第81話・決別
うーむ、デジャヴ……。
これ絶対死に損なったやつだよ俺。
ああ、何があったかは覚えてる。ティルのクソ野郎にやられたんだよな。裏切ってエリスごと槍ぶっ刺してきやがった。
ちっくしょー、めっちゃ痛かったなあれ。
それで、だ。
デジャヴではあるんだが、どうもエルの時とは違うみたいなんだ。自分が立ってるのかも浮いてるのかも分からないくらいとにかく真っ白な空間に俺はいる。
足を動かしても歩けているのか、進めているのかも分からない。とにかく白。真っ白だ。
何のイベントも発生しないでずっとこのままなんて、想像するだけで恐ろしい。何も無い空間は人間の精神では48時間しか耐えられないらしいし、言いようのない不安にも駆られてくる。
「くそ、なんなんだここは……」
当然だが応えるものなどいない。ケイジの声は虚しく白に消えていった。
すると、白しかない空間に変化が起き始めた。
「なんだ……?」
基準が無いので距離も方向もさっぱり分からないが、ケイジの目線の先に小さな黒い球のようなものが現れた。
一面の白の中にポツンとある黒。何が何だか余計に分からなくなる。
とりあえず近付いてみるか。他にやれることもないし、何かしらのキッカケになるかもしれない。
さーて、鬼が出るか蛇が出るか、だな。
近付けているのかも分からぬままに黒の方向に手を伸ばす。
すると、その黒は途端に変化し始めた。
急に巨大化したかと思うと、その黒はまるで影のように人の形に形状を変え始めた。
平衡感覚が全く無いのでそれが立体かどうかも分からないが、とにかくその黒は人の形になった。
「な、なんだこりゃ……」
やはりと言えばやはりか、手を伸ばしても触れられはしなかった。
そして、その黒は突然口を開いた。
「やはり、言った通りの結果になったな」
「しゃ、喋った? マジでなんなんだよこれ……」
とても生物には見えない。人の形こそしているが顔も体も真っ黒で、立体的にも見えない。見えていないだけかもしれないが。
「お前が偽善者ぶるのを止めなかった結果がこれだ」
「……あ?」
「結局お前は何も守れない。このままあの狐も殺され、王国も滅ぼされるだろうな」
その黒はまるで全てを知っているかのような口振りだった。
「お前……何者だ?」
「まだ分からないか」
「知るか」
「俺はお前だ。サギリケイジ」
黒は自嘲気味にそう言った。顔などないのにも関わらず、全身が睨みつけられているかのような嫌な感じがする。
そして、そこでケイジは気付いた。
「お前……ブラック、か……?」
「その通りだ」
思考が止まりそうになった。
訳が分からない。何故俺の一部であるはずの「ブラック」が、単なるコードネームだったはずの「ブラック」が俺と違う別個として存在しているのか。
俺はおかしくなっちまったのか。
「あの時俺の忠告を聞いていれば、こうはならなかったものを……」
「あの時、だと……?」
恐らくは年末、家で聞こえたあの声だろう。よくよく考えれば口調も似ている。
「俺は言ったはずだ。このまま偽善者ぶるのを続けていれば必ず最悪の結末を迎える、と」
「……」
「哀れな男だ……結局どう足掻いても最悪の未来から逃れることなど出来ないのだから」
ブラックは少し笑いながらそう言った。
顔が見えているわけではないが、声色からなんとなく伝わった。
少し前の俺だったら、今の状況に絶望してここで泣き喚いてただろうな。コイツもそうなると思ってるんだろう。
だが、今の俺は違う。
コイツが、ブラックである俺自身が何を言おうと変わらない、揺らがない決意がある。
何があってもこの国を、この街を、テリシアを守る。
今、俺がここにいるってことはまだチャンスはあるはずだ。ここでコイツに、自分自身に勝てばいい、それだけのはず。
「おい」
「何だ?」
「お前はブラックなんだよな」
「そうだ」
「俺が人を殺す度に、依頼されて意味もなく殺す度に大きくなっていった存在だよな」
「ああ」
ここまで聞いてケイジは「ふっ」と笑った。そしてそのまま笑顔で、
「じゃあもう消えてくれ」
「……何だと?」
「向こうの世界じゃ世話になった。でも、俺はもう、俺にはもうお前は必要ない」
怒りではない。憎しみでも畏怖でもない。
今この場でブラックに向けている感情は「感謝」なのだ。
「必要ない、だと?」
「ああ」
俺はコイツが自分の中にいたから殺し屋をやっていられた。殺し屋をやっていられたからこそ生き延びられたし、隠密のスキルも上がった。
「俺はもう意味も無く人を殺したりしない。俺は皆を守るために、テリシアを守るために生きていく」
「まだそんな戯れ言を……!」
「勘違いするな、なにも人の為に生きていくつもりなんてこれっぽっちもない」
当たり前だ。もう自分の人生が他人に、いや、外因的なものに左右されるのはウンザリなのだ。
「俺はあくまでも自分のために生きる。俺が幸福に生きて行きたいから街もギルドもテリシアも守るんだ」
「……強欲だぞ」
「だから何だってんだ。こちとら殺し屋、神がいるってんならそれもぶっ殺して全部叶えてやる」
ブラックは大きく息を吐いた。
「……全く、俺はとんでもないバカに付いちまったみたいだな」
ブラックの口調が何処と無く砕けたものになった。そして、それと同時に真っ白だった世界に段々と色が戻り始めた。
「ああ、本当にな。俺もそう思う」
ケイジは苦笑いを浮かべた。
結局のところ、自分が自分を止め切ることなど出来るわけがないのだ。ブラックの意見も最もだが、俺の決断とは違う。それだけなのだ。
「俺は消えるぞ」
「ああ」
「だが忘れるな。お前が殺した者の事を」
「分かってる」
気付くと、そこは広い草原だった。ユリーディアにある放牧地域とは比べ物にならないほどの、とにかく広い草原。
そしてブラックは俺と同じ姿をしていた。自分自身なのだから当たり前かもしれないが、それでも決定的にケイジとは違う何かがある気がした。
そしてブラックはゆっくりと歩き出した。
「終わる生命、始まる生命。全ては時の流れのままに」
「……」
「されどその流れを狂わす者あり。彼の者の名はーーーー」
そこまで言って、ブラックの体は光と共に消えていった。その光はケイジをも飲み込み、偽りの世界を明るく照らしていった。




