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第89話・ワガママ


確か冬の方が綺麗な星空が見えるのは、空気が澄んでいるからだったか。まあ寒いってのも悪いことばっかりじゃないってことだな。


「ここじゃ。名を満縁浜という、和国でも随一の星空と朝日を見ることが出来る海岸でな」


てっきり朝まではしゃぎっぱなしで眠れないかと思ってたが、クロメは思いのほか落ち着いていた。国を盗られかけたトラブルが解決して、その引き換えに弟が死んだとなればはしゃぐ気にならないのも頷けるが。


「へえ、確かに綺麗な星空だな……」


時々エルとエラムを連れて遊びに行く草原も中々だが、それにしてもこの眺めは素晴らしいの一言に尽きる。月明かりで辺りもかなり明るいし、時々見える流れ星も心惹かれる。

砂浜に座る。サラサラと指の間をすり抜ける砂は綺麗で、向こうの世界の海岸とは大違いだった。所々に混ざる貝殻がまたいい味を出している。


この貝殻とか、テリシアに渡したら喜ぶかもな。


「ふう、隣に失礼するぞよ」


「着物、いいのか?」


「ああ、問題ない。どうせ城に戻れば着替えるじゃろうしな」


「それもそうか」


確かに俺も着替えたい。というより、風呂に入りたいな。服は魔法なりで綺麗にしておけばいいから、今は熱い風呂に入ってサッパリしたい気分だ。


「ケージ」


「ん?」


「今回のこと、そなたはどう捉えておる?」


「そーだな……」


公国の中でも精強な部類に入るであろうエリス達の投入。あの一等魔術師とかいう奴の後詰の用意。公国のことをまだ何も知らない俺が判断するのも微妙だが、俺の分析としては。


「まずまず本気、だろうな」


そもそも手を抜いて国を奪うってのもおかしな話になるんだけどな。和国もただの集まりじゃない、れっきとした国だ。それを盗ろうってことは、その先、さらに先くらいまで考えているはず。ちょいと予想外だったが、ユリーディア、つまりはソリド王国にも無関係とは言えないってことだ。図らずとも、やっぱり来てよかったってことだな。


「ノスティア公国……」


公国ってのは、まあ大まかには王国に似たシステムの国だ。けど王国なら王様が就くトップに、王じゃなく貴族、中でも伯爵って呼ばれる奴がいる。向こうの世界にも公国はあって、何度か行ったこともある。

ただ、違うのは周りの国との関係性だ。公国ってのは王国やら法治国に比べて周りの国への依存度が高いのが普通だ。提携している国に従属的になる代わりに恩賞を受け取れたりする。それが向こうの世界での公国って言われるものだ。

だが、こちらの世界の公国、ノスティア公国はかなり主体性の強い国に見える。国土面積然り、軍事力然り、周りに依存なんてのはとても必要なさそうに見える。可能性としては、1人を王として国を治めるんじゃなく複数の権力者、この場合は貴族たちが治めてるから公国ってのが呼び名になるんじゃないかな。


それがどう関係があるのかって?

大ありさ。今回の騒動の犯人が大きく変わってくる。もしノスティアが王国だったら、完全に国そのものが喧嘩売ってきたってことになるが、国のトップが複数いる公国なら、それが統一された意思なのかこっそり誰かがやっていることなのか分からないってことだ。

あの一等魔術師とかいう奴も、今回の状況だったからこそエルに救われたが、真正面から戦えばたぶんクロメの方が強い。作戦とかあの謎の薬とか、諸々を含めれば危うかったんだろうが、イマイチ決定打に欠けていたような気もする。

だから、俺の予想としては公国の中、そのトップの中の誰かが周りよりも成果を出すために若干急いで決行した作戦なんじゃないかと思ってる。公国だからこそ、トップの貴族でいるための条件とかもあるだろうしな。

