第83話・脳筋プレイヤー.ケイジ
人は疲れ切っている時、最も効率の良い走り方をする。そんなことを言ったのはどこのスポーツ評論家だっただろうか。
まあ今は走ってないが、その言葉が当てはまることは確かだろう。
「はあ、はあっ……!」
「ケージ、大丈夫か……!?」
「全然大丈夫じゃない! けど逃げなきゃもっと大丈夫じゃない!」
土で間に合わせのサーフボードのような形のモノを造形し、それにエリスを担いで乗って全速力でティルだったモノから逃げる。
エリスの攻撃で多少の時間的余裕は出来たものの、バケモノは体躯に見合う大きな歩幅でどんどん俺たちとの距離を詰めてくる。
「はあ、くそっ……!」
情報量が多すぎて頭がパンクしそうだ。
このバケモノ、元は確実にティルだったはず。だが、あの注射で注入された薬物によってこんな姿になっちまった。
あの注射を放った奴の正体にコイツの倒し方、魔力残量の調整もしなきゃならん。とんでもないナイトメアモードだ。
「エル! エラム!」
既に枯渇しかけている魔力を振り絞り、何とか2人の元まで辿り着いた。有難いことに戦闘は既に決着しているようで、エリスの連れてきた兵士達は集まってしゃがんでいる。
「あ、ご主人おかえ……え?」
「なんだアイツ」
だがいくら頼りになるとは言え、俺がバケモノを連れて戻ってきたことには困惑を隠せないようだった。
そりゃそーだよな!
俺は可能な限りまで魔力を抑えつつ、しゃがみこむ兵士たちをシールドで覆った。
「エラム、そいつらを出来るだけここから遠くへ運んでくれ! エル、こいつ何なんだよ一体!?」
エラムに兵士たちを退避させつつ、エルのすぐ側まで逃げる。
「分かんないよ! ご主人ったらペットの趣味悪過ぎない!? お散歩なら勝手にやってて!」
「ふざっけんな俺にそんな趣味はねぇ!」
気持ち悪いにも程があるわこんなペット!いや懐いてくれても無理だ!
「こいつらは街まで運べばいい?」
エラムがシールドを持ち上げながら問う。ここでエラムが欠けるのは戦力的にキツいが、彼らを犠牲にするわけにもいかないから致し方ない。
「ああ、早く戻ってきてくれ。マジで死にかねない」
とりあえずボードから降り、臨戦態勢に入る。だが、ダメージの通る攻撃手段が分からない今、無理に攻撃してもどうにもならない。魔力残量も少ない。
「エル、どうすりゃいいんだあんなの。物理攻撃は受け付けないみたいだが」
「うーん、とりあえず時間は稼ぐから、ご主人と騎士さんは魔力回復して。色々試してみるよ」
「大丈夫だよな?」
「私? うん、大丈夫だよ。私死なないし」
満面の笑みで言うエル。もうどっちがバケモノか分からない。
「よし、離れるぞエリス」
「本当にいいのか?」
「アイツのことか? 俺より数百倍は強いから大丈夫だ」
その言葉に表情が凍りつくエリスを再び抱え、俺は巻き込まれない程度の後方まで下がった。
それを確認したエルはバケモノに向き直り、魔力を溜め始める。
「ふ~……久々に本気出そうかな」
瞬間、閃光にも近いエルの魔力が辺りを満たす。
あの子、普段どんだけ抑制してたんだよ……。
「よし、ヒーリング」
バケモノ2匹を横目に、俺は僅かな魔力で緑色のドームを生成した。
この世界の魔法は、空気中に存在するマナを体の気の流れの中に停留させ、それを自身のイメージを元に魔法発動の原動力とするシステムになっている。停留させられるマナの容量は個人差があるが、それを回復する手段は限られている。
本来は呼吸と同じく自然に、少しずつ体内に溜め込んでいくマナを無理やり増やすのは好まれないことなのだ。最悪、魔力の流れを狂わせ魔法を使えなくなることもあるらしい。
だが、残念ながらそんな事も言っていられない状況なのだ。そこでこの魔法。マナの濃度を限りなく薄くした空間を作り、そこへ周りから流れ込んでくるマナを体内へ送り込む道を作る。まあ簡単に言えばダムみたいなものだ。
普段の回復法を強化したようなこの方法。これが思い付く限りで最もリスクとリターンのバランスが取れた方法だった。
「……」
「……ケージ」
「分かってる。分かってるから……」
どうしたかって?
