第76話・約束
「で? あの女騎士は何者なんだ?」
夜空を飛ぶ1枚の絨毯、その上に座る2人と前方を見ながら尋ねるケイジ。箒では3人は乗れないので魔法で絨毯を取り出して飛んでいる。
座り込むクロメとユウの表情は暗い。一先ず逃げることが出来たとしても、この後の手が見つからないという顔だった。
「おーい、聞いてるか?」
さすがにスルーはキツいんだが。
「……分かりませぬ」
ユウが口を開いた。
「あの女騎士は我々の到着前からティル様の傍に構えていました。ケージ殿も見た通り、尋常ではない強さを備えているようです」
「ああ、あれは相当やるな」
「ですが素性に関しては一切が不明なのです。出身地も目的も、ティル様に加担する理由も何一つ……」
「そうか……」
とりあえずは敵ってことでいいんだろうか……。もしアイツも兵士達と同じワケありなら対応策は考えられなくもないが、ティルに意見していた様子を見るとその可能性は薄い。それに考えてみれば、兵士達も妙といえば妙だ。
和国の兵士は、本来はクロメの周りにいるような和装の妖怪族が普通のはず。だが、ティルの周りにいたのは鎧を纏ったエルフやヒューマンだった。あの女騎士も、恐らくはヒューマンだろう。
ならば、本来いたはずの軍は何処へ行ったのか。そしてあの軍隊は何処から来たのか。謎は増えるばかりである。
「ケージ」
ここまでずっと黙っていたクロメが口を開いた。
「何だ?」
「……どうしてここに?」
「助けに来た。それだけだ」
「すまぬ……」
益々落ち込むクロメを見かねてケイジは「はぁ」と溜息をつき、その体を抱き寄せた。
「なっ、ケ、ケージ!?」
「身勝手だって分かってるけど言わせてもらうぞ」
「う、うむ」
普段から自分がグイグイ行くタイプのためか、抱き寄せられたクロメはオロオロと戸惑っている。そんな様子をユウも面白そうに伺っている。
「俺が愛してるのはテリシアだ。でも、俺はクロメにも傍にいて欲しい。俺の異世界生活はお前がいなきゃダメだ。だから助けに来た」
「ケージ……」
「不満か?」
クロメは震える手でケイジの体を抱き締めた。
「不満など無い……感謝する……」
「よしよし……大変だったな。もう大丈夫だ。絶対に何とかしてやるから」
コイツがここまで弱気になるのは本当に珍しい。こういう時は俺がしっかりと立って支えてやらないとな。
「ケージ」
「ん?」
「1つだけ、妾の願いを聞いてはくれぬか?」
「言ってくれ」
「今だけ、今だけの夢でよいのじゃ……だから、どうか妾と口付けを……」
OH……。クロメさんったらダイタン……。
けどここで勢いのままするのは負けな気がするんだよなぁ。そうだ、いいこと思いついた。
「今はダメだ」
クロメの唇に指を当てる。
「今は……?」
「この事態を全部終わらせて、元通りにしたら。この国で1番良い眺めの場所に連れて行ってくれ」
キスってのはロマンチックにするもんだ。そう相場が決まってる。
「……承った!」
クロメの目に力が戻った気がした。これならもう大丈夫だろう。
そんな2人を見て、ユウが尋ねた。
「ケージ殿、我々は今何処へ向かっているのですか?」
「早慶村だ」
あのトンデモジーさんがいた村の名前だ。もらった情報の中にあった。
「早慶村……?」
「ああ。この近くの村でな。森の奥にあるから奴らの目も逃れられるはずだ」
というよりはあのジーさんがいるから間違いなく安全だ。あの人絶対俺より強いし。
「ケージ殿は?」
「ん、もちろん奴らをぶっ飛ばしに行く」
俺らの情報が向こうに入るとマズい。こっちの世界に来てから色々あったし、レオル王国とのトラブルなんて各国の情報部には間違いなく情報が行っているはず。それを引っ張り出されたりすれば俺達はドンドン不利になる。決着は早い方がいい。
「ケージ、ティルのことじゃが」
「……手加減はしないぞ」
「無論じゃ。あのバカ者を何としても倒してくれ。彼奴は、もう変わってしもうた」
「ああ、分かってる」
必要な話は出来たし、村も見えてきた。とりあえずは大丈夫だろう。
「じゃあまたな」
そう言ってケイジは絨毯を飛び降り、その少し下に出現させた箒に乗り移った。
あの絨毯にはジーさんがいた建物に向かうように自動設定したから大丈夫だ。顔見知りだろうし、匿ってくれるはず。
問題は俺の方。とりあえずはまた朱天に向かうつもりだが、まだティルと女騎士が朱天にいるとは考えにくい。何処か他の街へ向かって体勢を立て直しているはずだ。朱天の軍はあの時に全滅させたからな。
「さーて、アイツどうすっかな……」
ティルは正直大した障害にはならない。それよりもあの女騎士だ。剣捌きや魔力の量と質は元より、あの判断力。罠とか奇襲とかはなかなか成功しにくいだろうな。
アイツが何でティルに肩入れしてるのかも問題だ。とりあえず軍隊はアイツが連れて来たって考えれば辻褄は合うが、アイツの正体と目的が分かるわけじゃない。
倒すにしてもそれなりの準備が必要になる。本気で殺る気で戦うんなら暗殺に持ち込むか、そうでなくても1体1にしないと勝ち目はない。ティルが戦い慣れしてないとしてもあの女騎士と本気で戦ってる外からちょっかいを出されるのは面倒なんだ。
倒す必要が無いのならそれに越した事はないが、今は倒すしかないはず。少なくとも、あの女騎士は完全に俺のことを敵視してる。
「とりあえずまた情報集めだな……」
新たな脅威に頭を悩ませながら、ケイジは再び朱天に向かっていくのであった。




