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こんとん大戦  作者: 寿
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出雲鏡花、かく語りき

お友だち曰く、私の書く御令嬢はポンコツお嬢さまばかりだとか。

そんなことありませんよね?


出雲鏡花視点


 幼い頃から言い聞かされておりましたのよ。

「出雲は天宮のため。出雲と天宮は国のため」

 わたくし出雲鏡花は、代々の商家に生を受けましたの。商家と言ってもありきたりな味噌屋呉服屋などではなく、お恥ずかしながらいわゆる富豪、財閥の家ですの。

 ごく一般的な庶民のみなさまから見れば、蝶よ花よ、姫君よと育てられているように思われましょうが、先に申し上げました通り。

 出雲家は天宮家のため、国のために存在すると、幼いころから言い聞かされておりましたの。

 父母がまだ幼い私の手を引いて汽車を使い、東北の山奥へと向かったのは、あれはいくつのことでしたかしら?

「これから、お前が仕えるお姫さまに会いにゆくんだよ」

 そう述べた父の笑顔は、今でもはっきりと思い出せますわ。

 ほかに残っている記憶と言えば、広い畳敷きの部屋と、涼しげな御簾。その御簾の前に一人正座で頭をさげて、述べた口上ですかしら?

「緋影さまのイチの臣、出雲鏡花にございます。本日よりお仕えすべくまかり越してございます」

 父母に教わった作法、口上でしたから、それはもうたどたどしいこと。今でも汗顔のいたりにございますわ。

「鏡花、おもてを」

 そう述べたのは、こちらもまだあどけないお年頃の緋影さま。もちろんたどたどしく、可愛らしいお言葉でしたわ。

 ですが御簾が上がり、そのお顔を拝見したときは、息を飲みましたわ。

 真っ白な肌に黒々とした豊かな髪。私の髪などは色素が薄いので、とても美しく感じたものです。

 その瞬間の、胸のときめき。あぁ、私はこの方から、生涯離れませんわと決めてしまった、あのきらめき。

 私、恋に落ちましてよ。

 しばらくの間、東北に滞在していた期間は、二人でお庭や御屋敷の中を歩いて回り、とても幸せな気持ちでしたの。

 それから緋影さまは御実家で修行を。私は帝都東京に戻り、緋影さまのイチの臣たるべく経済の勉強を始めましたわ。

 二人は文のやりとりで心をつなぎ、再開の日を恋人同士のように約束しておりましたわ。

 やがて私は祖父やお父様のを後見人として、株式に投資。経済のノウハウを授かった私は、ひと財産を構築。現在も投資は続け、資産は増え続けてますの。

 もちろんこの資産は、世界でただ一人。緋影さまのためですわ。私にとって必要な方は、緋影さまだけ。ただ一人緋影さまだけですの。

 なぜなら私が交遊を持たされた方々は、すべて社交界のみなさま。私の揚げ足を取ろうと隙をうかがってらっしゃるか、足を引っ張ろうとねらってらっしゃる方々。そうでなければ商売仇か競争相手にすぎませんわ。

 そんな私ですから、幼い頃からお友達と呼べる方は存在せず、緋影さまのほかに気を許せる存在と言えば、お庭番のいずみだけというありさま。

 ですがその緋影さまが、ヨコハマの女学校に進学される!

 父からその旨を伝えられた時、本当にお恥ずかしい話ですが、即断しましたの。

「お父様、私も緋影さまと学舎をともにしますわ!」

 もちろん出雲としても、最初からそのつもり。私の即断はなんだったのかと思うと、頬が染まるのをとめられませんわ。

 そして輝く学園生活。

 残念ながら緋影さまは寄宿先でのお勤めのため、お休みがち。私も葉山の別荘から汽車通学でしたし、二人の逢瀬は限られてましたの。

 そんなある日のことでしたわ。

 みなさま、事件ですの。

「鏡花さん、私に今度、お兄さまができるんです」

 陸軍の巨大な大砲よりも破壊的な魅力を持つスマイルで、緋影さまはそのように申されましたわ。

 あぁっ、罪作りなその笑顔。許されるものでしたら、その桜貝のような唇を私のものにしたいのに!

