第75話・女騎士
現在時刻は午後11時。聞いた処刑時間まであと1時間である。ケイジは門を通過してある程度人が少なくなってからは、シャドーを解き歩いていた。
どこに向かってるかって?
そんなの処刑予定の広場に決まってるだろ。他にどっか候補があるのか?まあ和国なら温泉とか有名らしいけど。
ああ、あれだ。なんで分かるかって言うと、あれだ。さっきセルトの頭の傷の手当でヒール使っただろ?
あの時についでにこの街の地理情報だけもらった。ちょうど頭に触ってたし。
汚いとか言うな。仕方ないだろ。場所なんて口で説明してたら時間がかかりすぎる。それにあのジーさんの時もそうだが、必要な情報しかもらってないしその部分が消える訳でもない。だからオッケー。たぶん。
街の中は静かだった。本来ならば賑わっているであろう商店街にも明かりはなく、民家もほとんどが無人のようだった。どことなく、以前のソリド王国の王都に似ている。
「急ぐか……」
まだ1時間あるとはいえ、5分前に到着しては救出など困難だろう。下見もそうだが、出来ることなら広場に連れ出される前に助け出したい。
「ブースト」
ケイジは薄暗い街の中を駆け抜けていった。
間。
「おい、通せよ!」
「何でクロメ様を処刑なんてするんだ!」
「あの人が謀反なんてする訳ないだろ! ティル様を出せよ!」
広場は大荒れだった。ドンと置かれた処刑道具を中心にして、兵士達によって広場には入れないようになっている。その周りでは住民達が処刑を止めようと兵士達に抗議していた。兵士達は2重に円陣を組み、住民達の抗議を阻んでいる。
クロメがどれだけ民衆に好かれているのかよく分かる。だが、それにしては妙に兵士達が弟君に従順すぎる気がする。これほどのカリスマを持つクロメに限って兵士への待遇を雑にするはずがないのだが。
脅されているのか、はたまた洗脳か。手段は不明だが彼らが正気だとは思えない。弟君と、それに加担した連中を全員倒せば元通りになるはずだ。
そんな時、民家の屋根の上から広場の様子を伺っていたケイジの目にあるものが写った。
「荷馬車……か?」
広場の奥の方から、2台の馬車が走ってくるのが見えた。片方は無骨に頑丈そうに、もう片方は豪勢な作りになっている。時間的にも周りの護衛騎馬の量的にも、あの中にクロメと弟君がいると見て間違いないようだ。
だが、やはり怪しい。フェイクの可能性も捨て切れないからギリギリまで様子を伺うべきだろう。
幸い、処刑用具は物理的に簡単に破壊出来そうだった。それに形状的に見て、あれは単なる固定具で首を飛ばすのは人の手によって行われるはずだ。これがフェイクじゃないのなら弟君あたりがやるつもりなのだろう。
時刻は11時30分。そろそろ姿を現してもいいはずなのだが、まだ馬車からは誰も出てこない。
「仕方ないな……ブースト・サーチ」
上空で積雲を透過して地上の様子を見たように、2台の馬車を見る。魔力消費を出来る限り抑えてるのでボンヤリとしか見えないが、人数や中の様子はある程度なら見える。
1台目。豪勢な方だ。
中には……2人乗ってる。片方は着ている和服も馬車に引けを取らないくらい豪勢みたいだ。たぶんあれが弟君のはず。
問題はその向かいに座ってる奴だ。ここからじゃ顔はもちろん分からないが、大きめのローブらしき物を着てるからなのか顔以外の様子も全然分からない。戦場でも暗殺の場でも、正体不明の人物はいつでも1番の不安要素になる。あの性別も分からない奴の正体は早めに掴んでおきたい。
とりあえず2台目。中は……何だあれ、牢屋か。真ん中で2つに区切られているみたいで、鉄格子が見えるから牢屋っぽい。
片方には見慣れたシルエット。耳と尻尾、そしてユリーディアにいた時と同じ和服。間違いない、クロメだ。たぶん両手を後ろに縛られてる。
もう片方は……誰だ、分からない。背丈は俺と同じくらいか。和服を着ていて、たぶん男だ。あいつも捕らわれてるから、たぶんクロメの知り合いか誰かだろう。
