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第85話・黒幕


「グォアアアアアアアッ!!!」


「グルァァ……!」


「チッ、エラム大丈夫か?」


ジークは体勢を崩されたエラムのそばに駆け寄り、ダメージの確認をした。


「マダ大丈夫ダ」


「分かった。無理はするなよ」


格好付けて助けに来たはいいものの、まさかここまで面倒な相手とやり合っているとは思わなかった。エラムもかなり消耗してきている。

それでも、耐えなければならない。


「全く、最近の仕事は割に合わん……」


そうすれば必ず、ケージがとどめを刺す。


「グォアアアアアアアッ!!」


バケモノが標的をジークに変え、襲い掛かってくる。行動パターンを観察して学習しているのだろう、奴の攻撃速度とパワー、精度は時間が経つごとに増してきている。引き際を見誤れば一撃であの世行きだ。


「ふっ!」


攻撃地点に一瞬だけ強固なシールドを発動させ、押し潰そうとしてくるバケモノの足を弾き返す。

その隙に高速移動で背後に回り込み、後頭部をライフルで吹き飛ばす。


「ガアアアウウゥッ……!!!」


だが、結果は変わらなかった。いくら攻撃しても奴の再生能力の方が上回っている。


「クソ……ケージ、まだか!?」


「もういいぞ! 一瞬でいい、そいつの動きを止めてくれ!」


「ああ分かった!」


その頃のケイジたち。


「よし、ここからは一瞬の勝負だ。ジークが奴の動きを止めたら、その瞬間に奴の目の前まで瞬間移動する。奴が攻撃してきても俺がシールドを貼るから、エリスはとにかく全力で奴をぶった斬ってくれ」


「分かった。タイミングは任せるぞ」


「ああ、アイツならやってくれる」


残った僅かな魔力を充填し、瞬転移をする準備をする。エリスは「ふ~……」と脱力し、一撃のために備えている。


「頼むぞジーク……!」


そしてジークは。


「ぬおああああっ!」


必死に避けていた。


「クソ、こいつスピードが……!」


戦闘が長引きすぎている。バケモノの学習スピードが異常に早いのが第一の理由だが、それでも時間は稼いだ方だろう。


「グルァアアアアアアアッ!!!」


間一髪のところでエラムのカットが入る。横っ腹に大きな裂傷を負ったバケモノは一瞬怯み、少しの間動きを止め再生する。


「……よし」


ジークはそこを見逃さなかった。


「エラム!」


「ナンダ?」


「俺がどうにか奴の気を引くから、今出せる全力でアイツを攻撃してくれ」


「分カッタ」


再生を終えたバケモノの爪がエラムに迫る。が、それをジークのシールドが受け止める。


「お前の相手は俺だ……!」


至近距離からライフルを撃ち、再びバケモノの頭が弾け飛ぶ。が、すぐさま再生しその牙でジークに食らいつこうとする。


「うおおっ!」


シールドが粉々に粉砕され、ジークは地面に転がり落ちる。そこを狙ったバケモノの足が迫る。


「くっそ、シールドォ!!!!」


シールドの硬度を最大に。それでもバケモノの攻撃は有り余る。バキバキとシールドにヒビが入っていく。割れるのは時間の問題だ。


「エラアアアアム!!!」


だが、時間稼ぎは成功した。魔力を溜めきったエラムが、眩い高密度の炎のブレスを放つ。


「ガルアアアアアアアアアアアアッ!!!!」


光線と化したエラムのブレスはバケモノの上半身の3分の2を焼き尽くした。バケモノは大きく仰け反る。

だが、倒れなかった。片方が焼き尽くされた目を尚もギラつかせ、エラムを睨み付ける。


「クソ、あれでもダメなのかよ!」


ケイジがそんな愚痴を垂れる。が、ジークは既に次の行動に移っている。


「チェイン、#七重__セプタ__#!」


大きく跳び、バケモノの頭上まで達したジークの右手から7本の真っ黒な鎖が射出され、バケモノの体を縛っていく。


「グオアァ……!!」


早くも再生を終えたバケモノは鎖を引きちぎろうと力を込める。が、ジークも負けじとありったけの魔力を注ぎ込む。


「ぐっ……今だケージ!!!」


その声に、待ってましたとケイジが応える。


「パーフェクトだぜジーク!」


そう応えたケージの体は一瞬淡い光に包まれ、次の瞬間にはエリスと共にバケモノの眼前に転移した。そして最高の位置取りを守るために懐から転移魔法で小型の絨毯を取り出す。