 ………ケフンケフン、失礼しましたわ。

 いま耳にしたことは、みなさまの記憶から削除してくださいませ。

 というか緋影さま、いま何とおっしゃって?

 お兄さまができる?

 そのように申されましたの?

 よろしいですか、緋影さま。妹にとって兄などという存在は、害悪でしかありませんのよ?

 とかく妹のためという錦の御旗をふりまわし、あちらで暴れこちらで騒ぎをという、厄介きわまる生物ですの。ひどい場合には、断りも無しに人を抱き上げ、有無をいわせぬベーゼを要求するような、不埒な輩ですことよ!

 なりませんわ。

 そのような生物が緋影さまのお側にはべること、天が御許しになろうとも、この出雲鏡花が許しませんわ。

 早速お庭番を使い、課業終了までに素行の調査。

 大矢健治郎海軍少尉。密命により身分を隠し、南野中将宅に寄宿中。

 密命と言っても、どうせ緋影さま絡みですわね。

 ではその出来不出来、この出雲鏡花が直々に拝見して差し上げますことよ!

 ………………………………………………。

 都合がよろしいですわね。お庭番のいずみからあげられた、容姿そっくりな殿方が、校門の前で所在無げにたたずんでらっしゃいますわ。

 鏡花アタック! その袖にふれたところで、ヨロヨロとした演技ですわ!

「あぁっ! なんといたしましょう!」

 すると意外な機敏さで、大矢健治郎は私を抱き止めまして………。

 やりますわね。

 ですが、この一手をどのように切り返しますかしら?

「海軍の方ですの?」

 その推察の根拠を述べれば、もはやしどろもどろ。

 大したことはありませんわね、大矢健治郎! お尻を洗って出直して来なさいな。

 とりとめのない会話を、二言三言。頭をさげて、すぐにその場を辞しましたわ。

 この程度の唐変木、緋影さまの御側仕えには、まったく足りていませんので。

 と言いますか、この程度の男………いえ、殿方でしたら毒にも薬にもならないと申しましょうか。あるいはへのへのもへじ。顔がついているだけで識別するほどのものでなし。次にお会いした時には、「あら、どちらさまでしたっけ?」とか申し上げてしまいそうな、とるに足らぬ有象無象というところでしょうか。

 ですが緋影さまにとっては、大層なお気に入りのようで。

「鏡花さん、昨日うちのお兄さまとお言葉を交わしてらしたようですが?」

 まるで恋を夢見る乙女のように、瞳をキラキラと輝かせて。

 そうすると握りしめた小さな拳は、夢をつかんで離さない、というところでしょうか。

「鏡花さんが御自身から、殿方にお声をかけられるなど、珍しいことではありませんか?」

 品定めですから、とは申せませんね。

「あれは私が誤ってぶつかってしまい、よろめいたところを救っていただいただけですわ」

「そうですね、鏡花さん。お兄さまの腕にすっかり身体をあずけられて………」

 おかげさまで、楽チンでしたわ。

「………鏡花さん、たくましい腕でしたでしょ?」

「大層御立派な身体かと」

「鏡花さんはあまり、お身体が丈夫な方ではありませんから、お兄さまのように健康的な殿方がお似合いかもしれませんね」

 あら、緋影さまのこの瞳。

 これは肯定をもとめる眼差しですわね。

 でしたら私も、気の効いた返事をば。

「そうですわね、結ばれるのでしたら、あのような殿方が理想的かと」

 無能ですから私の将来のビジネスに口を挟むことも無いでしょうし、海軍軍人ということであればアクセサリーの役割にぴったり。そして何よりも、殉職の可能性があるというのが魅力的ですわね。婚約レベルでコロリと行っていただければ、「亡き婚約者に操を立てておりますので」とかなんとか言って、二度と婚姻の話は湧いてこないでしょうし。そうなれば私、生涯を緋影さまに捧げることができますから、ハッピーラッキーな日々ですわね。

「脈あり!」

 あら、緋影さま。いま何か申しまして?

 失礼ながら私、いま妄想にふけっておりましたの。

 緋影さま?

 ………緋影さま?

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