天宮緋影、合格を出す
外から帰ると、親父こと南野中将が待っていた。
嫌な予感しかしないのだが、「ちょっといいか」と言われれば、付き合うしかない。
中将は終始ニヤニヤ。居間に入ると、ちゃぶ台に緋影が着いていた。こちらもニヤニヤしている。
余計に嫌な予感しかしなくなった。
俺もちゃぶ台に着く。
緋影はニコニコと微笑んで言った。
「お兄さま? お兄さまにその気は無くとも、先方ではお兄さまのこと、いたくお気に入りのようですよ?」
先方?
お気に入り?
はて、何のことやら?
「とぼけるなよ、健治郎。緋影から聞いたぞ、出雲のお嬢様がお前にゾッコンだってな」
「なぬっ?」
どういうことだ? あのデコ娘が?
「出雲鏡花といえばお前、深窓の御令嬢。ヤワラギ帝国広しといえど、あれだけのお嬢様はそうそういやしないぞ」
なぜ? どうして? あの出雲鏡花が本当に、俺のことを気に入っているのか?
「あの………それはどこから出た情報なんですか?」
中将に問うと、緋影がふんぞり返った。
さあホメろとでも言いたげな、得意顔である。
「………緋影? キミ発の情報なのかい?」
「ホメてくださってもかまわないんですよ、お兄さま?」
「どうやって仕入れたのかな、その情報?」
「鏡花さん本人からうかがいました!」
あやしい。
忍者を使役して人を殺めることもあり得る出雲鏡花が、俺ごときになびくなどとは、少々考え難い。
まして相手は深窓の御令嬢。士官学校首席とはいえ、少尉風情の俺など視界にすら入っていないはずだ。
「緋影、鏡花さんは俺のことを、なんと言ってたんだい?」
「結ばれるなら、お兄さまのような方が理想的です、と!」
「健治郎さんのことをお慕い申し上げてます、とは言ってないんだね?」
「乙女にそこまで言わせるのはイケズですよ、お兄さま」
中将を見た。
中将もまた、この状況に疑問を抱いたようだ。口をへの字に曲げている。
「緋影、気持ちはうれしいけど、鏡花さんは一般論を述べただけで、俺のことは気にも止めてないんじゃないかな?」
「?」
「世間的にはこの俺、士官学校を首席で卒業したエリート。出世頭だ。自慢じゃないが、結婚相手には悪くないだろう」
「ですよね! それなら………」
まあ待ちなさいと、片手で制する。
「だがそれは、あくまで一般論。出雲家御令嬢、鏡花お嬢様には通じないだろう。彼女にふさわしいのは、名家の御曹司。学力も高く誠実で勤勉。そういう人が似合うと思わないかい?」
「その条件は、そのままお兄さまにもあとはまります!」
「俺は財閥の御曹司なんかじゃないよ」
すまない、妹よ。
お前を騙す訳ではないけど、ここは演技でさびしく微笑む。
「いいかい、緋影。俺はどんなに頑張っても、海軍軍人。船に据えた大砲で撃ち合いをして、生きるか死ぬかで飯を食わせてもらってるんだ。御曹司とは、訳が違う」
「………………………………」
緋影は黙り込んだ。
気の毒なほど、肩を落としている。
「すまないな、緋影。乙女が見る恋の夢に、俺は相応しくなんかない。乙女の夢に相応しいのは、王子さま。戦士なんかじゃないんだ」
「………お兄さまも、戦さに出たいのですか?」
厳しい質問だ。
先日、緋影と離れたくないとか、歯の浮くようなことを言ったばかりではないか。
どう取り繕うべきか。
迷っていると、真っ直ぐな眼差しが俺をとらえていることに気づく。
嘘は許しません。
緋影の目が、俺に詰め寄る。
偽りなく答えてください、お兄さま。
小娘だというのに、迫力のある視線だった。
もとより、俺は緋影に嘘などつきたくない。より誠実に、あるいは赤心をさらけ出すくらいのつもりでいる。
だから俺は答える。
嘘偽りなき心情を。
「緋影、キミと離れたくないという気持ちに、嘘も偽りもない。だけどキミが知りたいのは、俺が戦さに出たいか出たくないか、だよね?」
打ち明けるぞ。
海軍士官学校を出た男の、本当の気持ちを。
「出たいに決まってるだろ? 行きたいに決まってるよね? 陸海問わず、士官学校に入る人間なんてみんな、三度の飯よりケンカ好き、戦さ好きなんだ。乙女の思考からすれば、後方勤務の安全地帯におさまっている方が、よっぽど利口な考え方だよな。………だけど緋影。男は違うんだ。成否を問わず戦さとあればすぐに飛び込んでゆく! それが男なんだ! それが戦さ人の考え方なんだ! 王子さまや御曹司という訳にはいかない! これが男という生き物なんだ!」
必勝の信念。
不屈の闘志。
求めぬ見返り。
これこそが軍人だ。
これこそが戦士なんだ。
女子供には理解できないだろう。
それは仕方のないことなのだ。
何故なら、俺たちは男だからだ。
男の中でも、海の男なのだから。
緋影は口を開いていた。
アルファベットで言えば「O」の文字。
つまり、ポッカリと口を開けていた。
「どうよ、緋影?」
言葉を発したのは、南野中将だ。
「こいつこそ、お前の相方にふさわしい人物だろ?」
「そうですね、お父様。やはりお兄さまは、私の思っていた通りの方でした」
お? また話が展開したか? ちょっと待ってくれ。いまは出雲鏡花の話だよな?
「それに、私のお友だちの鏡花さんにも、大層気を使ってくださって。緋影は本当に果報者です」
うんうん二人とも、俺を置いてきぼりで話を進めるのは、やめてもらえないかな? 俺も孤独に耐えかねて、ウサギさんのように死んじゃうかもよ?
「どうした、健治郎。話が見えないか?」
「はい、まったくと言って良いほど」
「では少尉、この施設は何という施設だ?」
「海軍ヨコハマ学校です」
「そこで貴君に与えられた任務は?」
「一つ、天宮緋影の勉学を手伝うこと。一つ、天宮緋影と仲良くなること」
「しかしこのヨコハマ学校は、海軍の秘密施設である! だとすれば、貴君の任務はそれだけだと思うか?」
否と即答した。
「ではこれより少尉に、任務の詳細を説明する!」
中将の説明は、まず我がヤワラギ帝国とオロシヤ帝国との、戦力差の説明から入った。
これがもう圧倒的な戦力差で、普通ならば笑ってしまうほど、我が国はちっぽけなのである。
「この差を埋めるため、陸海軍はともに手をとり、日夜研究に研究を重ねた!」
そこで導き出された答えの一つは、日に夜を継ぐ猛訓練。月月火水木金金の訓練である。
さらには敵国にスパイを送り込み、内乱を誘発。戦争どころではなくしてしまう、という方策。事実、彼の国は現在革命の嵐が吹き荒れていて、さまざまな問題点が浮き彫りにされているという。
「そして今ひとつの方策! それが天宮緋影なのだ!」
そう、そこだ!
俺はそこを聞きたかったんだ!
「だが少尉! しばし待て!」
「なぜですか! これからという時に!」
「今日の更新はここまでだ!」
………おのれ作者。
ペース配分を考えないで書き殴っていやがったな?
とりあえず、続きは明日だ。