる。
だがしかし神頼み?
他に力を入れる場所はなかったのか、海軍?
「この考えには頭の硬い陸軍も納得してくれてな」
ブルータス、お前もかっ!
「それだけじゃないぞ。なんと、今世の天宮緋影は護鬼をまとっているんだ」
「いま気づいたけど、緋影の名前って本名じゃなくて、世襲した名前なんですね?」
「私の場合、本名になってしまいましたけどね」
まあいい、それよりも護鬼とか言ってたな。なんだそりゃ?
「護鬼なんて言ったら、あの娘たちが図に乗りますので、使い魔とでも考えてくださいな」
なるほど、そんなのがいるのか。それはなにかこう、期待してもいいような。
「で、この使い魔も、やっぱり緋影がやる気にならないと力を発揮しないってことでよ。お前はどうしても、緋影に気に入られなきゃならなかったのさ」
「俺が緋影に気に入られると、護鬼がやる気を出すのはわかりました。ですが緋影は、軍艦にお祈りするのが仕事なんですよね?」
今この場で、護鬼の存在を説明される理由がわからん。
「それだけだと思ってんのか? 案外気楽な頭してんな」
「軍艦にお祈りする海軍よりはマシだと思います」
「さっきも言った通り、オロシヤ相手の大戦さ。我が国は総力挙げての戦いになる。お前と緋影にも、現場へ出向いてもらうぞ」
「なぬっ? 俺はいいとしても、なぬっ? 緋影まで戦場に?」
それは、役に立つのか?
当たり前の疑問が湧くが、中将も当たり前のように答える。
「緋影が役に立つかどうかは、護鬼のやる気にかかっている。そして緋影のやる気にかかっている。つまりお前次第ってことよ」
「ということで、これからもよろしくお願いします。お兄さま♪」
いまの俺の心境を、端的に述べるならば………ohと、この一言に尽きる。