魔法を解く。
「ティル国王に敬礼ッ!!」
弟君が馬車から降りてくると、一際ゴツイ鎧を着ていた騎馬兵が馬から降りて叫んだ。次の瞬間、兵士達は無駄のない動きで馬から降り、敬礼の姿勢をとった。
馬車の中にいたもう1人は降りてこない。そのまま馬車は動き始め、来た道を引き返していった。
いや、弟君帰り道どうする気だよ。
「休め。よし、罪人を連れて来い」
「はっ!」
何人かの兵士が2台目の馬車の扉を開き、中に入った。住人達の声が一層大きくなる。
「出て来い!」
そして馬車から出て来たのは、見慣れた2人だった。
ああ、もう1人はユウだったのか。まあボコボコにされてるわ可哀想に。
馬車に乗っていたもう1人の男は、クロメの1番の腹心であるユウだった。恐らくクロメたちを守ろうと奮戦したのだろう、顔には傷跡があり服も汚れていた。
もう1人はクロメ。表情はあの時と同じかそれ以上に暗い。そう、クロメがケイジにハクの救出依頼をした時のことである。あの時もかなり辛そうな顔をしていたが、今は少し違う、何とか活路を見出そうとしている苦しさが見て取れた。
「姫様ー!」
「クロメ様ー!」
「姫様を処刑なんて間違ってるだろ!」
「ふざけんな!」
クロメの姿が見えた途端、再び住民達の声が激しくなった。いつ暴動になってもおかしくない。
だが、軍隊が向こう側についいる以上下手に暴動なんて起こせば住民達に被害が及ぶ。それはクロメが最も避けたい事態のはずである。
あまりに激しい抗議の声に、兵士達も顔を顰めた。これでは完全に自分たちが悪者だと感じているのだろう。
だが、次の瞬間。
「和武雷!!」
弟君がそう叫び、右腕を振りかざすと近くの民家に巨大な雷が落ちた。その威力は自然の落雷よりも数倍強く、衝撃で民家は焦げ、壊れ、ボロボロである。
ピタリと住民達の声が止む。兵士達の動きも止まった。場に静寂が流れている。
「抗議する者はいるか? ここで名乗り出てみろ」
もちろん、名乗り出る者などいない。みな腰が引けてしまっていた。それでも食い下がる者が1人。
「卑怯者が! そんなやり方で民が付いて来ると思っておるのか!」
クロメである。気丈にも反論している。
「だから言っただろ姉さん。無理して付いて来なくてもいい。殺すだけだ」
「ティル……!!」
「さあ、早く罪人を処刑台へ」
「は、ははっ!」
ビビっていた兵士達が再び動く。2人は広場の中心に置かれた処刑台に固定された。
「姫様、申し訳ありません……!」
ユウが悔しそうに、涙を流して言った。
「謝るでない。今回は……妾の責任じゃ……」
クロメの目元にも涙が浮かぶ。弟君、ティルが刀を振り上げた。
「今日この瞬間! 和国の歴史は変わる!」
「無念じゃ……!」
そして。
「瞬転移」
俺の出番ってわけだ。
「なっ……!?」
「ケージ!?」
「ケージ殿!?」
右手にかなり大きめの魔力を、左手にそこそこの魔力を充填。
「シールド! とサンダーボルト!!」
「くっ、防陣・焔!」
左手のシールドで捕らわれたクロメとユウの2人をカバーし、かなりの高火力で、住民達に当たらない程度のギリギリの範囲を雷で蹂躙した。
兵士達は住民達の近くにいた奴らを除いて全滅。高火力だが、距離的にも死んではいないはずだ。そしてティルは直前で防御魔法を展開したらしく、距離は開いたがダメージは無いようだった。
さっきの魔法もそうだが、こいつもかなりの使い手らしい。調整はしたが、それでもそんじょそこらの適正者じゃ俺の攻撃は防げない。まあ弱すぎるよりは良いんだろうが。
「ケージ、お主何故ここに!?」
「話は後だ。まずはアイツを片す」
体勢を立て直しこちらにゆっくりと歩いてくるティルの顔は憤怒に歪んでいた。
「何者だ貴様ぁ……! よくも僕の計画を……!」
自己紹介しろって。面倒な奴だな。こういう時はとにかく早く殺そうとするべきじゃないのか?