「エリス!!」


「白雷、全ての邪を清めんとする雷なり」


詠唱が始まり、黒剣に魔力が溜まっていく。ここに来て詠唱とは若干の予想外ではあったが、それでも何とか魔力が溜まりきるまで守るしかない。


「ぐっ……クソ、もうダメか!」


「グォアアアアアアアッ!!!」


とうとうジークの鎖が完全に引きちぎられた。バケモノの目は一番近くにいる俺たちに向けられる。


「黒雷、全てを飲み込む永久の無なる雷なり」


バケモノの右腕が迫る。


「シールドおおおおおおお!!!」


文字通り残り全ての魔力を使い、バケモノの攻撃を受け止める。それでもシールドは押し込まれ、魔力の切れかけた体はあちこちが震え出す。


「今、黒と白の力を拝謁せん」


「ぬがああああああああああ!!!」


壊れかけのシールドをどうにか維持しているのは完全に気力だった。魔力はもう底をついている。

そして、ついに決着の時が来る。


「漆黒剣、白雷天斬鬼!!!!」


エリスが一瞬で幾重もの斬撃を飛ばす。

辺りが完全なる闇と眩しい光に包まれた。闇と光が重なり合い、視界は完全に奪われている。

少しして、ようやく景色が再び映る。


「グ、ガアアァァ……」


空間ごと体をバラバラにされたバケモノは肉片となりながらも少しの間痙攣していたが、やがて動きを止めた。


「ぐ、はぁっ……」


ケイジの魔力も完全に底をつき、絨毯は力無く落下した。


「うあっ! 大丈夫かケージ!」


一足先に着地したエリスが、すんでのところでケージを受け止めた。


「はは、悪い、もう動けねぇ……」


「大丈夫だ、今度こそ終わった……」


「ったく、本当にバケモノ退治が好きだなケージ」


似たようにフラフラになりながらも、ジークは倒れ込むケイジに悪態をつく。エラムもよろよろとそこへ歩いてくる。


「うっせぇ、余計なお世話だ。エラムも、よく頑張ったな」


「えへへ……疲れた……」


いつも通りの声色でそう言われたエラムは安心したのか、その場に倒れ込んだ。


「エラム!?」


「……大丈夫、気を失っただけだ」


「そうか、良かった……」


ドラゴンとはいえエラムはまだ子供だ。少し無理させすぎたか……。

なんてケイジが反省しているのも束の間。バラバラになったバケモノの残骸から、1人の男が出てきた。


「うえっ、臭いなぁコイツは。これだから試作品は……」


3人の視線が集まる。が、男は全く動じない。


「てめぇ、何者だ……?」


「私か? 私はノスティア公国一等魔術技師のバイル・キスクだ。以後お見知りおきを」


ニヤニヤと余裕の笑みを浮かべる男に、ジークが言う。


「随分と悠長だな。そんなに余裕な面してていいのか?」


「ああ、もちろんだとも。既に魔力の殆どを使い切った君たちに、この私を捕えられるとでも? なあ、エリス大隊長」


「エリス、知り合いか?」


「恐らく一方的だがな。私はあんな男は知らん」


気丈に振る舞うエリスを一瞥し、男はますます嫌な笑みを浮かべた。


「おやおや、私などには興味は無いか。まあいい、私はそろそろお暇しますので」


「そう簡単に逃げられるとでも?」


「ええ、もちろんだともジークくん。万全な状態の君たちならともかく、今は君たち3人合わせても私の半分の魔力にも届かないじゃないか」


言いながらも、男は足元に魔力を溜め、ふわりと浮き上がった。靴か、はたまた服を浮かしているのか分からないが正に空中浮遊だ。


「逃がさないさ。俺じゃないけどな」


ジークが小さく笑った次の瞬間、エルの蹴りが男を吹き飛ばした。


「とーう! ご主人のピンチに私参上!」


「ごっはぁ!」


男は唾液を吐きながら吹き飛び、太い木の幹に激突した。


「エル、お前もう動けるのか?」


「もっちろん! あれだけ休めばもうバッチリだよ!」


「悪魔のブエル……! まだ動けるとは……!」


男はよろよろと立ち上がり、両手に魔力を集中させ始めた。恐らく攻撃態勢に入ったのだろう。


「へぇ~、リサーチはバッチリって感じ? それで、私とやる気なの?」


「私としても不本意だがね……! だが、対悪魔魔法を会得している私にとってはお前など!」


「もういいよ、飽きたから」


そう言ったエルは、一瞬で男の目の前まで移動していた。瞬間移動を使った様子は無かったから素早く移動しただけ……マジかよ。


「なっ……!」


男は防御しようとするが、間に合うはずもなく。黒い雷を帯びたエルの拳が腹にズドン。


「ぐほあぁッ!!」


ダウーーーン! エル選手の強烈なボデーーー! 自称魔術師起き上がれなーーーい!


「人間の対悪魔魔法が私に効くわけないじゃん。そもそも当たらないし」


軽い様子で言うエル。マジで怖い。

何はともあれ、これで本当に決着だ。


「やっと終わったか……エル、そいつチェインで縛ってくれ。ぐるぐる巻きにな」


「オッケー!」


ケイジは「はぁ」と息をつきながらどうにか立ち上がる。ジークも同じようにフラフラで、互いに方を貸しながら歩く。エリスは眠りこけるエラムを抱え、2人を先導した。エルは縛られた男をずるずると引きずりながらケイジたちのすぐそばをふわふわと飛んでいく。


戦いは終わったが、まだ事後処理が嫌という程残っている。その事を思い出したケイジは若干うんざりしたが、それでもまずは無事に決着が付いたことを喜ぶのだった。


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