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第77話・尋問


歩き方はいつも通りに。だが足音は決して立てず。ある時は堂々と振る舞い大胆に。またある時は誰にも気付けぬように闇に紛れながら。そこにいる獲物に迫っていく。

とても懐かしい感覚だ。


時刻は午前2時。朱天はさっきの騒ぎが嘘だったかのように静まり返っていた。ケイジの正体は分からないにしても、一先ずはクロメとユウの処刑を免れた。そしてティルと女騎士はその場を去り、兵士達も混乱していた。住民達もその場に留まるのは得策ではないと判断したのだろう。

とはいえ、今も尚広場や門付近に見張りの兵士はいる。今となっては何を守っているのかも分からないが、彼らは与えられた責務を淡々と全うしている。

申し訳ないとは思うが、こちらにも時間がないということでケイジは広場の見張りをしていて、立ち位置的に孤立した1人の兵士の元に近付いていった。


「サイレント」


音を奪う。これで足音は愚か真後ろに立っても呼吸音さえ聞こえない。

兵士の真後ろまで来た。まだ気付かず、彼は何をすることもなく真っ直ぐ立っている。


「チェイン」


魔力を込め、すぐ傍の民家の壁を触る。

すると、壁や接している地面から何本もの鉄の鎖が飛び出して兵士を拘束した。


「なっ……!」


「俺がいいと言うまで身動きを取るな。余計なことも喋るな。正直に、俺の質問にのみ答えろ。いいな?」


喉元にナイフを突き付け、出来る限り目つきを鋭く、低めの声でゆっくりと言う。所謂「殺気」というものである。


「……! ……!」


兵士は涙目になりつつも必死に首を縦に振った。佇まいこそ立派な兵士のようではあるが、所詮はアマチュアということなのだろう。事情を知らない者達を権力や金で利用している背景がよく見える。

だからこそ、クロメとユウを救出したあの場で精兵達を始末出来たのはケイジにとってかなりの得だった。あのレベルの精兵は数さえ集めればかなり厄介な障壁になる。


「1つ目。お前の仕事はなんだ?」


この質問に関してはコイツほど低級の兵士にする必要はないかもしれないが、それでも一応聞いておく。


「じ、自分の役目は、広場の監視であります。処刑は延期になり、それまでは交代で広場を見張って怪しい者がいたら捕らえろ、と」


な~にが「処刑は延期」だよ。やっぱりコイツはハズレだったかな……。でもまあ、完全に無知ってことはないだろうし聞けることだけ聞いていこう。


「2つ目。その命令を下したのは誰だ?」


「ティル様とエリス様であります」


ティルと……エリス?もしかして、あの女騎士の名前か?

予定変更。先にあの女騎士のことを聞き出そう。


「3つ目。エリスってのは何者だ?」


「そ、それは……」


兵士はバツが悪そうに目線を逸らした。

そして、ここで確信した。あの精兵達を含めたコイツら軍隊を連れて来たのはやはりあのエリスとかいう女騎士の仕業で間違いない。何が目的かはまだ分からないが、コイツらを使ってティルに加担しているのだ。


「分かった。じゃあ死んでくれ」


喉元に当てるナイフの力を少しだけ強める。すると。


「ま、待ってください! 分かりました、話します!」


当然こうなる。元々殺す気など無いが、この点に関しては低級兵で良かったかもしれない。あの精兵の誰かだったならばあの女騎士の事は死んでも吐かなかっただろう。


「知ってることを全て言え」


「は、はい。エリス様は、自分達ノスティア公国陸軍第2大隊総部隊長を務めていらっしゃるお方です。『白き茨』の異名を持つ、とてもお強い魔法騎士です」


また次から次へと知らない国が……。ノスティア公国ってのは、確か和国の北側のでっけぇ大陸の国のことだったか。で、そこの総隊長様がなんでわざわざこんな所に……。


「ここに来た目的は?」


「そ、そこまでは自分達には伝えられていません。本当です」


それに関しては本当だろう。必要のない見張りをさせるような低級兵に計画の本質を話す作戦部などない。

だが、やはりノスティア公国の総隊長であるエリスがティル率いる反乱勢力に肩入れする理由は気になるところである。1番単純な発想でいけば手を貸すことを条件に傘下に下れ、などというものだろうが、今回はどうも違うような気がしていた。

もっと、先のことまで見据えた大きな何かが目的のような雰囲気がしているのだ。


「そいつの今の居場所は?」


「わ、分かりません。すみません」


「そうか」


低級兵にしてはかなり有益な情報が得られた。

戦闘でも暗殺でも、敵を知ることは何よりも大切なことである。情勢的なことでも標的の身体的なことでもいい。とにかく少しでも自分が有利になる情報を持っていることが作戦を成功させるためのカギになる。


「じゃあな」


「おわっ」


チェインを解き、地面に落ちた兵士に懐から取り出したハンドガンを構える。


「た、助けて……!」


「知るか」


ダンッ!


引き金を引いた。サイレントは今も発動させているので銃声で兵士が集まってくることはない。ちなみにこのハンドガンもジークのライフルと同じく魔法専用にカスタム済みである。

額に銃弾を食らった兵士は、そのまま仰向けに倒れた。


とりあえずはこの街の、あの女騎士が戻っていった方向へそれらしい建物を探しながら進んでいけばいいはずだ。仮にこの街を離れているとしても何かしらの痕跡は残っているはず。


殺したのかって?

いや、さっきのは麻酔弾だから大丈夫だ。着弾した相手に強制的にスリープの魔法をかける魔弾だ。怪我させることもないし、魔力量の調整でどれだけ目を覚まさないかも決められる。とりあえずあの兵士には1日ほど眠っていてもらおう。まあそのうち交代のヤツに起こされるだろうが。

アイツが誰を殺したわけでもない。情報漏洩の恐ろしさを知らないあたり初年兵か、そうでなくても駆け出しの兵士だろう。あの年齢はきっと誇らしい目的を胸に兵士を志したはず。それを意味も無く殺す必要なんてない。


俺の標的はあの2人だけだ。エリスって奴も殺す必要はないかもしれないが、ティルは違う。クロメには悪いが、あの手のヤツは文字通り死ななきゃ治らないだろう。

だから殺す。躊躇はしない。


ケイジは真夜中の街を進んでいった。

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