「俺は『死神』だ。お前は運が無かった、ただそれだけだ」
「ふざけるなぁッ! 和武雷!!」
叫びと共に上空の魔法陣から巨大な雷が落ちてくる。だが、ケイジに同じ魔法が通用するわけがない。
「リフレクト・ブースト」
ケイジの右手から出現したとぐろを巻く黒い円盤のような「それ」は、ティルの雷魔法を吸収した。そしてケイジが右手をティルの方へ向け数秒が経った時、太さが倍近くになった雷がティルに襲いかかった。
イメージは「吸収と放出」だ。やっぱり長期戦とか長時間の任務だと魔力の残量がネックになってくる。
この魔法の特性として、エルにもらった「黒い」魔力を核にしているからか分からないが、相手の魔法を吸収して自分の魔力に変換する力がある。そんでもって、魔力の全部を吸収に回すんじゃなく半分を放出に回す。そうすれば今みたいに威力を上げて同じ魔法を相手に返せる。
かなり、というかチートレベルに便利だが相手にこの魔法に対するアンチを備えた高威力魔法を打たれれば意味が無くなる。だから乱用は避けるべきなんだろうが、早めに決着をつけるためにも今使った。アイツがどう対処するかは分からないけどな。
「ひいっ!!」
見た感じ、対処方法は無さそうだ。魔力を集めて模索してはいるんだろうが、魔力量とイメージのどちらか、それか両方が足りないらしい。かなりの使い手だと思ったが、まだまだ戦い慣れしていないようだった。
これで終わりか、と思ったその時。
ズパンッ!!
「全く、何をしているのだ」
放った雷魔法が真っ二つに斬られ、奥の民家を破壊した。その中心には銀色の鎧を纏い鎧以上に透き通った銀髪をたなびかせ、黒い、黯い剣を持った女騎士が1人。
「なっ、魔法を斬ったのか……?」
マジかよ、確かに剣にアンチ魔法を適用させれば出来なくはないだろうが、相当威力あったはずだぞ今の……。
理論とイメージ上はアンチ魔法を魔法で生み出すことも可能ではある。だが、結局は使い手の魔力とテクニックが無ければ無意味なだけなのだ。つまり、あの女騎士はその両方を兼ね備えた強者だということ。
「た、助かった! 早くアイツを殺してくれ!」
ティルはすっかり腰が抜けたのか、座り込んだまま女騎士に命令した。彼女はそんなティルを見て溜息をつき、
「今はそれは得策ではないだろう。一旦引くぞ」
「なっ、何でだ! アイツを殺せば姉さん達も殺せるだろ!?」
「そうしたいのなら自分でやれ。少なくともあの黒コートの男は一筋縄では私には倒せぬ」
そう言って女騎士は馬車の通ってきた道を引き返していった。ティルも「ま、待てよ!」と続いて行く。
ったく、あの女騎士冗談キツイぜ。あんな剣捌き披露しといて「一筋縄では倒せぬ」だと?ふざけんな。正直俺も勝てる気しないわ。
「はぁ……」
出現した思わぬ脅威が一時的にとはいえ去っていったことに安堵しつつ、シールドを解き2人の固定具を外していく。
「ケ、ケージむぐっ!」
何かを言いたげなクロメの口を抑え、そのまま固定具を外す、と言うよりは破壊していく。
「話は後で聞く。俺も後で話す。とりあえず今はここから離れるぞ」
「分かりました」
「むーっ!」
そのままユウの固定具も破壊し、3人は一旦街から離れてあの村へ向かった。