まあ憶測だけで物事を決め付けるのは良くないが、エリスや隊の家族とかを連れてきた後に聞き出せばいずれ分かることだ。早めに考えておくに越したことはない。


「ま、しばらくは大丈夫だろ。エリスも死んだってことになる手筈だし、あの胡散臭い魔術師も行方不明ってことになるだろうし」


あのジーさんが魔術師をどうしたのかは知らない。あの時、ジーさんは俺がよく見た目をしてたんだ。

何を犠牲にしても殺したい相手を見る目、だ。俺もよく向けられた。ターゲットを殺した後とかにな。


「それなりの損失にはなってるはずだ。反撃を警戒するなり、作戦を1から練り直すなり、時間は稼げるだろ」


「そう、じゃな。その間にまた妾たちも備えなければなるまい」


「だな」


「ケージ、すまぬがレニカ殿たちには伝えておいてくれ。妾はしばらく和国に留まらねばならぬ」


「ん、それはそうだろうな。伝えておくよ」


くああ、と欠伸をする。魔力はそれなりに戻ってきたが、疲労はいよいよマックスだ。眠気もかなりキツイ。


「ふふ、眠くなってきたか?」


「ああ、さすがにな。今なら秒で眠れそうだ……」


「ケージ、膝へ」


「え?」


返事を待つこともなく、強引に、けれど優しくクロメに頭を持っていかれる。いい匂いのする着物からはほんのりとクロメの体温が伝わってくる。


「膝枕なんていつぶりだろうな……」


「どうせそなたは礼など受け取らぬじゃろう? ならば、せめてこうして労うくらいはさせい」


「ん……ありがたく堪能させてもらうか」


薄着でいる訳じゃないが、風もそこそこ吹いている海岸では晩期らしい寒さがある。それを察してか、ふわりと、クロメのふわふわした尻尾が首元に巻き付いてきた。


「あったけえ……」


モフモフ。いいね。


「今宵はこのまま眠るがよい。妾が傍におる」


「じゃあ……そうする、か……」


柔らかな笑顔。安心感と、幸福感に包まれる。ようやく終わった、と改めて実感が湧く。

俺は、そっと目を閉じた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「……ージ」


暖かい。


「……ケージ」


まだ起きたくねぇ……。


「ケージ?」


「ん……」


目を擦る。目の前にはクロメがいる。


「お早う。よく眠れたか?」


「ああ、お陰様で……お前ちゃんと寝たか……?」


「ああ、ケージが眠った少し後にな」


体を起こす。クロメの尻尾が元の位置に戻る。少しだけ名残惜しい。


「ケージ」


クロメが海岸を指差す。


「おお……」


朝日が昇ってきた。辺りが照らされていく。


「ここでの朝日は格別じゃろう?」


「ああ……すげぇな……」


包まれるみたいに太陽に照らされる。寒さの中で、ほんのりと暖かい。


「次は、皆を連れて来るがよい。テリシアにも見せたいじゃろう?」


「ああ、そうだな」


分かりやすいヤツ。自分からテリシアの名前を出しておいて、そんな寂しそうな顔するなよ。


「クロメ」


「何じゃ?」


「約束は守るからな」


「ケージ、んっ」


クロメの体を抱き寄せ、キスをする。不意打ちだったのか知らないが、体はビクッと震えた。

二人分の体温に、陽の光。風が吹いても、暖かい。邪魔するものもない。


「……はあ、はあ」


「満足したか?」


「……まだじゃ」


今度はクロメの方から。舌を入れてこないのは、クロメなりの遠慮なのかも知れない。

テリシアには悪いが、今はそんな気を使わなくていい。喋れないから行動で示す。


「ん、えーい、んん……」


舌を絡める。唇を重ねる。長く、長く。深く、深く。遠慮なんてしない。


俺は、ワガママだからな。


「……ふぅ」


「……」


一息ついて、クロメの頭を胸元へ。ついでにナデナデしながら。


「……ここまでして貰えるとは」


「なんだ、嫌だったか?」


「そんな訳がなかろう。幸せじゃ」


「そりゃ良かった」


まだ戻らなくてもいいだろう。


もう少しの間、こうしていても。

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