あれ、あれ見ろよ。エルのとこ。
あの子マジでヤバくない? バケモノほぼほぼ原型無いんですけど。
エルは見たことも無い真剣な顔付きでバケモノを蹂躙していた。切り刻み、焼き尽くし、押し潰す。
バケモノの体は再生こそ繰り返しているが、圧倒的にエルが有利な状況だった。だが。
「それでも、あのままじゃ埒が明かない……」
再生を繰り返しているということは、有効なダメージは与えられていないということ。トドメまで持っていけなければ、エルといえどもいつかはやられる。たぶん。本人は死なないとか言ってたけど。
アイツを倒す手段を探すのは、外から見ている俺たちの仕事だ。
「どうすりゃいいんだ……」
「ケージ」
頭を悩ませていると、段々と顔色が良くなってきたエリスが口を開いた。
「あの薬だろう。ティルがああなった原因は」
「ああ……それは間違いない」
あの時、ティルの遺体に刺さった注射器。その中に入っていた薬物。片方は俺を狙っていたものだった。
つまりは、アレを投げた誰かがここにいる。俺とティルの戦闘が終わるまで全く気付かれずに見ていた、そいつがいる。
恐らく、今も。
だとすれば、そいつを見つけ出すことが今の俺たちに出来る唯一の可能性だ。
「よし……エリス、耳を塞げ」
「え? わ、分かった」
回復した魔力を溜め、地面に手を当てる。
「エコーロケーション」
そう呟くと、辺り一帯に響き渡るほどの大きな、なおかつ高い音程の音が発せられた。
「ッ……!?」
近くにいたエリスは耳を塞いでいたにも関わらず驚いている。が、今はそれどころじゃないんだ。
魔法を使って音を分析する。何処に誰が、何があるのか。距離、位置、状態を把握する。
「……見つけたぞ」
「ほ、本当か!?」
「ああ……そりゃあ良く見えるわけだ……」
跳ね返ってきた音の中、1つの不自然な人の反応。意外や意外、それはあのバケモノの中、頭の部分にあった。
だが、あのバケモノは頭部を含めて何度もエルに細切れにされている。何故、そいつは姿を表さないのか。
理由なんてどうでもいい。ただ、とにかく今は隠れたそいつを引きずり出さなきゃならない。
「エリス、またお前の力を借りるぞ」
「ああ、任せてくれ。どうすればいい?」
「アイツをもう一度ぶった斬る。今度は空間ごとな」
「空間ごと……?」
それしか考えられない。反応はあるのに、何故実体を捉えられないのか。何故実体がないのに、エコーロケーションでの反応は感知できたのか。
俺は魔法を使う時にいちいち条件指定や分析はしない。だからこそ見つけられたのかもしれない。
詰まるところ、例えば俺とエルが出会った世界みたいなもんだ。実在はするが、この世界とは異なる軸の場所。そこにそいつは潜んでるんだろう。
あとは簡単。何もかも纏めてぶった斬る。
魔法で隠れているんならエリスのアンチ魔法で無効化できる。それに俺の魔法で「空間切断」の効果を加える。足りない魔力も俺が補う。
作戦が脳筋臭いが、勝てばいいのさ!
「さーて、コソコソ隠れてる臆病者にいっちょかましてやりますか!」
どうも皆さんお久しぶりです。颯来です。
約半年間、更新をサボっていましたごめんなさい許してください何でもしませんから。
受験やら長期間に及ぶ闘病やらで体力的にも精神的にも参ってしまい、更新を滞っておりましたことを読者の皆様に深くお詫び申し上げたいと思います。
ある日、友人に言われた一言。
「お前、もう小説書かないのか?」
私はこう返しました。
「ああ、まあ……」
帰宅し、のろのろとアルファポリスのマイページを開きました。
未だに日のポイントがゼロになっていないじゃなあないかと。
未だにお気に入り登録してくださっている方が1400人以上もいるじゃあないかと。
また、書こう。
そう思いました。
以前ほどの更新頻度は維持できません。
長期間のブランクにより、文章力も落ちていることでしょう。
ですが、私は書きます。読者の皆様のために。
そして何より、私が楽しいから。
やっぱり、ケイジたちの様子を書くのは楽しいんですよね笑。
自分の憧れであり、友であり、家族であり、唯一無二の存在であるケイジたち。
至らない文章ではありますが、もしまだ私の作品に興味を持ってくださる方がいらっしゃるのであれば、どうか彼らの物語に今しばらく御付き合い下さい。




