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第79話・宣戦布告


時刻は午前7時、ケイジを含めた3人はキューブ・ルームの中で話し合いをしていた。

無論、ケイジは先ほどモーニング・ティーに付き合わされたため朝食を食べているのはエルとエラムのみである。


「ーーーってことがあってだな……」


「へぇ~、大変だねぇ」


「ケージ、これどこのお菓子?」


ケイジの話など興味ZEROと言わんばかりの2人である。エルに至ってはずっとキューブ・ルームで待たされていたからか何処か不機嫌である。

そんなエルを見かねてケイジは言う。


「エル、悪かったって。言った通り状況が面倒だったんだ」


「……」


エルはなおムスッと拗ねている。


「分かった、この間言ってた膝枕してやるから」


「ほんと!?」


ケイジが膝枕という単語を口にした途端、エルは目を輝かせて話に食いついた。


何でもノーム湿原に向かう少し前にエルがメルから聞いたらしいんだがな。メルが昼寝する時にジークに膝枕してもらったって話を自慢げにされたんだと。

で、それを聞いたその日に俺に頼み込んできたんだよ。「ご主人膝枕して~!」って。


答えか?もちろん即答で「だが断る」だ。

いやあの時は普通に疲れてたからな。

だが今こそ、あの時に敢えて使わなかったカードを使う時!


「ああ、ほんとだ。ほれ、来いよ」


ポンポンとソファーに腰掛けた足を叩く。するとすぐにエルが飛び込んできた。


「えへへ~!」


「む~……」


そんな2人を見ていたエラムが不満げな声を上げる。

1人受け入れれば2人も変わらないか、と思いながらケイジはエラムに言った。


「ほれ、エラムも来いよ」


「わーい!」


コテン、と可愛らしい頭がエルと反対の太股に置かれた。2人とも満面の笑みで、見てるこっちまで思わず頬が緩む。


「ねぇご主人」


「なんだ?」


「太股硬い」


「……リラクゼーション」


ほんの少しだけ魔力を込めて魔法を発動させた。


「あ、ちょうど良い!」


「気持ちいい~……」


魔法のイメージは「筋繊維の緩化」だ。人間の筋肉は鍛えれば鍛えるほど筋繊維が張り詰めて、触ると硬く感じる。ムキムキの奴ってそんな感じだろ?

それを魔法で無理矢理、って言い方は微妙だが筋肉を緩めてほぐす。疲れも取れるし、コイツらも満足。まさに一石二鳥だ。


「とりあえず昼頃まで仮眠だな。ゆっくり寝てろ」


「は~い、おやすみご主人~」


「スー、スー……」


エラムに至ってはもう寝てるし……。俺も眠いから、一旦休憩だな……。


こうして2人の少女に囲まれながら、ケイジはゆっくりと目を閉じた。





間。





時刻は午前12時。


「さて、それじゃあ作戦を言うぞ」


「うん」


「ふわぁ……ふぅ」


「エリスがいる時点でまず暗殺は無理だ。だから今回は正面から捩じ伏せる」


「そんなに強いの? その女騎士さん」


「ああ、強い。下手したら俺も負けるかもしれない」


条件次第では負けるだろうな。まあ少しでも自分に有利な環境を作り出すことも戦闘の一環だが。


「無関係の一般人を巻き込む訳にはいかないから、戦闘は朱天の近くの荒野でやるつもりだ。エリスならそれも受け入れてくれる」


「じゃあそこで戦うの?」


「ああ、そうだ」


「ねえご主人、ちょっと解せないんだけどさ」


エルが訝しげな表情を浮かべながら言った。


「そのエリスって人は敵なんだよね?」


「……ああ。今のところはな」


「本当にこっちの条件を飲んでくれるの?」


「……さあな」


そこに関しては五分五分といったところだった。エリスが軍の指揮権を保持しているのならば受けてくれるだろうが、それを持っているのがティルだったら話は別だ。臆病なアイツが俺の提示する条件を受け入れるとは思い難い。


「交渉は俺がやる。お前らも戦闘になったら思い切り手伝ってもらうからな」


「ま、腑に落ちないけどご主人が言うなら」


「久しぶりのケンカだー!」


何だかんだで乗り気な2人に「やれやれ」と軽く息をつきつつ、俺は両手に魔力を込めた。

瞬転移は1度行った場所ならば行くことができる。消費する魔力量は距離によって変化する。ここから朱天の城までならば大した距離ではない。


「じゃあ少し待っててくれ」


俺はエリスの元に向かった。





間。





「……」


風吹き抜ける緑の草原に、陽の光を反射する銀色の鎧を纏った騎士が1人。

その銀髪を踊らせ、木の切り株に腰掛けて広がる青空を見上げていた。


「よう」


「ッ!? ケ、ケージ!?」


バッと立ち上がったエリスの目線の先には、穏やかな表情のケイジが立っていた。


「いい場所だな。俺も暫くここにいていいか?」


「……ああ、もちろんだ」


相手にほんの少しも戦意がないことを感じ取ったエリスは強ばった表情を緩め、静かにそう言った。


「いいのか? 指揮官がこんな所にいて」


エリスの隣に腰掛けながらケイジは言う。


「問題無い。治政はアイツの好きなようにさせろとの指示だ」


「そうか……」


2人の間を再び風が吹き抜けてゆく。

少しの間、無言の時間が流れた。


「それで、何をしに来たんだ?」


「お前を探しに」


「ほう、それで何の用だ?」


「いや、特に用は無いが。エリスに会いたくなって」


いつも通りの意味の無いウソである。

だが、ケイジは思っていた。もう少しだけ、敵同士では無いこの穏やかな時間を過ごしていたい、と。


「なっ、何を言っているのだ!? そ、そういうのは、その……」


「気に触ったか?」


顔を赤くして恥ずかしがるエリスを見、ケイジはなおのこと続けた。


「いや、そ、そんなことは……好意は嬉しいが、私達は……」


うん、話ぶっ飛びすぎ。俺がエリスに惚れてるみたいな話になってるんだが。まあ面白いからいいか。


「敵同士じゃダメなのか?」


グイッと顔を近付けて言う。どうやらエリスは押しに弱いらしい。


「うぅ、そ、それは……」


さて、収拾がつかなくなる前にやめておくか。


「なんつってな。それじゃ本題に入るぞ」


「えっ……あ、ああ。そうしてくれ」


「明日の朝8時に魏延荒野で待っている。今お前らが用意できる最大勢力を連れて来い」


「なっ……!」


初対面の時と同じくらいの真面目な顔でケイジは言った。それを聞いたエリスは珍しく動揺している。


「ケージ、本気か!? そんなことをすれば……!」


「はっ、俺が死ぬとでも? お前らいつから俺より強くなったんだ?」


「……相分かった」


エリスは苦虫を噛み潰したような顔で言った。


「すまない」


それを言ったのはケイジだった。


「……何故謝る」


「こんな出会い方はしたくなかった」


「同感だ」


「この戦いが終わったら俺はお前に言わなけりゃいけないことがある。それを聞いてどうするかはお前が決めてくれ」


「な、どういう事だ?」


「じゃあな」


「ま、待て!」


エリスの制止の言葉を無視してケイジは転移していった。

再び取り残されたエリスは、小さく呟いた。


「ケージ……」

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