第84話・待ってました?
「それで、私はどうすればいいんだ?」
バケモノと対峙するエルから少し離れた場所で、俺たちは着々と奴を倒す準備を進めた。
「とりあえずエリスは魔力を回復することに専念してくれ。そこに俺が空間切断の効果を付けて、エルが隙を作ってくれる」
チラッと交戦中のエルの方を見る。手数で圧倒してはいるが、さっきから段々とバケモノの反撃回数が増えてきている。
そう都合良くはいかない可能性もある。が、やるしかねぇやるしかねぇんだ。
「エル!」
大きな声で呼ぶと、戦闘体型になったエルはバケモノに一際大きな攻撃を入れ仰け反らせ、こちらに戻ってきた。
「どうしたの!? 倒し方分かった!?」
「ああ、候補は出た。あと15分、粘れるか?」
「もちろん! 楽勝だよ!」
「……頼むぞ」
こちらに向かって突進してくるバケモノに、再びエルが襲い掛かる。
たぶん、15分耐え切る保証はないんだろう。エルは嘘をつく時に少しだけ目を細める。自覚は無いんだろうがな。
けど、今俺たちに出来るのはエルを信じて魔力を溜めること。それだけなんだ。
そこから10分後。
「クッソ、何なんだコイツ本当に!」
エルの猛攻は止むことがない。が、バケモノはその半分以上に的確な反撃を加えてきている。
奴も成長しているようだ。パターンを読み取るなんて高度な技術じゃあないだろうが、エルに生まれる攻撃後のほんの僅かな隙に攻撃を仕掛けてくる。
もちろんエルも瞬時に回避しているが、あと5分耐えられるかは賭けに近かった。
「グオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
「ぐっ……!?」
「うあっ……!?」
離れていても耳を覆って怯むほどの音量で、バケモノは叫びながらエルに胃酸のような液体を吐き出した。
「うっああっ!」
咆哮に怯んでしまったのはエルも同じだったようで、至近距離にいたエルはもろに奴の胃酸を浴びてしまった。
それと同時にエルの動きが止まる。
「なっに、これは……!」
「エル!」
「痺れ、てる……!?」
これは想定外だった。麻痺効果を持つ胃散を吐き出すなんて、初見じゃ回避のしようがない。ましてや咆哮による威嚇の後を狙ったあの攻撃、あのバケモノは間違いなく戦闘に慣れてきている。
バケモノは痺れてほとんど動けなくなったエルに狙いを定め、次の攻撃動作に入っている。
「クソ、今助けるぞ!」
咄嗟に立ち上がり、助けようと剣を取る俺を、エルは大声で静止した。
「待って!」
「エル!?」
「大丈、夫、だから! ご主人、は、魔力を!」
「……ッ!」
エルの言う通りだ。
ここはエルを犠牲にしてでも、奴を倒す準備をするべき。そうでなければ、コイツはもっと沢山の命を奪う。
だが。
「うおらああああっ!」
足元に魔力を溜め、バケモノの顔元まで跳ぶ。
ギィィイィィン!!!
バケモノの爪と俺の持つ細剣がぶつかり、火花が散る。
「フラッシュ!」
右手に魔力を溜め、閃光を放つ。奴にも視覚はあったようで、小さな悲鳴を上げながら目元を抑えるような動きをしている。
その隙に俺はエルを抱き抱え、エリスの元まで戻った。
「シャドー!」
3人纏めての魔法。外部からの認識を阻害する。
「クソ、エル、大丈夫か?」
「けほっ、うん、ごめんご主人」
「いや、あれは仕方ねぇ。無茶させちまったな、お前はもう休んでろ」
「けどご主人、まだ魔力が……」
最初に考えていた程は溜まっていない。だが、これ以上エルに無理をさせるわけにもいかない。エル自身気付いていないかもしれないが、本来はこいつにダメージを与えるなんてのは不可能なのだ。
やっぱりあのバケモノは普通じゃない。
「やるしかない。お前はここにいろ。エリス、行けるか?」
「ああ、いつでもいいぞ」
「よし、それじゃ……」
「ご主人!」
バケモノの懐まで移動するために魔力を溜めようとしたその時。俺とエリスはエルに突き飛ばされた。
あまりの強さに、十数メートルあまり転がり、ようやく起き上がる。
「何すんっ……エル!!」
「ぐっ……あっ……!」
エルはバケモノの右手に捕えられていた。地面は大きく抉り取られ、俺達がいた場所は小さなクレーターのようになっている。
「シャドーでもバレたのか!? クソ、エル!」
「このっ、バケモノ……!」
掴まれたエルがどうにか脱出しようと藻掻くが、胃酸を食らってから明らかに動きが鈍っている。その間にもバケモノは大きく口を開き、エルを飲み込もうとしている。
「くそッ、間に合わ……!」
俺の体はとっくに空中だが、距離が離れすぎている。エルが咄嗟に俺たちを助けるために大きく突き飛ばしたのが裏目に出た。
エル本人は死なないなんて言っていたが、アイツに食われて無傷で済むはずがない。根拠こそないが、確信的にそう思う。
間に合わず、エルが飲み込まれる直前。
ダァン!
聞き覚えのある銃声が辺りに響く。
「グオオオオッ!?」
同時にエルを捕らえていたバケモノの右腕がちぎれ飛ぶ。自由になったエルを俺は再び受け止め、少し距離を取る。
「やれやれ、こんなの相手に何を手間取ってるんだ?」
見覚えのあるライフルに銀髪、いつも通りのふてぶてしい声。
「ったく、来るのが遅せぇっての……!」
「あ……ジーク!」
エラムの背中に乗ったジークだった。
「ケージ! あと10分は稼いでやる! その間に何とかしろ!」
「ああ、任せとけ!」
「よし、行くぞエラム!」
「グオアアアアアッ!!!」
「ガアアアアアアアアアッ!!!!」
バケモノとエラムが激しくぶつかる。辺りに2匹のバケモノの咆哮が響く。
俺は巻き込まれない程度に離れた岩陰にエルを寝かせた。
「よし、ここなら平気だろ」
「ご主人、私はまだ……!」
「いいから寝てろ」
無理やり立ち上がろうとするエルをそのまま寝かせる。
まだ体の痺れが取れていない。いくらエルとはいえ、このままでアイツの相手をさせるのは危険すぎる。
「お前がいてくれて助かった。帰ったらいくらでもご褒美やるからな」
「……うん!!」
「さて……エリス、どうだ?」
「ふう、もう十分すぎるほど回復したぞ。彼はケージの……」
「親友だ」
「そうか……どうする?」
エリスの黒剣を借りる。そしてそこに、蓄積した青白い魔力を纏わせた。さっき言っていた空間切断の魔法だ。
「っはぁ! めっちゃ疲れるなこれ……!」
空間切断の精度を上げるために可能な限りまで濃密な魔力を注ぎ込んだ。俺の消費も激しいが、この魔力に耐えきるとは流石はエリスの黒剣といったところか。
「これは……」
「そいつでぶった斬れば、あの中に隠れてる奴を引っ張り出せる。あとは頼むぜエリス」
「ああ、任せてくれ。今ならもう1つの奥義を使える」
「よし、今度こそ終わらせてやる!」
足元に残り少ない魔力を充填し、エリスと共にバケモノ目掛けて剣を構えた。




