第72話・出撃
テリシア宅にて。時刻は正午。
ケイジは早くクロメの元へ向かおうとしたがちょうど昼時だったこともあって、一旦話し合おうとテリシアがケイジを引き留めたのだ。
「はい、じゃあ食べましょう!」
「頂きます!」
「いただきまーす!」
「……」
エラムとエルはバクバクと昼食を食べ始めたが、ケイジは未だにギルドでの出来事が尾を引いていた。
そんなケイジを見かねてテリシアは両手でケイジの顔を掴み、
「ケージ」
「んむぁ。テ、テリシア?」
「ほら、そんなに下向いてないで。お昼ご飯食べよう?」
「あ、おう……」
そんな気分ではないのだが、何故かテリシアの言葉には逆らえなかった。
温かい料理を口に運ぶと、飽きることのない暖かな味が口の中に広がる。
「美味い……」
「よかった。何をするにしてもまずはお腹一杯にしなきゃ! 元気出ないでしょ?」
そう言ってテリシアは穏やかに笑う。
まったく、敵わないな……。
「そうだな! よし、沢山食べ……エラム! 俺の分まで食うんじゃない!」
「らっれこえふおくおいひいお!」
「何言ってるか分かんねぇから!」
「ご主人あーん!」
「うるせぇえぇええええ!」
「あはははははっ!」
間。
「よし、こんなもんだな」
今回は久々の隠密行動になりそうだ。さっきも言ってたが、間違いなく戦力的にはクロメたちの方が少ないはず。だったら、手っ取り早く頭を潰す。まさに俺向きの仕事だ。
いつものコートに、なるべく多くの装備を付ける。左の懐にハンドガン、袖には投げナイフ、ブーツには仕込み刃。細剣は魔法で取り出すから置いていく。
「エラム、準備出来たか?」
連れてくのかって?
ああ、今回はエルとエラムも連れて行く。もうとっくにクロメたちは和国へ向かってるし、急がないと手遅れになる。そこで、エラムの出番だ。
俺の瞬転移は1度行った場所じゃないと飛ぶことが出来ない。箒や絨毯で行く手もあるが、ここから和国まではかなりの距離がある。可能な限り魔力は温存しておきたい。俺の魔力量と質はエルのおかげでかなり向上してるが、無限って訳じゃないんだ。無駄遣いしてればいずれ底を尽くし、そうなったら何も出来なくなる。イメージ次第では大軍と戦うことも出来るが、実行しないのはそのせいだ。
だから、行きはエラムに乗せて行ってもらう。幼いながらドラゴンだ、俺1人を乗せるくらいどうってことはないだろうし、スピードも船とは比べ物にならない。
それに万が一全面戦争になった時、戦力的にも十分助けになる。
エルに関しては移動面での負担はかからないし、はっきり言って俺より強い。本人も乗り気だし連れて行くことにした。隠密行動中は冥界に隠れてもらえばいい。
「出来たぞ。この服はこれでいいの?」
「ああ。よく似合ってるぞ」
エラムには闇に紛れる為の黒いコートを着せた。俺のコートを元にしてテリシアがデザインしたのを、俺が魔法で精製した。着たままドラゴン化しても大丈夫と本人が言ってるから、最初に来てもらった。
時間的に、到着は夜になるだろう。具体的な時間計算やエラムの速度計測は出来てないが、ノーム湿原から村までの到達速度的に考えてそのくらいが妥当だ。
最初にも言ったが、出来るだけ早く決着をつけなきゃいけない。モタモタしてれば状況は悪くなるばかりだし、その後の立て直しも難しくなってくるからだ。
「よし。エル、行けるか?」
「もっちろん! 魔力量も十分!」
「じゃあ行くか」
玄関に向かう。ソリド王国の位置的に、和国へは西海岸の方向から向かうつもりだ。
「ケージ」
テリシアがふとケイジを呼び止めた。
「どうした?」
「これ、お守り。収穫祭の時にこっそり買ったの。持ってる人を守ってくれる魔法の石なんだって」
渡されたのは、薄赤色に光る宝石だった。形は楕円上に整えられており、親指くらいのサイズだ。
ケイジはそれを握り締め、
「ありがとな。すぐにあのアホ狐連れて帰ってくるから待っててくれ」
「ケージ」
「おっと」
テリシアはゆっくりとケイジに抱き着いた。ケイジもそれを抱き寄せ、続けた。
「大丈夫だ、絶対に帰る」
「約束だよ?」
「ああ」
「エルちゃんとエラムちゃんのことも守ってあげてね?」
「……ああ」
たぶん2人とも俺より強いけどね!
「ケージ、大好き……!」
「テリシア……」
2人はそれ以上は何も言わず、少しの間抱きしめ合っていた。
そして。
「……行ってくる」
「行ってきます!」
「テリシア、ご飯の用意しといて!」
「うん! 行ってらっしゃい!」
3人は家を出発した。
間。
街から南西へしばらく行くと、平坦な放牧地域が広がっている。そこなら人目も少ないから、エラムにドラゴン化してもらうのはそこにした。
「よし、じゃあエラム、頼む」
「うん」
エラムの体が一瞬光り、そこに大きなドラゴンが現れた。
「よし、行くぞ」
エラムの背中に乗る。
そして、魔法を発動させた。
「シールド」
イメージは「ドーム型のシールド」。攻撃を防ぐ訳ではないので耐久力は低めでいい。飛ぶ時の風圧対策だ。硬度を高めようとすればそれなりに魔力を消費するが、調整して必要な分だけ魔力を回せば節約になる。
意外と気を遣うんだよ、魔力調節ってのは。
巨大な翼が動き、巨体が浮き上がる。段々とスピードが増してきた。
「そのまま西へ行け。たぶんこの速さなら3、4時間で着く」
「うへぇ、そんなにかかるの?」
これでも充分短い方なのだが、エルは残念そうに言った。
「全然早い方だ、船なら倍はかかる。いや、でもクロメたちの船なら5時間もあれば着くか」
「……ねえご主人」
「何だ?」
「良かったの? ジークは連れて来なくて」
「……ああ」
エルはいつになく心配そうに言う。
「仲直りは?」
「必要無いさそんなの」
「そんな、ダメだよ! せっかくあんなに信頼し合ってるのに……」
やれやれ、そんなに心配か?
お前らなら分かってるだろ?
「信頼がなくなったわけじゃない。信頼してるからこそ、アイツはあの時ああして言ったんだろうよ」
分かっていても、実際に口に出されると冷静ではいられなかったのだ。
「信頼してるからこそ……」
「ああ。あのバカは自分から恨まれ役をやっただけだ」
実際、俺も負けないくらいのバカなんだろうな。キレるくらい言われなきゃ覚悟の1つも決められないんだから。
「……また、いつもみたいになるよね?」
「当たり前だ。そのためにあのアホ狐も助けるんだからよ」
ガシガシとエルの頭を撫でる。
こいつも、せっかく出来た信頼出来る友人を大切にしたいのだろう。
「やっぱりご主人かっこいい~! 結婚しよう!?」
「するかアホ!」
「え!? してくれるの!?」
「今のは違うって意味だアホオオオオオ!!」
ギャーギャーと喚きつつも、2人と1匹は和国へと向かっていくのであった。
大切な日常を取り戻すために。




